柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(4)

サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。

 夏期講習と学校の講習、オープンキャンパスと友人たちとの約束、学校の進路相談でもらった大量の一学期の化学の自主学習用プリント、それに家の予定などなどエトセトラ。
 爆豪くんと会っていないどころか、連絡ひとつ取っていなかったにもかかわらず、あっというまに夏休みは過ぎていく。この一年の積み重ねを経て、会わないなら会わないでどうにかなってしまうことを、すでに私は知っていた。そういうもんだよなということを、やや寂しいながらも現実として感じる。
 進路と爆豪くんのことについては、依然として心をはっきり決めかねていた。薄ぼんやりとした方針こそ打ち出したものの、最終決定をくだす勇気は出ないままだ。
 そんなあやふやな状態で、気付けば夏休みも終盤。八月の三週目、週末。いよいよ一年越しの花火大会の日がやってきた。
 あまりにも爆豪くんから音沙汰なかったため、もしかしたらこのまま花火大会の約束も反故になるかもしれない、となかば本気で覚悟を決めていたところ、花火大会まで残り二十四時間という時間になってようやく、爆豪くんから一か月ぶりの連絡が届いた。
 待ち合わせは十九時少し前。花火大会会場の、最寄りの駅の改札前で集合。伝達事項はたったそれだけだった。
 待ち合せが遅めなのは、おそらく爆豪くんの調子を考慮してのことだろう。花火が打ちあがる時間ギリギリを狙おうと思うと、だいたいそのくらいの時間になる。今年は屋台で買い食いを楽しんだりせず、本当に花火だけ見て、それで終わりにするつもりらしい。
 もちろん、私に否やがあるはずもない。むしろ私のほうからも、そういう提案をするつもりだった。花火大会には行きたいけれど、爆豪くんに無理をさせては本末転倒だ。
 土曜日、電車をおりて改札を抜けると、駅は花火大会の参加客でごった返していた。打ち上げ時間もせまっているから、少しは混雑が緩和しているかと思ったのだけれど、そういうわけでもないらしい。
 このぶんだと、帰りの電車はもっと混みそうだ。そう思いながら、爆豪くんに到着の連絡をいれようと携帯を取り出したところで、後ろから「おい」と声をかけられた。
 振り向けば、ほとんど手ぶらの爆豪くんが立っている。不機嫌そうにじろりと私を眺めおろしているのは、久しぶりに会ったことによる挨拶的威嚇なのか、それとも私の浴衣姿にモノ申したい気持ちなのか。後者だったらいいな、と内心願う。
「爆豪くん、久しぶりだねぇ」
 爆豪くんに向き直り言うと、爆豪くんが開幕一発目の舌打ちを寄越した。
「久しぶりなのは、てめえが全然まったく、一切連絡を寄越さねえからだろうが」
「私が連絡しなかったのは、爆豪くんが、連絡するなと、言ったからで」
「その前にてめえが、俺からの電話無視しまくった話するか?」
「やめよう。せっかくの花火の日に、そんな話はよくないね」
 ケッ、と爆豪くんが鼻を鳴らす。開幕初戦は爆豪くんの辛勝というところか。痛いところをつかれ、やや出鼻をくじかれつつも、案外ふつうに話すことができたことに安堵する。
 これから一時間、帰りの時間も入れれば二時間くらいは一緒にいるのだ。あまり気まずい思いはしたくない。
 駅から花火大会の会場へと向かう人ごみの波に乗り、私と爆豪くんも歩き出す。右耳にはいつものイヤーカフをつけている。爆豪くんは私の右側を歩いているから、きっと耳のカフにも気付いていることだろう。
 海がちかいので、夜風はじっとり湿気を多く含んでいた。日暮れの空気はまだ、わずかな赤みを残している。
 浴衣の下で、肌が汗を伝う。ふと視線を上げれば、あちこちに設置された電灯に照らされて、爆豪くんの汗ばんだ首すじが目に入った。
 野外ステージで演奏されているのだろう音楽が、分解されて騒々しく耳に届く。祭りの屋台の食べ物のにおい。右側の爆豪くんの、久しぶりの感覚。
 手を握ってもいいか聞こうか悩んで、結局やめることにした。爆豪くんの自由になる左手を、私が握って不自由にしてはいけない。
 屋台の前を素通りしながら、爆豪くんはまっすぐ花火大会の会場へと向かう。足元で下駄が音を立てている。爆豪くんの隣を歩きながら、私は聞いた。
「爆豪くんは、夏休みのあいだ何してたの?」
「なかった」
「え?」
「夏休みなんつーもんは存在しねえ。毎日実習と補習」
「ああ、なるほど」
 ヒーロー科の休暇返上カリキュラムも、今に始まったことではない。考えてみれば、すでに今年度の予定は押しに押しているのだから、夏休みがつぶされていてもおかしくはなかった。
「お疲れ様です」
「疲れてねえ」
「このやりとりも久しぶりだね」
 本当はもっと学校のことを聞きたいような気もするけれど、あまり深く追求すべきではないのだろう。
 爆豪くんはリハビリ中の身だから、ほかのクラスメイトと同じような活動は、今はまだできていない可能性が高い。本人が話したがらないことを、わざわざつついて聞くものではない。
 傍らを通り過ぎていく子どもたちが、ヨーヨーを手のひらでついている。ばしんばしんと鳴る風船と、楽しそうな笑い声。
 別の子は、頭にベストジーニストのお面をつけている。いつか緑谷くんや爆豪くんにも、あんなふうに小さな子の頭にかぶられる日がくるのだろうか。
「てめえは」
「ん?」
「夏休み。どうせ根暗でじめじめした過ごし方しとったんだろ」
 視線を前に向けたまま、爆豪くんが言った。相変わらず一言多い。
「じめじめはしてないけど、夏期講習が結構忙しかったかも。高校のほうでも塾のほうでも夏期講習があって、両方とるとやっぱり課題の量も多くなるし」
「ガリ勉夏休み」
「まあ、そうだね」
 なぜ悪く言い換える必要があるのか。ふつうに勉強頑張ってんだな、でいいのに。
 前から歩いてくるカップルをよけつつ、私はつづけた。
「だからまあ、あんまり遠出とかはしてないかな。まだごたついてるところも多いだろうし、遠出するのはちょっと心配っていうのもあるけど……。オープンキャンパスも近場しか行ってないし」
 と、爆豪くんがそこで唐突に、視線を私に向けてよこす。不機嫌そうな瞳に睨みつけられるのも、なんだか久しぶりのような気がした。
「オープンキャンパスって、二年でもう行くんかよ」
「まあ、人によるとは思うけど。三年になったら忙しいだろうし。遠くの大学を受けたい人とかは、一、二年生で行くんじゃない?」
「あっそ」
「私の友達も結構参加してたし……。この話、爆豪くんそんな興味ないよね?」
「てめえが決めんな」
「そうですか」
 気遣ったつもりがばっさり切り捨てられ、私は口を閉じた。
 私が夏休みにオープンキャンパスに参加した大学は二校。二校とも自宅から通える圏内だ。
 一校はおそらく、滑り止めで受けることになるだろう大学。そことは別のもう一校のほうが、今のところの本命大学だった。
 本命の大学には文学部と、それに個性工学部がある。どういう選択をするにせよ、その大学は私の進路の視野に入っている。
 爆豪くんは黙っている。やはり興味のない話題だっただろうか、と思ったところで、
「で、どうだったんだよ。大学」
 ふたたび爆豪くんが聞いてきた。私は少しだけ驚き、そして答えた。
……うん、この大学に行きたいなって、行けたらいいなと思ったかな」
 この大学に、個性工学部に。
 進路の話を爆豪くんに話すのなら、今が打ち明けるタイミングなのだろうか。一瞬、そう考える。けれどすぐ、その考えは振り払った。
 言えない。言えるはずがない。
 このあと花火を見るというのに、何が悲しくてこんな話を、今爆豪くんにしなくちゃいけないのだろう。
 進路の話を突き詰めていくと、最終的には爆豪くんとの今後の話になってしまう。そういう話はせめて、帰り際まですべきではない。
「そろそろ会場につくよね。私、有料シートはじめてなんだよね」
 あたりをきょろきょろと見回し、私は話題を変えた。
 本当は会場近くの適当なところに場所をとり、花火を見るつもりだった。けれど父が有料シートのチケットを会社で譲り受け、それを私と爆豪くんで使わせてもらえることになった。爆豪くんの腕のことを考えても、ゆったり見られるのはありがたい。
「はじめても何も、花火大会自体はじめてだろうが」
「そういえばそうだった」
 言われてみれば、爆豪くんの言うとおりだ。
「親なしでの港の花火大会も、有料シートも、浴衣でデートするのも、全部今日、爆豪くんとがはじめてだ」
 私が呟くと、爆豪くんがじっと私を見つめる。その視線にこたえるように、私は爆豪くんに向けて笑いかけた。
 爆豪くんを好きになるまで、浴衣を着て花火大会デートをしたいなんて、そんなことを自分が考えるようになると思わなかった。爆豪くんと付き合うまで、はじめてのことでこんなに心が弾むなんて、少しも知らなかった。
 爆豪くんと一緒だから、爆豪くんを好きになったから。
 爆豪くんがいてくれるから、今の私がここにいる。
 花火大会の会場に到着する。受付でチケットを見せて中に入ると、すぐに自分たちのブースが見つかった。ブルーシートの上に畳が敷いてあり、クッションもいくつか用意されている。思っていたよりずっと、リラックスできて快適そうだった。
 下駄を脱ぎ、畳にあがる。爆豪くんのサンダルと私の下駄が、隣同士で並んでいる。
 浴衣のすそが崩れないよう座ると、ようやく一息ついたような気分だった。かばんから水のペットボトルを取り出し、キャップを開けてから爆豪くんに手渡す。自分ものどを潤すと、場内アナウンスに耳を澄ませた。すでにほのかに、火薬のにおいがする気がする。
「あー、嬉しいな。すごい、一年越しだよ」
「んな浮かれるようなもんじゃねえだろ」
「そんなことないよ。本当に嬉しい。約束、守ってくれてありがとう、爆豪くん」
「いちいち物言いが大袈裟でうぜえ」
「そうかなぁ、これでも抑えてるほうだと思うけど」
「陰キャがたまにはしゃぐとこれだぜ」
 口は悪いけれど、言い方は優しかった。爆豪くんはクッションを手繰り寄せて、私の方に置いてくれる。何も言わないけれど、浴衣で人ごみにもまれながら歩いてきた私のことを、ちゃんと気遣ってくれている。
 好きだなと思う。
 爆豪くんのことが大好き。今も、ずっと、どんどん好きになっていく。
「始まるな」
 爆豪くんがつぶやく。その声が終わるより先に、一発目の花火が夜空に打ちあがった。
 周囲からわぁっと声が上がる。花火は二発、三発と続く。特等席で見る花火に、私はすぐに何発目かなんて数えるのをやめにした。
「きれいだねぇ……
「もっとマシな感想ねえのか」
「きれいなものにきれいって言って何が悪いの」
「悪かねーが月並み」
「月並みで結構だよ。爆豪くんこそ、感想とかないの?」
「ねえ。爆破なんか見慣れてんだよ」
「花火と爆破を同列に扱うの、万事の区別がついてなさすぎる」
「んだと!」
「ほらほら、大きいの上がったよ。見て」
「誰が見るか!」
「爆豪くん以外全員見てるよ」
 ぶうぶう文句を言う爆豪くんは、それでも夜空を見上げている。私は夜空に顔を向けながら、横目で何度も爆豪くんの顔を盗み見た。
 好きだなと思う。
 何度も、何度でも、好きだなと思う。
 爆豪くんを見つめるたび、決めかけた心が、固めかけた意思が、呆気なくぐらつく。
 好きだなと思う。
 好きだから、それでいいじゃないかと思ってしまう。
 好きだから、好きなら、それでいいじゃないか。
 それ以外の無茶なんて、諦めたらいいじゃないか。
 そんなふうに、ささやきかける自分がいる。
 指先が右耳にふれる。やめようと思っても、耳朶のカフにふれることを、私はもうやめられない。
 よくないと分かっている。本当はちゃんと分かっている。
 こんなのは私らしくない。私は爆豪くんの言うところの根暗で、ガリ勉で、そして献身とはほど遠い人間なのだ。やりたいことがあって、したいことがあって、そのために諦めなくちゃいけないものの数も分かっているのなら、本当ならそこで、なにかを諦めることを躊躇わずにいられるはずの人間で。
 でも、それって、身勝手じゃない?
 そうささやきかけられた途端、足がすくんでしまう。らくで、安全で、みんなに求められている道が見えると、そちらに歩いて行ってしまいそうになる。
 このまま、爆豪くんを支えて、爆豪くんの彼女として正しいとされる道を進んで、誰からも期待されたとおりの、求められた姿の型に自分を当て嵌めていけば。
 そうすればいずれは、諦めがつくのだろうか。