翌日の爆豪くんのお見舞いには、私ひとりだけで行くことになった。母は叔母と用事があるとかで、病院まで私を送っていったあとは、どこかへ出かけてくるらしい。帰りの時間になったらまた、病院まで迎えにきてくれるとのこと。
多分、病床の爆豪くんに気を遣っているのだろう。昨日母と一緒にお見舞いにいったときには、やはりなんとなく気まずい感じがした。爆豪くんもまったく心が休まらなかったに違いない。そういう意味でも、私ひとりならひとりで、その方が都合がいい。
今日は爆豪くんのご両親も、保険関係の手続きがさまざまあって、病院には遅れてくるらしい。つまり、私が爆豪くんのお見舞いに行く時間には誰もいないということになる。
それならそれで、昨日あんなふうに母ふたりに気を遣ってもらう必要はなかったな、と今更ながらに恥ずかしくなった。
考えつつ、通路を曲がった。セントラル病院に来るのも、早いものでこれで五度目。さすがに病院内のことも、だんだんわかりつつある。
一階に外来受付とリハビリテーションルーム、五階より上が病棟。用のない場所のことは分からないけれど、少しくらい考えごとをしながら歩いたところで、迷子になることもない。
病院の通路を歩きながら、昨日、光己さんから聞いた話を思い出す。
おりたくなったら、いつでもおりていい。
当然、そんなことは分かっている。高校生の付き合いなのだし、いつ何が起こるか分からない。もちろん私は爆豪くんのことが好きだけれど、だからといって絶対や永遠を過信するほど、私は夢見がちではない……、と思いたい。
それこそ、爆豪くんがさっさと私に飽きたり見限ったりする可能性もあるわけで、だからこそ私はせめて爆豪くんの隣に並んでも恥ずかしくないように、いろんな努力を重ねてきたわけで。
私のほうから爆豪くんと離れたい、おりたいと思うことなんて、この先あるのだろうか。いったい何がどうなったらそう思うのか、まったく見当もつかない。
そこまで考えたところで、自分の思考に自分で驚いた。
最初のころは、あんなに爆豪くんのことを目の敵にしていたのに、人って変わるものなんだな……。
時の流れと、あとなんかちょっとした、本当に些末なあれこれの積み重ねで、きっと私は爆豪くんと付き合う未来を選んだのだ。本当に、人生とは想像もしなかった出来事に満ちている。
そんなことを考えつつ歩いていたら、目の前に見知った人間が歩いていることに気付いた。後ろ姿では分かりにくいけれど、あの特徴的な兎耳には見覚えがある。
気付いた瞬間、体温が一度くらい上がった感覚があった。
「ミルコ!」
院内だというのに、私は思わず声をあげ、彼女の名前を呼んだ。小走りに駆け寄ると、ミルコがくるりとこちらを振り向く。壁に手を付き、ゆっくりと歩いていた彼女は、私を目に留めると訝しげな顔をして首を傾げた。
「んー? 誰だおまえ」
「以前、ミルコに救けていただいたものです」
「そんなことあったか? いちいち覚えちゃいねーけど、ま、そんなこともあったんだろうな」
わ、忘れられている……! 若干ショックではあったものの、すぐに気持ちを切り替えた。ミルコほどのヒーローともなれば、一日に救ける人間の数も両手ではきかないくらいだろう。そのうちの一人ひとりを覚えているなんて、そんなのは到底無理だ。まして私は、自販機をちょっと持ち上げてもらったくらい。忘れられていても仕方がない。
「ミルコはリハビリですか?」
「あ? ああ、まあな」
忘れられてはいたものの、さいわい邪険にはされずに済んだ。
「このあとな。けど部屋で寝てんのも暇だし、こうやって歩き回ってんだよ」
「なるほど。というか腕……大変なことになってますが……」
「な。こんなんなっても生きてるもんだな」
にやりと笑って、ミルコは両手をこちらに向かって突き出した。処置着から伸びた手の先は、両手とも完全に機械化している。まるで見せびらかすようなそのしぐさには、深刻さはひとかけらも存在しない。
と、ふいにミルコが腰を曲げ、ずい、とその美しい顔を私に向けて寄せる。そうしてじろじろと私の顔を眺めたかと思えば、
「ん? あ、思い出した! おまえアレか。私になんでヒーローやってんのかとか、寝ぼけた質問したやつ!」
そう叫んで、機械の両手をがしゃんと打った。どうでもいいけれど、腕のそれはそんな気軽にがっちゃんがっちゃんやって大丈夫なものなのだろうか。詳しくはないけれど、ミルコ用にあつらえられた代物であれば、かなり高価なものだと思うのだけれど……。
目の前で繰り広げられるがっちゃんがっちゃんと、そこに発生しうる金銭の金額に思いをはせて怯えながら、私はミルコに頭を下げた。
「その節は失礼をいたしました」
「なんだァ? また義肢見せてほしくなったのか? 好きだな、おまえも」
「そ、そういうわけではないですけど」
そう言いながらも、見せてもらえるのならば遠慮なく見せていただく。なにせ本邦トップレベルのヒーロー・ミルコの義肢なのだ。そうそう近くで拝むこともあるまい。
「前に見せたときより増えちまった」
言いながら、ミルコは処置着の袖をぐいっとまくった。一応ここは病院の通路なので、人通りが多少はある公共の場。けれどミルコは、あまりそういうことは気にしないたちのようだった。もともとのヒーローのコスチュームも露出が多いものだし、恥ずかしがるような肢体でもないということか。
明るい場所で間近で見せてもらった義肢は、思ったよりも細身のつくりをしていた。先端に五本の指と同じはたらきをするのだろうパーツがついている。見るからに重そうではあるものの、ミルコはそれを難なく持ち上げ動かした。
「これは死柄木戦のときに使ってたのと同じ義肢ですか?」
「んなわけあるか」
呆れたようにミルコが言う。
ちなみに、今回の大戦におけるミルコの戦闘は、一切記録に残っていない。もしかしたら雄英かどこかには残っているのかもしれないけれど、少なくとも一般市民の目に触れるような場所には何も残っておらず、閲覧することは不可能だ。
「死柄木戦のときは、対・死柄木で最大火力で蹴っ飛ばせるようにチューニングした特別製。つーか、義手ってより武器だな、ありゃ。あんなもん、普通の敵や救助のときにぶっぱなせるわけねーよ。逆に被害拡大するぜ。今使ってんのはほれ、もっと汎用型」
「これで戦えるんですか?」
「殴れなくはねえけど、もっと殴るの特化のもある。これは生活とバトルの折衷ってとこだな」
「はー、いろいろ用意があるんですねぇ」
「サポート会社のやつら、ここぞとばかりにいろんな義肢を送ってくんだよな……。私はモルモットじゃなくて兎だって分かってんねえのか」
ぼやきながらも、ミルコの顔はいきいきとしている。その強気な面立ちに、悲壮感はかけらもなかった。
前に会ったときにも思ったけれど、ミルコからは四肢の欠損への悲嘆のようなものがまったく、少しも感じられない。もちろん本人のなかにはあるのかもしれないけれど、それが一切外に漏れてこないのだ。天性の明るさというか、いい意味での無法さがあったとしても、これは凄まじいことだ。
そういうミルコだからこそ、相対する私もまた罪悪感やいたたまれなさを感じず、どんどん知識欲を駆り立てられるのだろう。
義肢、とくに義手というと人間の手の形を模したもののイメージがあるけれど、ミルコのそれは完全に機能性重視に見えた。武骨で、装飾的な面を重視していないことが、ありありと伝わってくる。天井の照明をにぶく反射する義肢にそっと触れながら、私は尋ねた。
「ミルコは義肢にするって決めたとき、躊躇や葛藤はありましたか」
「またそれか」
ハッ、と短く息を吐きだして、ミルコは眉根を寄せる。身じろぎしたはずみにか、かしゃん、とミルコの手足のどこかが金属質な音を立てた。
「おまえそういう質問好きだな? 切っちまった人間にそれ聞いて、なんか得るもんあんのかよ」
「いえ、後学のためにというか……答えたくなければ、無視していただければ」
「つーか、んな難しいこと考えてねーよ。使えるもんがありゃ使う。そんだけだ。とくにあの時は、明確にタイムリミットがあったからな」
「次の戦いを見据えて、ということですか」
「当然。だいたいリハビリするにしても、手足がねーんじゃな。私の戦闘スタイルじゃ戦闘能力がダウンすんのは必至だ。躊躇してる暇なんかねーよ」
ミルコはそこでふいに、機械の手を、反対の機械の手でやさしく撫でた。
「だからって、たとえ時間があったところで、私の選択は変わんねーけどな」
「ミルコ……今更ですが、戦ってくださってありがとうございました」
爆豪くんにも言ったことだ。しばらくのあいだは、大戦に参加したヒーローに会うたびに、きっとお礼を言って回ることになるのだろう。
「今こうして私たちがいられるのも、ミルコたちヒーローが命を賭して戦ったおかげです」
「ま、そうだな。けど、別に礼なんかいらねーよ。やりたくてやってる仕事にんなこと言われても、耳の裏がこそばゆくなるだけだ」
照れ隠しでもなんでもなく、本心からそう思っているような口ぶりだった。それが、ここまで話してきたミルコらしさを表しているようで、私は不覚にもそのきっぱりとした姿に見とれてしまう。
そんな私にかまわず、ミルコは金属の足を持ち上げたり動かしたりして、何やら考え込んでいた。やがて、
「私の個性が兎だから、ってのもあるか」
独り言のように、ぽつりとそう呟く。その呟きを拾い、私は尋ねた。
「何の話ですか?」
「義肢の話だ。今思った。私の場合はそのまんま、身体のつくりが個性柄、兎なのであって、個性を使って何かをしようっていうんじゃねーんだよな。足が切れれば新しいのをつければいい。その新しくつけた足に、もとの個性を模したはたらきを持たせればいい」
「えーと、つまり?」
「私の場合は足がなくなりゃ、足と同じ機能の部品つけりゃいい。けど、個性を出力するために足が必要なやつは、そう簡単にはいかねーだろ」
「ええと……あ、エンデヴァーとか?」
「エンデヴァーは、ありゃ腕もがれたところで、もがれたとこから炎出すだけだろ。ひげまで燃えてんだから、肘だろうが膝だろうが絶対どこでも燃やせるぞ、あれ」
「ああ、じゃあ……イレイザー・へッド」
「お、いいな。分かりやすい例だ。なんだおまえ、アホになったりかしこくなったり、変なやつだな」
そう言ってミルコは、呵々大笑した。うーん、豪快。豪快としか言いようがない笑い方だった。二十代女性の放てる豪快さの上限からはかなりかけ離れているけれど、そこがミルコの良さでもある。
「ま、そういう意味で私は得だったって話だ。機械の手足くっつけりゃ隠居せず済むからなァ。っと、そろそろリハの時間だ。話し相手になってくれて助かったぜ!」
そうしてもはや私には何の用もないと言わんばかりに、ミルコはさっさと立ち去ってしまう。その潔さに改めて感服しつつ、私はしばらくのあいだ、ミルコの言葉を噛みしめていた。
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