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柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
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ベリーベリー
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微原作沿 爆豪長編(4)
サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。
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ゴールデンウィークも終わって五月、ついに学校の授業が再開された。私たちは二年生に進級し、新入生も入学してきた。
夢咲女子だけではなく、県内の学校は続々と授業を再開している。ようやく、少しずつながらも日常が取り戻されつつあった。
とはいえ、学校側では新学期の準備がろくに追いついていないらしく、担任は去年からそのまま持ち上がり。ついでに授業は短縮され、当面は被害地域の復興ボランティアに、時間割の多くを割いていくことになる。
そんななか、五月も後半にさしかかろうという頃、爆豪くんがようやく静岡の病院に転院してきた。
「転院おめでとう」
「退院してねンだからめでたくも何ともねえ」
「転院おめでとう」
「おい」
「転院、おめでとう」
「てめえ日に日に人の話を聞かねえ!」
「人の話を聞かないことにおいて、人後に落ちない爆豪くんに言われても
……
」
そんなわけで、爆豪くんの転院先である静岡県内の大学病院に私がやってきたのは、学校が休みの土曜のことだった。
集中治療はセントラル病院であらかた済ませているため、転院先ではリハビリをしながら、全身の機能回復を目指していくことになるという。私には詳しいことはよく分からないものの、退院がみえてきたというのは単純に喜ばしい。
少し久しぶりに会った爆豪くんは、右腕のギプスが外れて点滴も減り、目に見えて身軽になっていた。顔の包帯も取れている。
新しい病院はうちからそう遠くなく、病棟の消灯前であれば面会時間にも制限はない。爆豪くんの体調も、危機的な状況を脱している。
その結果、爆豪くんの右腕のリハビリと付き合いながらではあるものの、私と爆豪くんは未だかつてないほどに、普通に恋人っぽい距離感を手に入れていた。
そんななかでの、今日のお見舞いだ。当然、ただのお見舞いではない。
前回のお見舞いのさい爆豪くんに話した「爆豪くんが無事に帰ってきたらしたいこと」。そのうちいくつかをぱーっとやってしまおうという、とにかく今日はそういう趣旨のお見舞いだった。
「とりあえず、まずは誕生日のお祝いということで、ケーキを焼いてきました」
病室に持ち込んだ紙袋から、保冷バッグを取り出す。もちろん、爆豪くんがすでに自由に飲食していいことは光己さんに確認済だ。よほどおかしなものでない限り、差し入れも自由に食べていいらしい。
爆豪くんに手作りのものを贈るのは、バレンタイン以来二度目。味への感想ははなから期待していない。自分では満足のいくものができたと思っているけれど、そもそも甘いものを爆豪くんにという時点で、満点を狙うのは難しいと諦めている。
持参した紙皿に、つくってきたケーキを載せる。それをベッドテーブルに置くと、私は爆豪くんの反応をうかがった。
私の一挙手一投足を胡散臭げに見ていた爆豪くんは、ケーキを一瞥して一言、
「毒になるもん入ってねえだろうな」
とだけ、低く問いかけてきた。
私は爆豪くんをじっと凝視した。
失礼とか、もはやそういう次元じゃない。耳を疑う。
世紀の大戦で英雄扱いされていても、爆豪くんのこういうところは、まじで全然変わらない。
爆豪くんが、本心から疑わしげな顔をして私を、そしてテーブルの上のケーキを見る。
つかの間の無言ののち、私はにっこりと微笑んだ。「んだ、その気味悪ィ顔は」と追撃を見せる爆豪くんにも、もちろん笑顔を絶やさない。
そして私は、テーブルの上に置いたケーキのお皿を、素早くさっと、取り上げ手元に引き寄せた。
本当ならば、私の素早さでは爆豪くんにかなうはずがない。けれど、まだケガから完全復活していない爆豪くん相手ならば、私でも先手をとることができる。
「あっ、てめ、」
「なるほど、了解した。そういうことなら、じゃあケーキは食べなくていいよ。そしてさようなら爆豪くん、私たち二度と会うこともないでしょう」
「おい、待て」
「
……
」
「それ、持ち帰んなアホ」
「
…………
」
「置いてけや。俺ンだろ」
ぬけぬけと言う爆豪くん。一体どの口が、恥ずかしげもなく「俺の」とか言っているのだろうか。毒かもしれないものの所有権を主張してどうしたいんだ。
むっとして、私も負けじと言い返す。
「いやいやそんな滅相もない。毒かもしれないらしいからね、持ち帰らせてもらうね。入院患者に毒を隠し持たせるわけにもいかないのでね、安全のために」
「
…………
」
「で、食べるの? 食べないの? いるの? いらないの?」
「寄越せ。食うに決まってんだろうが」
果てしなく横柄なその返答に、私はじっとりとした視線で爆豪くんを睨みつけた。対する爆豪くんはといえば、「見んじゃねえ」となぜか強気に応戦してくる。どう考えても爆豪くんが悪いのに、どうしてこう、爆豪くんってこんな感じなんだろうか。
まあ、分かっていて付き合っている、私も私ではあるのだけれど。
溜息を吐きつつ、私はケーキの皿をテーブルに戻した。使い捨てのフォークをビニル袋から取り出し、皿に添える。
爆豪くんは目下、左手だけでの生活の訓練の真っ最中。箸の使用はまだおぼつかないながらも、スプーンやフォークを使えばふつうに飲食もできる。
もしも私が利き腕を使えなくなれば、しばらくの間はスプーンとフォークでも苦労しそうなものだ。けれど爆豪くんは違う。彼の生来の器用さと、私の知らないところで重ねたはずの尋常ならざる量の努力が、多分ものを言っているのだろう。爆豪くんのそういうところは、素直に尊敬できる。
しかし、それはそれ。これはこれ。人がせっかく作ってきたケーキを毒呼ばわりするのは、本当にどうかと思う。
自分のぶんのケーキも用意しながら、私はもう一度溜息を吐いた。
「緑谷くんには謝ったのに、本当、私には絶対に謝らないんだよね
……
」
「あ?」
「まあ、いいんだけどね。別に」
そんな話をしつつ、私は両手を合わせた。いただきます。
家でさんざん試作品をつくったので、味はだいたい予想ができる。一口食べ、上出来だなと思ったところで爆豪くんを見ると、爆豪くんは左手を使って、フォークを持つのではなく携帯を操作していた。
「ん、どうしたの。食べないの?」
「写真。ババアが撮っとけっつっとった」
そういえば、爆豪くんの飲食の可否を確認するにあたって、光己さんには事前に、ケーキを手作りして持参することを伝えていた。おすそ分けの分は用意してあるのだけれど、それとは別に写真も、ということだろう。
「私が撮っておこうか?」
「なめんな、写真くらい撮れるわ。凡人とは違ェんだ」
その言葉どおり、爆豪くんは左手だけで器用に携帯を操って、きれいに写真を撮影した。
爆豪くんが自分でできることを、わざわざ横から手伝うのもよくない。できるというのであれば、まあいいか。
そう思い、ケーキをもう一口ぱくついたところで、携帯のカメラのシャッター音がまた鳴った。顔を上げれば、爆豪くんがそ知らぬ顔で携帯をいじっている。
レンズがこちらを向いているわけではない。けれど、今のは多分、不意打ちの隠し撮りだったと思う。
「ちょっと爆豪くん、今写真撮った?」
「は? 撮ってねえ。自意識過剰」
「うそ、絶対撮ったでしょ。カメラロール見せてよ」
「ざけんな、見んな根暗ぶっ飛ばす」
「おかしいおかしい」
なんで私がぶっ飛ばされなきゃならないんだ。隠し撮りをしたのは爆豪くんのほうだろうに。
いや、そもそも爆豪くんが私の写真なんか撮ってどうするのか、という話でもある。記念日の写真ということで、ツーショットならまだ分かるのだけれど。
「爆豪くんも一緒に撮らなくてよかったの?」
「あ? なんで一緒に撮る必要あんだよ」
「え? だって記念日だし。普通ふたりで撮るもんじゃないの?」
逆に、どうして私がひとりで写真を撮られなければならないのか。私がそう言うと、爆豪くんは何か考えるように視線をつかのま逸らす。それからおもむろに、ぽい、とこちらに携帯を寄越した。
「撮りたきゃ撮っとけ」
「え、いいの?」
「大晦日にも撮ってんだ。今更だろ」
「よかったー、断られるかと思ってた」
言いながら、私は爆豪くんの携帯をインカメに切り替えた。
大晦日に爆豪くんが撮ってくれたツーショットは、どれも不意打ちのタイミングで撮影されたものばかりだった。それでもホーム画面の背景に設定はしていたけれど、画面を見るたび、もう少しましな写真はないのかと思ったものだった。
「よかった、これでやっとまともな写真が手に入るよ」
腕を伸ばし、レンズのなかに私と爆豪くん、それに作ってきたケーキが入るように調整する。爆豪くんはそっぽを向いてしまったけれど、これはこれで悪くないような気がした。爆豪くんらしい仕上がりと、好意的に解釈すればそう言えなくもない。
何度か撮影して、それなりに厳選もした。カメラロールには、やはり私がケーキを食べている写真があった。爆豪くん、よくもこれで自意識過剰とか言いまくれたものだな
……
。
「これ、あとで私に送ってくれる?」
「今勝手にやっとけ」
爆豪くんがぞんざいに答える。彼はフォークを手に取り、ケーキを食べ始めていた。
「
……
はいはい。勝手にやっとくね」
口先で爆豪くんに返事をし、指先を携帯にすべらせる。けれど内心では、爆豪くんの返事に驚いていた。
以前だったら、爆豪くんが自分の携帯をこうも無防備に私にさわらせることなど、絶対になかったはずだ。もしかしたら緑谷くんやほかのヒーロー科の友人に対しては、以前からそういう面があったのかもしれない。けれど、少なくとも私と接するときの爆豪くんは、かなり恰好をつけていたと思う。
だから今、それが剥がれたということに、私は驚き、動揺していた。ケガをして右腕がきかなくなって、いろんなことを他人に任せることへのハードルが低くなったのかもしれないけれど、それでも。
根っこは変わらず、プライドは高いまま、爆豪くんは周囲をうまく頼るようになった。やわらかくというよりは、しなやか。頑なだった部分が折れないまま、強くなっている。そんなことを、ケーキを食べながら考える。
と、背後から病室のドアをノックする音が聞こえた。返事をするより先に、看護師がひとり、処置の道具をのせたカートを押しながら入ってくる。
「検温の時間でーす。あ、爆豪くん彼女来てくれたんだ、よかったねぇ」
「よかねーんだよ」
「え、よくないの?」
思わず口を挟んでしまった私に、
「てめえもそこで聞き返してんじゃねえ! 察するっつー能力ゼロか!」
爆豪くんが怒鳴り散らした。
私が椅子をどけて場所をあけると、そこに看護師が「ごめんねぇ」と移動してくる。
「体温と血圧はかるだけだから、すぐに終わるよ」
私に説明しながら、看護師はてきぱきと爆豪くんの左腕に血圧計を巻いた。視線を手元にやったまま、処置をしながら「ケーキじゃん。いやぁ、いいね。青春だね」と爆豪くんをからかう。
「彼女、前の病院にもお見舞いに来てくれたんでしょ?」
「なんっで知ってやがんだクソ看護師が!」
「お母さんに聞いたんだよ」
「プライバシーもクソもねえ!」
そんなに吠えて血圧が上がってしまわないのだろうか、と思ったけれど、看護師は「ん、いつも通り。健康健康」と言いながら血圧計を外した。これだけのケガで入院しているのだから、絶対に健康ではない。
爆豪くんはといえば「どうなっとんだここの看護師は」と、めちゃくちゃ怒りながらケーキを食べている。この調子だと、ふだんから完全に遊ばれているのだろう。うーん、目に浮かぶようだ。
看護師はベッドサイドの板に挟んだ紙に何か書き込んでいく。そして片付けをしながら、
「しかし、あれだな。やっぱり爆豪くんみたいな荒くれ者と付き合うには、こういう献身的な子じゃないとだめなんだなぁ」
やけにしみじみした調子で言った。爆豪くんが、面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「ハァ? 誰が献身的だって?」
「彼女、彼女」
そう言って、看護師は私の方を向いてぱちんとウィンクした。すっかり蚊帳の外でケーキに集中していた私は、唐突に放り投げられた会話のボールをキャッチしそびれる。
話についていけず、ぱちぱちと何度かまばたきをしてから、ようやく話題が私についてであることを理解した。
「え、私? え? 私の話ですか?」
「いや、てめえもポカンとアホ面してんじゃねえ」
「え!? いや、だって献身的とかはじめて言われたなと思って。全然私の話だと思わなかった」
「彼女、ちょっと変だねぇ。さすが爆豪くんの彼女」
看護師が笑いながら退室していく。ドアが閉まったあともまだ、私は話についていけないまま、うまく言葉を見つけられずにいた。
献身的
……
。爆豪くんの彼女像としてならば、たしかに何度か出たワードではある。けれど実際に自分がそうと言われたのは、多分これがはじめてだった。
献身的。周りから見たら、私はそんなふうに見えているのか。爆豪くんと付き合う、献身的な彼女というふうに周りに見られ、そして評価されているのか。
遅れてきた理解と実感に、なんだかそわそわと落ち着かない気分になる。それはまるで私という標本に、まったく私と似つかないラベルを貼られたような、そんな居心地の悪さだった。
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