【創作|馬軸】春雷 芽吹- 春の嵐

※支部からの移植版です。文面そのままです。第一話~第三話までのクラシック編。

Attention
・この作品は競走馬とそのジョッキーを中心に描いていますが、実在する団体とは何の関係もない創作作品です。
・実際の競馬に関してわからない部分は調べていますが、事実と異なる点やありえない点もあるかと思います。そこについては創作だと割り切ってお楽しみいただければ幸いです。
・実在する競走馬をモデルにした競走馬が登場します。名前がもじってある場合があります。



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牡馬クラシック第一弾__皐月賞。
最も「はやい」馬が勝つと言われるレース。
芝二〇〇〇メートル・中山競馬場で競われるそれは、今後のクラシック路線を占うだけではなく、勝馬に永遠の冠を与える。そんな歴史あるレースに挑戦できる馬はほんの一握りだ。騎手もそれは同じことで、新たにロジェールマーニュの主戦騎手になった私__白綾后子も例外ではない。

五年程前に様々な幸運が重なって日本ダービーに出る馬に乗せてもらったことがあった。土砂降りの雨の中行われたダービーだった。私が乗った馬は人気も二桁で着順も二桁になってしもたけど、ダービーという誰もが新たな最強馬の誕生を待ち望む特別な舞台は、やはり違う。
熱気。闘志。覇気。
そういう熱さが洪水のように押し寄せて、多くの願いを混ぜながら競馬場に満たしていく。
それが東京優駿__日本ダービーだった。

そんなダービーの前に行われる皐月賞は、やはり特別な意味を持っている。
皐月賞もダービーも下す最強馬の台頭か。それとも新たな怪物の出現か。幕開けの一戦なのだが。


……なんでやねん……なんで……なんでやね~~~~~~ん!!」


虚しい叫びが雨音にかき消されながら周辺へ響き渡った。いやほんまにロジェと出会って運がええと錯覚した。私は相変わらずピンポイントに大凶を引き当てるタイプの人間やった。なんでこうなんねん。これで落鉄とかしたら目ぇ当てられんでほんまに。どないすんねん。
ゴロゴロと遠くで鳴る雷がさらに嫌な予感を増長する。心なしか雨足はさっきよりも強くなっている気がした。ちょ待ってや、今向こうでめっちゃ雷光ったがな。うわ、いやドカーンやあれへんねん。めっちゃ近いがな。何でこんな嵐やねん。

中山競馬場は九時開場だが、皐月賞は午後三時四十分出走である。しかし今年は大荒れが予想され、しかも一番人気が牝馬とあって国内外から相当注目を集めていた。このクソクソ大嵐でも十万人近い観衆が詰めかけ、今か今かと待っている。騎手控室では皆「さっきより天気やばくね?」「ヤバいっすね」「これ雨上がっても馬場不良だよな」「重まで戻ってくれりゃいいんですが……」と不安げな表情を浮かべていたが。アホたれ。こっちはもうそれどころやないわ。

刻一刻と迫る皐月賞。私は今回皐月賞以外乗り馬がいないので他の騎手と比べて暇といえば暇だった。なので皐月賞の前にあるレースを検量室から見ていた訳だが、マジでヤバい。馬場がこれでもかと荒とる。泥濘み、ターフビジョンで若干見る限りコース内は水が溜まっとるように見えた。
最悪や……外差しな馬が圧倒的に有利になる。ロジェは最短距離で、極限まで無駄な動きを減らすには内を回りたいけどこの馬場では脚が取られて思うように加速できんかもしれん。

そうなったら確実に来る。『鉄骨娘』フジサワコネクトが外から追い込んで差しに来る。

「どないしょ……ほんまにどうしよ……
「おおおおおちつけ俺、大丈夫だロジェは逃げれるだって后子さんがついてんだよっしゃひっひひひ人文字!! あっ違うのの字飲も」
「自分より焦ってる人見ると落ち着くのって本当のことやったんやな……
「こっこっこうこざん俺どうしたらいい!? 俺が調教助手から調教師になって初の、はっ初の馬が皐月賞に」
「ニワトリか。……ほんまになんかもうどうでもよぉなってきたわ。なんか落ち着いてきたわ……
「いやどうでもよくならんでよ!? 本当頼むよ」

私より遥かに慌てふためいている国美道長調教師のおかげもあって、私の緊張は幾ばくか緩和されていた。
出会った当初は「うわめちゃくちゃヤンキーやん……」と思っていたがだいぶ見てくれだけだったというのはもうよく知っている。実は人見知りで口下手なだけ。そんだけやったらまだかわええかもしれへんけど、八割見た目のせいで損しとるから金メッシュは絶対辞めたほうがええと思う。顔もちょっといかついんやし。そんなんやから彼女にフラれたんとちゃうかな。なお国美さんが彼女にフラれたのは渚ちゃん情報なので信憑性はかなり高い。
それはどうでもええし知らんけど、問題はまあ山積している。レース出走までに雨が止んでどうにか天気が持ち直してくれたらいいがそれは望み薄な気がした。

(そういや五年前のダービーもこんな大雨やったな……うっ気持ち悪くなってきた……

美浦トレセン、栗東トレセン合わせて一四〇名の騎手の中で中央競馬唯一の女性騎手。未だ重賞勝ちがないがダービーで大金星をあげたいところ、そんなふうに実況された記憶があった。
最近女子の後輩が入ってきて(彼女らは美浦におる)たあの子らは勝ってるってどっかの新聞で見ていたけれど、当の私と言えばこのザマで豪雨どころか嵐を引き当てる。流石に記者陣がいる前で啖呵を切った手前、異様に緊張している自覚はあった。

刻一刻と迫ってくるレース出走時刻。二十分前には本馬場入場だが膝が面白いほど笑っていた。

皐月賞という大舞台。誰もが新たなスターの誕生を待ち望む。
紅一点で挑むフジサワコネクトや、弥生賞を下したミナミノテイオー。強豪揃いの中にいる「惜しい馬」、ロジェールマーニュ。そんなロジェが大逃げ脚で大差をつけて勝つ。
誰も、彼に追いつけない。逃げて、逃げて、逃げて、突き放す。誰にもロジェのペースを乱す事はできない。最初から最後までずっと先頭を走り続ける。それがロジェールマーニュという競走馬のはずだ。


「そか。単純な話やったな。……悩む事あれへんやん」

ロジェが楽しく、好きに走る事。私はそのロジェにとって楽しい時間をさらに心地よいものにすべく、極限まで無駄な動きを減らすよう導き共に駆け抜けていけばいい。

私は馬〝が〟誇れる騎手になると決めた。ならば馬の意思を尊重して、相棒であるロジェールマーニュのやりたいようにやらせる事が一番なんや。
私にとっては当然のことで、ほかの騎手にはほんの少しズレた価値観。折り合いガン無視、馬の好きにさせる。でもこれでいい。私は唯の方向指示器に徹し、ロジェには好きに走ってもらう。


そう気づいた時、きっと私は何もかもを捨てていた。