【創作|馬軸】春雷 芽吹- 春の嵐

※支部からの移植版です。文面そのままです。第一話~第三話までのクラシック編。

Attention
・この作品は競走馬とそのジョッキーを中心に描いていますが、実在する団体とは何の関係もない創作作品です。
・実際の競馬に関してわからない部分は調べていますが、事実と異なる点やありえない点もあるかと思います。そこについては創作だと割り切ってお楽しみいただければ幸いです。
・実在する競走馬をモデルにした競走馬が登場します。名前がもじってある場合があります。




やる気が、出ない。NHKマイルカップ以降俺__スノーホワイトのやる気は行方不明だった。
今日の分は全ての調教を終えてとりあえず馬房に戻った。追い切りはとりあえず鞍上の指示に従って走ったが、過去最低タイムだったと若い兄ちゃんが言う。この兄ちゃんは俺の新しい調教師で、前のおっちゃんは何か知らんけどやめちゃったらしい。そうして俺は新しい「国美厩舎」にやってきた。
俺の新しい住処はかなりボロ屋だが、寝藁も柔らかいのと飯がうまいから今は文句なしだ。隣のやつも今のところ静かな奴だし。隣の住人__ロジェールマーニュは真っ黒な体に長い四肢。真っ白な俺とは対照的なそいつは先週のダービーに出てクビ差で負けている。
いや何してんだよ。お前、察するにこの厩舎の稼ぎ頭だろ。

……さっきから随分僕の事見るけど、何か用事?)

俺の視線に気づいてロジェールマーニュが話しかける。ひょいと顔をこちらに向けて、飼い葉をもぐもぐしながら俺を見た。

(いや? 追い縋って振り切られたんだなあって)
(何それ、普通に実力負けだよ。……もっと上積みしないと。……もう二度と、后子に敗北の苦汁を舐めさせるわけにはいかない)
(随分あの子の事買ってんだな。まぁ確かに俺が振り落としても全力疾走で追いかけてくるあたり、マジガッツあるわ。普通人間、ウッドチップの上あの速さで走れんて)

俺は一度顔を飼い葉桶に突っ込み、ニンジンだけ選んで口へ放り込んだ。ピンと耳を伸ばし俺の方に向けたロジェールマーニュは、愕然としたように耳を数度動かして俺に尋ねる。

(何……今何て? 后子を、振り落とした? 怪我させたのか? おい__何か言え)
(え、こわ……急に態度豹変する……お前さっきまで機嫌普通だったよね? しかも俺年上なんだけど)
(蹴り飛ばすぞ。后子を傷つけるな。花を愛でるように丁重に扱え)

耳を思い切り絞ってブチギレているロジェールマーニュに俺はビビり、わかったよ、と渋々納得した。正直俺にはあの金髪の子__姉御と呼ぶことにする__をそこまで慕う理由が全く分からん。ガッツがあるとは思うけど。
以前乗っていた騎手に比べて、思い切り力で押さえつけるようなやつではないことはわかるけどそこまで行く? この僚馬怖いんだけど。しかもこの厩舎、牡馬は俺とロジェールマーニュだけだしまあうまくやるしかない。このブチギレ後輩をなんとか諫めねえと。

……珍しい。ロジェが耳絞ってる。なんかあったやろか」
(后子……!)

すん、と耳が彼女の方に向く。ロジェールマーニュは先ほどの切れた斧のような態度を百八十度変えて柔らかい表情になった。情緒不安定すぎだろコイツ。

(ねえ、スノーに落とされたって聞いたんだけど)
「うおお……どないしたどないした。今日は梨持ってへんよ」
(おい姉御、そいつヤバい猫被りだぞ。早く逃げたほうがいい)
(うるさい。邪魔。さっさと寝なよ)
(マジで情緒ヤバいなコイツ……ってだから俺先輩なんだって。俺四歳なの。古馬なの)
(は? 知らない。后子は僕の騎手なの。お前のじゃない)
「ちょっちょっと待ちやロジェ、うぉ凄いな今日」

ロジェールマーニュは姉御の顔に何度も自分の顔を寄せてぐいぐいと押す。押される姉御は若干前後にふらふらしながらロジェールマーニュの顔を撫でていた。

「あ、せや。スノーにはこれ持ってきたで。じゃん」
(おっ、葉付ニンジン! 流石にわかってる姉御~……ってうわ……ロジェ顔ヤバ……
「ロジェも欲しいん? どないしょ。あ、せや。ちょっと待っててな」
(待って姉御! この嫉妬に塗れた腹黒ホースとふたりきりにしないで!)
「__痛ぁ!!?! え、噛みつかれた!? 何で!? ごめんスノー、なんかしてしもた?!」
(やべ力加減しくった!! …………うわ……やば……これ……馬房の壁ぶち破られ)

俺が戦々恐々としていると、入り口から調教師の国美が戻ってきた。国美は手に葉付ニンジンを持っている。俺はすぐに顔を姉御の方から背けて、国美に向かって首を伸ばしながら前掻きして死ぬ気でアピッた。ロジェの視線が怖い。やばいよコイツ、情緒ヤバいよ。なあ国美。

「喜んでくれてよかったよ。……って后子さんどうした? なんで背中摩ってんだ」
「いやぁ……私が悪いねんけど、おもっきし嚙みつかれてん。何が気に食わんかったんやろ」
「上に貼り薬あるよ。……って、ロジェなんか凄い怒ってんな」
「そうなんですよ。なんか虫の居所が悪いみたいで……安田記念、晴れるとええですね」
「だな。雨に不良馬場だとスノーを洗うのが大変だ」

俺は人知れず冷汗をかきながら国美に差し出された葉付ニンジンを無心で食べ続けた。正直安田記念うんぬんよりも、僚馬の腹黒い(?) 一面を知ってしまっただけにもうレースどころではない。いや待てよ。さっきこいつ「もう二度と后子に敗北の苦汁を舐めさせるわけにはいかない」とか言ってなかった?


…………これ……負けたら、割とマジで馬房の壁ぶち破られるのでは?

色んな意味で、絶対負けられねえマイルの電撃戦が__始まる。