【創作|馬軸】春雷 芽吹- 春の嵐

※支部からの移植版です。文面そのままです。第一話~第三話までのクラシック編。

Attention
・この作品は競走馬とそのジョッキーを中心に描いていますが、実在する団体とは何の関係もない創作作品です。
・実際の競馬に関してわからない部分は調べていますが、事実と異なる点やありえない点もあるかと思います。そこについては創作だと割り切ってお楽しみいただければ幸いです。
・実在する競走馬をモデルにした競走馬が登場します。名前がもじってある場合があります。




__〝好きに走りや〟〝合わすさかい〟
そんなこと、言われたの初めてだった。

つか、騎手がそれ言って大丈夫なのかよ。騎手って本来俺らをうまく御して走らせるのが仕事なんじゃないの? そんなことを思う。だがゲートが開いて飛び出せば、マジで特段指示を出されないので、俺はとりあえず内側に入って足をころころ動かした。
鞍上の姉御は最低限の指示しかしなかった。安田記念はコーナーが二か所しかない。スタートはスタンド側から見て向こう正面、左回りのレース。ペースが速い時なら九十秒足らずで決着がつく。

正に__電撃戦。

こんなに馬場が荒れた安田記念は珍しいのではないだろうか。他馬は芝が綺麗な所を探しながら走っているのか、ずいぶん内側がガラ空きだった。前半は緩やかに__後半で爆発的に。それは他の騎手も無論考えるのは同じで、全員末脚を残したいという気持ちは見えている。

前を走る馬たちの蹴り上げる芝に混じって、土が俺の体にマダラ模様を作る。親戚のおばちゃんにこんなブチ模様の白毛馬がいるが、本当そんな感じ。あーあ。洗うの大変だわ。まあ俺が洗うわけじゃねえけど。
内側で直線を駆けながら俺は鞍上の姉御を気にした。片方耳をそちらに向けて見るが、呼吸する音さえ聞こえない。嘘だろオイ、息止めてる? 息してる? 人間ってそんな呼吸しなくて大丈夫なわけ?

「集中しや」

囁くような声でそれだけ告げられる。俺は耳を前に戻して前を見据えた。第三コーナーが近づいてくる。俺は先ほどより速く脚を回転させ坂を駆け上がり、徐々に前へ進出を開始した。
前を引っ張っているのは香港からやってきたという十六連勝の怪物__ゴールデンタイムラバー。その少し後ろに名牝アプローズがいて、俺と姉御はさらに後方。内側から全部見える位置に、極めて自然につけている。別に俺がそこに狙って行ったわけじゃない。じゃあどうやって? 決まっている。俺のペースを乱さず__自由気ままなままに前を狙える位置を取ったのだ。

オイオイマジかよ、姉御。それ普通できる? 合わすさかい、ってこういうことなわけ? 超楽しいんだけど。ズルいだろこれ。ロジェがガチ惚れする理由秒で理解できちゃうんだけど。

俺の足が強く地面を蹴り飛ばす。ぬかるんだ芝と土で一瞬加速が落ちかけたが、俺はすぐに脚を前に繰り出して肉体を前へ運んだ。四コーナーが近づいてくる。姉御は素早く右手に鞭を持った。ほぼすべての騎手がこの最後の直線で勝負をかけに来る。


「__獲らせるか、アホが!」

姉御の激が飛ぶ。俺のケツに一発合図が叩き込まれた。俺はすぐ反応して前へ進む。もっと速く。もっと強く。地面を蹴り飛ばせ。視界で馬郡が流れ去って行く。前にいるのはアプローズと、香港のゴールデンタイムラバーだけ。
バカが、ロジェじゃねえんだ。女子と競り合って諦めて、結局前譲るほど俺は紳士やってねえ。
思い切り後脚で地面を蹴っ飛ばして筋肉を爆発させてアプローズを抜き去る。あと一頭。ゴールデンタイムラバーだけ。鋼の錬金術師のOPみたいな名前しやがって、絶対こいつの馬主日本のアニメ大好きだろ。どこの脚本家だよ。つか強かろうが関係ねえし。俺がこいつを抜けば前は誰もいねえ。ゴールデンタイムラバーの真横につければ、鞍上が俺たちの方を見て睨む。


「__行かせるかッ……!!」
「こっちの台詞やボケ!!」


普段の明るく優しい人柄からは想像できない激情が姉御の口から吐き出された。俺は耳を絞って全身の力を振り絞って前へ走る。手綱のリズムと鞭のリズムを気取りながら半馬身程前を走るゴールデンタイムラバーを横目で捉え前を狙う。俺は顔に泥がかかるのも無視して只管前だけを狙った。
ゴールデンタイムラバーの騎手が素早く鞭を入れる。黒鹿毛の馬体が再加速して俺を突き放そうと試みる。俺は左側から引っぱたかれて手前を変え、もう一度強く後脚に力を込めて素早く足を回転させた。

あーもう最悪だよ、全身ドロドロだよ、俺真っ白だから白いってだけで可愛いタレントの姉ちゃんにちやほやしてもらえんのにさぁ____ああ、でも。


前にはもう、誰もいねえ。