【創作|馬軸】春雷 芽吹- 春の嵐

※支部からの移植版です。文面そのままです。第一話~第三話までのクラシック編。

Attention
・この作品は競走馬とそのジョッキーを中心に描いていますが、実在する団体とは何の関係もない創作作品です。
・実際の競馬に関してわからない部分は調べていますが、事実と異なる点やありえない点もあるかと思います。そこについては創作だと割り切ってお楽しみいただければ幸いです。
・実在する競走馬をモデルにした競走馬が登場します。名前がもじってある場合があります。




運負け騎手。それが白綾后子という騎手である。
負け組の星と呼ばれた競走馬のようにはなれないし、どう逆立ちしても勝ちには程遠い。近づいたと思えば離れ、離れればほしくなる。それが勝利というものだ。
そして競馬情報サイトの掲示板には酷評が並び、極め付けは彼女が騎乗するという情報は載れば一気に人気が下降する始末。ファンの関心は后子がどこまで負け続けるかで、いつ勝ち星を拾うかなどは誰も気にしていない。
しかし身内からの評価は高めだ。理由は二つある。一つは負けてもへこたれない事、もう一つは調教で后子が乗ると馬が大きく成長する事だ。しかしどれほど調教での騎乗が良かろうがレースで勝てなければ何の意味もない。それは最早調教助手や厩務員の仕事である。
レースで勝てないならば騎手である意味はない。
そして后子には絶望的に勝負運がない。

「白綾!」
「うげえ……瀬川。なんでおんねん」

爽やかな雰囲気の男が後ろから后子に話しかけた。瀬川迅一は白綾后子の同期であり、同世代では「望まれた騎手」と呼ばれる若き騎手である。競馬学校卒業後すぐに皐月賞、日本ダービー、菊花賞の三つを制覇。同年に有馬記念も獲り、類稀なる騎乗能力とその才能を見せつけている。
二十五歳現在で、八大競争を完全制覇している天才騎手。二十五歳現在、獲得タイトルなしの后子とは真逆の存在だった。瀬川は何かと競馬学校時代から后子を気にかけておりやたら絡む。本当にやたら絡むのだ。そしてその気遣いは全て空回りしているのだが瀬川はその事実に全く気付いていない。
后子は京都駅の新幹線口へ向かっていたが、面倒だったので足を止めず話を続ける。

(嫌味かアホ、自分どんだけGⅠ勝ってると思てんねん)

后子は眉間に皺を寄せながら右横を歩く瀬川を無視したまま改札まで向かった。歩幅が大きい后子はずんずんと進んでいくものの、背も歩幅も小さい瀬川は小走りで后子についていく。

「頑張れよ。戻ってきたらまた同じレースで戦おう」
「はぁ〜〜……無自覚な嫌味おおきに。一生中央には戻れへんやろからもうそんなんあらへんで。ほなな」
「そんなのまだ分かんないだろ?あ、そうだ。これやるよ。この間検品で貰ったんだ。アイドルホースぬいぐるみ」

后子はとりあえず紙袋を受け取って中を確認する。紙袋の中には芦毛の馬のぬいぐるみが入っていた。黒の頭絡が白の馬体に目立つ。鼻の上には黒いふわふわしたシャドーロールがついている。
その馬は瀬川が共にクラシック三冠を成し遂げた馬だった。后子は瀬川を引っ叩きたい気持ちをぐっと抑えてその一言を捻り出した。

「自分……ほんまに……人の神経逆撫でするの上手いよなぁ……

こめかみにぴきぴきと青筋が浮かんでいるのがどうしようもないほどにわかってしまう。后子はキレながらその紙袋をそっと返却した。

「えっ、もしかして気に入らなかったか?でもこれ結構ハネダアビゲイルにそっくりで」
「~~~~……うるさいわアホ!!!! これは持って帰れ!!!! 無自覚な嫌味がいっちゃん腹立つねん!!!!」
「えっ、い、いやあの白綾、ごめん! 俺、お前の気に障ることしたか!?」
「何もかもが気に障んねん!!!! この……この無自覚嫌味野郎!!!! 天才騎手!!!! はよ帰れ!!!!」
「えっ、えぇ~~~~!!??」

后子は『GⅠ勝つまで帰ってくんな』と親父に発破をかけられ、故郷の大阪を飛び出して競馬学校に入学した。しかし__常に成績は最下位。ギリギリ学校にいられるというレベルの成績で、毎日疲労困憊ではあったが「馬が誇れる騎手になりたい」というただ一つの目標が后子を突き動かした。わき目も振らずに己を鍛え、中学時代突然ぐんぐん伸びた高身長では不利だと言われても関係ないと体を絞り、座学に励み、必死になって騎手の夢を掴んだのだ。
だがしかし、とにかく負ける。ついたあだ名は「負け確騎手」。挙句の果てには掲示板に「GⅠに出るには実力が伴ってない」だとか「身長が高すぎる。これは普通に無理でしょ」だの「馬がかわいそう」だの好き勝手な罵詈雑言が並ぶ。
確かに后子は身長が一八〇センチメートルと騎手の中ではあり得ない高身長である。しかし常に体重は五十キロ代を維持しているし、騎乗センスには定評があった。大概の調教師や騎手は言う。「なんで勝てないのかがわからない」「騎乗に問題があるわけじゃない。むしろ丁寧すぎるぐらい」「どう考えても運負けしている」と。

そう。白綾后子は果てしなく運で負けていたのだ。だがジンクス化した「負け確騎手」の呪いを晴らすことは容易ではない。

后子が幼い日、宝塚記念で驚異的な大逃げで勝利を収めた馬がいた。
青毛に、額の白い星がトレードマークの馬__シャルル。
麗しき黒の一族、黒曜石の輝き、そのように呼ばれ__サラブレッドには珍しい青毛の馬体はどの馬よりも目を引いた。シャルルは驚くほど足が速かった。かの名手が理想のサラブレッドだと絶賛するほどの足を持ち、誰もがシャルルに夢を託した。
そしてその伝説とも言われる宝塚記念。幼き日の后子はすっ飛んでいき、記者が関係者以外立ち入り禁止と止めるのも振り切って鞍上の騎手に聞いたのだ。「どないしたら、そんなふうになれますか」と。騎手は微笑んで答えた。
「馬が、この騎手は自分の唯一無二の相棒なのだと誇れるようになったら、きっとなれる」と。僕がそうなれているかはわかんないけどね、とウィンクして彼は幼い后子へ言った。

そのあこがれと執着だけで、今の后子は成り立っている。

なんものうなった。GⅠは一勝もできんし、負けまくって、負けを数えるのももうやめた。
馬が私を相棒やと認めることなんかあれへん。だって一回で騎手交代が普通なんやもん。馬主界隈の私の評価は最悪や。『最高に運の無い騎手』やとか。皮肉にも程がある。

日本ダービーは「最も運のいい馬が勝つ」レース。たった一度、その舞台に上がっただけでも行幸やろ。あの子、他の騎手と組んだらメキメキ頭角を現しよった。
申し訳ないし何よりも、自分自身の不甲斐なさで死にたなってくる。それでも騎手を辞めるという選択肢が出てこんのは、私がここまで落っこちても、世間から酷評されてもいまだに宝塚記念で勝つという幻想を捨てきれていないから。せやけど__。

「現実見らなあかんなぁ…………

私に騎手としての実力や才能は、無い。
それだけは認めたくなかったけれど、認めるしかない。

后子はそんな思いを押し殺して駅を抜けた。見たことのないようで、見たことのあるような地方都市の街並みが目の前に広がっている。
ぼんやり市街を眺めていれば唐突にスマートフォンに着信が入る。誰やねんもうと思いながら画面を見れば、そこには中央競馬会の番号が表示されていた。えっまさか帰ってこいとか言わんよな、と后子は思いながら恐る恐る通話ボタンを押した。


「えっ?? 今すぐ戻ってこい?? いやいや冗談くさいですわ、こっちはもう佐賀におるんですが。どういう風の吹き回し……はぁ……はいぃ!?えっと……はい、栗東トレセン……はい……はい………………はぁ……いや何でまたそんな……
____えっ!? い、行きます!! い、今すぐ行きます!!」

電話を切り、来た道をUターンして全力疾走でみどりの窓口へ向かう。
なおこの運賃で本当に貯金が底をついた。