【創作|馬軸】春雷 芽吹- 春の嵐

※支部からの移植版です。文面そのままです。第一話~第三話までのクラシック編。

Attention
・この作品は競走馬とそのジョッキーを中心に描いていますが、実在する団体とは何の関係もない創作作品です。
・実際の競馬に関してわからない部分は調べていますが、事実と異なる点やありえない点もあるかと思います。そこについては創作だと割り切ってお楽しみいただければ幸いです。
・実在する競走馬をモデルにした競走馬が登場します。名前がもじってある場合があります。




皐月賞と菊花賞。二冠。后子は存外に喜ぶというよりも、安堵したような表情を浮かべていた。瀬川迅一とフジサワコネクトに勝ったからかと思ったが、そういう訳ではないらしい。
僕は后子の指示に従ってスタンド前へ戻り、后子は鞍上でヘルメットを外して観客へ礼をした。僕もその仕草を真似してとりあえず首を下に下げる。

「ロジェお辞儀してんの? えらいやん」
(褒められたな……まぁいいや。后子が笑顔だし)

鳴りやまない拍手と大歓声が京都競馬場を包んでいる。僕は軽く芝を蹴ってスタンド前をうろつきながら、やって来た渚に大人しく捕まった。そのままゆっくり歩きながら周囲の記者に写真を撮られる。
これで后子はGⅠ三連勝だ。安田記念、スプリンターズステークス、そして菊花賞。ヒトの関心は后子の事にも向いている。
栄光は僕の血液にも刻まれるが、后子がこれから背負っていくものでもある。それにこの三〇〇〇メートルという距離含め、これ以上の距離なら負ける気がしない。
后子と一緒なら、どこまででも__地の果てまででも行ける気さえする。

「ロジェ、ありがとう」
(礼には及ばないよ。僕は僕の好きに走った。むしろ、礼を述べるのは僕の方だ)
「私を騎手にしてくれてありがとう」
……? 后子はずっと騎手でしょう)
「うん、……よく頑張ったなあ。ほんまに偉いなぁ……。ほんまに、すごいなぁ」
(次も勝つよ。后子。一緒にどこまでも行こう)

渚に引っ張られて来た道を戻り、地下馬道を通って検量室の近くで止まる。后子が僕の身に着けていた鞍やゼッケンを外して、僕の首筋をポンポンと叩いた。

「うぐえ……后子ざぁ〜〜ん!!!!」
「渚ちゃん早い早い。まだ口取りあるよ!」
「だってえ……だってぇ~~!!」

渚は泣きながら后子に抱き着いていた。僕の手綱を持ったままなのでちょっと引っ張られる。僕はそれに逆らわず、僕も后子へ顔を寄せた。

「すごいみんな寄ってくるやん。私磁石?」
「ごうござんぁ……
「わかった、わかったさかい。私検量室行かなあかんて、ほら渚ちゃん笑ってやぁ」
「本当におめでとうございます……! 私……私、わだじほんどにごのじごどじででよがだぁぁあぁああ~~!!」
「おーし渚~、ロジェ、行くぞ~」

渚の手から手綱を奪った国美が渚の首根っこ掴んで引きずっていく。后子は苦笑いでそれを見送って検量室に入っていった。僕はそこで止まって新しく手綱をつけられ、馬服と優勝レイを引っかけられる。ちょっと痒い。僕がもぞもぞと動けば国美が「かゆいな、ちょっと待てよ~」と声をかけた。国美は渚と違って一周回って落ち着いているらしい。
僕は国美と渚に引っ張られ、ウィナーズサークルに繋がる道を歩き日の差す場所へ出た。

外にはゼッケンを持った后子と、僕の故郷で小さい頃から見知った顔の神代がいる。僕は二人の間に割り込むようにして立ち、一度頭を軽く振って目にかかる鬣をどけた。
そっと僕の首筋を撫でる后子の手つきはどこまでも優しい。僕は顔を后子に向けて、そっと鼻先で触れた。柔らかいヒトの肌の感触が伝わってくる。
数度つつくように鼻で触れれば、后子は優しく僕の下顎に触れ、そのまま少し引き寄せて自分の顔を寄せる。僕は目を瞑って后子に擦り寄る。

シャッター音と、観客の騒めきが耳に届く。
僕の血液に新たな栄光が刻まれる。父の血脈に新たな勲章が贈られる。けれどそれよりも、今ここでこうして彼女に触れられている事のほうが、何倍もの価値を持つものだと僕は確信していた。