【創作|馬軸】春雷 芽吹- 春の嵐

※支部からの移植版です。文面そのままです。第一話~第三話までのクラシック編。

Attention
・この作品は競走馬とそのジョッキーを中心に描いていますが、実在する団体とは何の関係もない創作作品です。
・実際の競馬に関してわからない部分は調べていますが、事実と異なる点やありえない点もあるかと思います。そこについては創作だと割り切ってお楽しみいただければ幸いです。
・実在する競走馬をモデルにした競走馬が登場します。名前がもじってある場合があります。




「惜しかったな、迅一」


瀬川迅一に声を掛けた往年の調教師は、滲む悔しさを包み隠すことなくそう言った。馬鞍を外したフジサワコネクトを撫でる手は無骨だが優しい。フジサワコネクトも目を瞑って嬉しそうにしている。
惜しい、か____嘗て自分が白綾后子に対して思っていた言葉を、そのままそっくり言われる日が来るとは思わなかった。瀬川はヘルメットを外し、汗に濡れた頭をひっかきまわして言葉を返した。

「惜しいだなんて。嫌味ですか? ……あんな、誰がどう見ても圧勝だったのに」
「ハッ。普段白綾に知らねぇ間に嫌味ぶつけまくってるお前が言うかよ。……まぁだが、圧勝以外に言葉が出ねえのも事実よ」
「? ……俺は白綾に嫌味を言ったことなんてないですよ?」
「質ワリィな本当お前……

調教師はそう言ってため息を一気に吐き出す。握り拳を作る手があまりにも力を籠めるので、瀬川の指先は白くなっていた。

……驚かされました。ロジェールマーニュ……想像以上に凄い馬です。あんな大逃げ、しかも終盤でさらに加速する。それどころかあの馬、ゴールしてもまだ余力残してましたよ」
「あぁ。騎手が変わるだけでここまで変わる馬ってのも珍しいもんだが……何より化けたのは白綾のほうだな。もう別人だ、ありゃあ」

この調教師はあまり人を褒めないことに定評のある男だった。だが瀬川はその評価を当然のものだと受け入れる。
確かに白綾は化けた。勝てないというジンクスを己の意志で打ち壊し、ロジェールマーニュに溶け込むような騎乗をして、人馬一体、勝利への道を突っ走る。前には誰もおらず、後続はどの馬も、どんなに走っても追いつけなかった。追いつこうと走ればさらに引き離され、遥かな背中を眺めているしかできない。その加速を止められない。

騎手の輪郭が消え去る騎乗。馬がひたすらに、楽しく走っているように見えた。
ずっと近くで見てきたのだ__白綾后子という騎手が、如何様な手綱さばきをするのかを。競馬学校時代から、ずっと。だからこそ悔しい。この勝利が白綾后子に捧げられたことが当然だと受け入れている自分も腹立たしかった。

「そうですね。……片鱗はあったと思います。でも白綾を怖いと思ったのは初めてですよ。……ダービーは必ず、ロジェールマーニュに追いついて、超えます」
「おう。気張りやがれ」

調教師はそう言って瀬川の背中を叩く。伝わる痛みも、掌の熱さも、心を燃やす闘志も。総てを持って、次はダービーへ挑む。


(待ってろ。白綾、ロジェールマーニュ。
……俺はフジサワコネクトと一緒に、お前らを超えて……優駿たちの頂点へ至る)