【創作|馬軸】春雷 芽吹- 春の嵐

※支部からの移植版です。文面そのままです。第一話~第三話までのクラシック編。

Attention
・この作品は競走馬とそのジョッキーを中心に描いていますが、実在する団体とは何の関係もない創作作品です。
・実際の競馬に関してわからない部分は調べていますが、事実と異なる点やありえない点もあるかと思います。そこについては創作だと割り切ってお楽しみいただければ幸いです。
・実在する競走馬をモデルにした競走馬が登場します。名前がもじってある場合があります。



現在


中山競馬場の地下馬道をロジェに跨って歩く。今日は国美さんも渚ちゃんもスーツ姿で普段とは違う印象を与えられた。特に渚ちゃんの表情が硬い。
そう、厩舎の人間は総じて若い故に空気に飲まれている。私含め。国美さんなんかロジェがGⅠに初めて出す馬やし、渚ちゃんも厩舎に雇われて初めて管理を担う馬がロジェである。それは緊張しかせんのよ、と脳内でお笑い芸人が言った。

二人引きでゆったりと、微塵も緊張を感じさせない風に歩くロジェだが、流石にGⅠレースともなれば多少は気が散ってしまうようで忙しなく耳が動いている。ぴこぴこと動く耳はかわいらしくもあるがそれだけ気になるものが多い事やストレスがかかっている事も伝わってきて、私は一度息を吐き出して飲み込む。
枠番は二番。内枠が与えられた。現在十番人気だそうだが、逆にそれは追い風になる。いつも通り、私が……白綾后子が乗るから勝てないだろう、という諦め。だが実力があるからこの皐月賞という舞台に立っている。ゼッケン番号は四番なので登場はもう少し後だが、このタイミングで雨が上がって太陽が照り始めたという。

「こ、后子さん!」
「ん? どないしたん?」

意を決したように渚ちゃんが馬鞍の上にいる私に話しかけた。緊張しかしてないと顔に書いてある。私は軽くヘルメットのベルトの位置を正しながら渚ちゃんの言葉を待った。


「あの……その。ロジェも。た、楽しんでき、きてくだしゃい!!」
……うん。おおきに、渚ちゃん」


歓声が聞こえる。GⅠ独特の熱気が身体を包み、眩しい光に瞳孔が驚いて激しく収縮する。先ほどまで大荒れだったはずの天気は好転していた。雲の隙間から太陽が差し込み、なんとも言えない神々しさを放っている。
馬道の出口から坂を登って行けば、まだ雨が上がったばかりの中山競馬場の芝が目に入った。国美さんと渚ちゃんが頭絡に付けられていた二人引き用の手綱を外す。私が軽く合図を出せば、ロジェは濡れて露がまだ多く残る、泥濘んだ芝へ掛け出していった。
歓声も罵声も、今はどうだって良い。自分でも驚くほどに心が落ち着いているのがよくわかる。私は軽くロジェを歩かせて枠入りのためにゲートまで、元きた道を通って向かった。



……始まる……始まって、しまう)


今まで落ち着いていたのが嘘のように緊張の凄まじい波が襲ってくる。
会場には皐月賞のファンファーレが鳴り響き、観客席の熱気も人馬たちの気合いも最高潮に達している。それらが遠く感じられるほど私の心音は煩かった。
次々に枠入りする馬たち。視界の端で見えた瀬川とフジサワコネクトはさすがと言うべきか驚くほど落ち着いていた。手が……小刻みに震えている。私の肉体ではないようにぎこちない動きで手綱を握り直してみたが、冷や汗が流れ落ちてさらに焦る。


(落ち着け。落ち着くんや……私の乗っとる馬はロジェールマーニュやぞ……!? この脚の速い子ぉが、負ける筈がないやん……!!)


…………しゅ。……騎手。白綾騎手!!」
「っ!? は、はい!?」
「大丈夫ですか? ……真っ青ですよ」
「え…………

枠入りを待っている外枠の鹿毛の馬はちらりとこちらを見て、係員に誘導されゲートへ入っていく。じっと待っていたロジェはその場を動かず、私が落ち着くのを待ってくれていたらしかった。
……馬に気を遣われとる。信じられん。騎手として恥や。
息を吐き出して首を回し、もう一度手綱を握り直す。

「すみません。大丈夫です、お願いします」
……お気をつけて」

係員がロジェを二枠へ導いて、ゲートは閉められた。
ただ、見つめるのは先頭の景色だけ。他の事は気にせず私はロジェールマーニュの方向指示器に徹する。


集中しろ。己を研げ。
そう叱咤した瞬間、ゲートが勢いよく開いた。