【創作|馬軸】春雷 芽吹- 春の嵐

※支部からの移植版です。文面そのままです。第一話~第三話までのクラシック編。

Attention
・この作品は競走馬とそのジョッキーを中心に描いていますが、実在する団体とは何の関係もない創作作品です。
・実際の競馬に関してわからない部分は調べていますが、事実と異なる点やありえない点もあるかと思います。そこについては創作だと割り切ってお楽しみいただければ幸いです。
・実在する競走馬をモデルにした競走馬が登場します。名前がもじってある場合があります。



スタート直後から馬群を突き放し先頭を駆け抜けるロジェールマーニュに、競馬場が愴然としているのがわかる。誰も彼も、無論背にいる私でさえこの状況には驚いているし、なによりもそんなに飛ばして大丈夫なのかと不安に思う者も多いはずだ。
だがロジェであるならば、そんな事は関係ない。彼に限った話かもしれないが、逃げに極振りした脚質を先行策で序盤は抑え目に走らせるのが間違いなのであって、ロジェにとってこの選択は間違っていないし私もそう確信している。

コーナーは出来るだけ内を回る。大雨の影響で泥濘んでいる所は避けるのが普通だが、ロジェはまるで良馬場の芝を蹴るように突き進むことを選んだ。私はひたすら方向指示器に徹する。

無駄な動きは極力減らし、ひたすらに前へ。前へ進む。風のように速く。音よりも軽く。

____前へ。誰もいない、その先へ!

第三コーナーを通過して第四コーナーへ向かう。芝二〇〇〇メートルの皐月賞も佳境を越えラストスパートとなる。地を蹴る馬たちの音が近づいてくる。だがそれがどうした。
逃げ切る。逃げ切って勝つ。それ一択のみ。
ジリジリ差を詰めてくる後続の馬群。背後の圧に一瞬怯みそうになったが、私は右手に鞭を持ち考える。仕掛けどころはまだ。まだあと少し粘る。まだ。まだ。まだ待つ。ギリギリまで、粘る。


『____来た!! 来た、来た来た来た来た!! フジサワコネクトやはり仕掛けてきた!! 最後方から馬群を一気にごぼう抜き!! ハナを進むロジェールマーニュに迫る!!』


(今____ここ!!)


誰もいない先頭を睨みつけて私はロジェールマーニュに鞭を入れた。中盤のトップスピードを遥かに超える加速力で前へ駆ける。背後からフジサワコネクトが迫っている事などとうに知っている。敢えて粘った。コーナーが終わるギリギリまで。直線加速が強いロジェの脚を溜めるために。

____この直線で一気に後続の馬を離すために!

私は前だけを見据える。ひたすら前へ駆けるロジェは先ほどよりもさらに加速し後続と差を開いていく。足音は遠く、勝利まであと二〇〇メートル。差させない。絶対に差させない。
離せ。背後をもっと突き離せ。他の追随を許すな。絶対はある。私たちが勝つ。
フジサワコネクトは粘るだろう。そういう馬だ、だがそれが何だ。
圧倒的なスピード、スタミナ、パワー。それらの前では無意味。
ロジェは私の指示通りさらに加速する。ひたすら貪欲に速度だけを追い求めて、スピードのその先へ突き進む。

誰もこの馬の前を走る事など、罷り通るものか。


「____皐月賞は……
ロジェールマーニュが……勝つ!!」





そしてロジェがスピードを落とし始めて、漸く私は自分たちが皐月賞一着を獲ったのだと悟った。

どくどくと、興奮冷めやらぬ私の心音が酷く大きく聞こえた。
勝った、と自覚が持てない。
ターフビジョンに『確定』の文字と、着順が表示される。一着には馬番「四」、そしてタイムが表示される。
レコードの赤い文字が点灯しているのが更に現実感の無さを増幅させていく。二着には「一五」__フジサワコネクト。そして着差は「四 一/二」の文字が踊る。

四馬身と二分の一。近年稀に見る大逃げと、大差での決着。
私と同じ顔をした別人の騎手が乗っているのではと思うほどの圧勝だった。
「負け確騎手」の私が、勝った。
しかも……皐月賞を。現実感の無さにふわふわしているのがわかる。


「白綾」

背後から声をかけてきた瀬川は、別人かと驚くほどに険しい表情を浮かべていた。私はサングラスをヘルメットに引っ掛けて振り返る。
 
「瀬川」
「ダービーは俺とフジサワコネクトが勝つ。首洗って待ってろ」
 
そうだ。まだ終わっていない。私とロジェールマーニュは始まったばかりなのだ。一つの勝ちに気を取られ、忘れそうになっていた。私は一度自分の頬を引っ叩いて瀬川に向き合う。
クラシック三冠を目指すなら、否応なく立ち塞がる相手。瀬川迅一とフジサワコネクト。この人馬を甘く見る気にはなれない。
きっとさらに己の武器を研いでくる。さらに強く、速くなって。だが、それでも。


……誰も、ロジェールマーニュの前は走らせん」

「望むところだ。俺たちも、もっと強くなる」


それだけ言い残して、瀬川はフジサワコネクトを歩かせ地下馬道へ導いていった。ターフの上にはロジェールマーニュと背にいる私だけが残される。疲れたやろ、とロジェを撫でればゆるゆると首を動かす。私らも馬道へ__と思った。

あれ。なんか……なんか、忘れとる気がするんやけど。なんかあったやん。ほら。待って待ってロジェ。帰ろうとせんで。まだ何かあんねん。ほらあの一着になった競走馬だけがやるやつ。あぁ思い出したウイニングラン。いやそれはええねんけど。

ええ……ねんけど。


…………いや……ウイニングランってどうやってすんねん!?」


私の絶叫が中山競馬場に響く。なお、この様子はガッツリ全国にリアルタイムで放送されていた上にニュースでも使われたらしい。それを見た観客は、案の定大爆笑していた。