【創作|馬軸】春雷 芽吹- 春の嵐

※支部からの移植版です。文面そのままです。第一話~第三話までのクラシック編。

Attention
・この作品は競走馬とそのジョッキーを中心に描いていますが、実在する団体とは何の関係もない創作作品です。
・実際の競馬に関してわからない部分は調べていますが、事実と異なる点やありえない点もあるかと思います。そこについては創作だと割り切ってお楽しみいただければ幸いです。
・実在する競走馬をモデルにした競走馬が登場します。名前がもじってある場合があります。




函館スプリントステークスが終わった後、白綾后子は一足先に栗東トレセンへ帰ったが瀬川迅一は北海道競馬で馬に乗るため居残っていた。
瀬川迅一は白綾后子とは対照的に「瀬川が乗ればどんな馬でも勝つ」そんな風に触れ回れていた。
若いながらも風格があり、運と能力を持ち合わせる騎手だと言われ、ただ勝利を望まれた。その期待に応えるべく当然に整え、従前に勝ってきた。

だが瀬川の中では常に白綾后子に負けていた。

コンビニで目についた競馬新聞には后子の名前が躍っている。当然だ。六月の安田記念にて、香港で十六連勝していた怪物__ゴールデンタイムラバーを下し、名牝アプローズと共になで斬りにしたのだから。今まで負け確演出だの運がないだの、散々馬鹿にしたことを忘れ去ったように、メディアは彼女の栄光を讃える。
その中でも特にやはりクラシック第一冠制覇、というのが競馬界の目を引き付けている。

皐月賞馬__ロジェールマーニュ。

雄大な馬である。他のサラブレッドに比べても、細身なのに大きく感じられる。青毛の艶のある馬体を輝かせ、ターフの上で一直線にゴールを目指す姿は誰もが目を奪われる。
〝大逃げ〟__嘗ての優駿を想起させる、そんな心震わすスピード。影すら踏ませない圧倒的なスピードで優雅に勝ってしまう。まるでそれが芝の上での紳士のマナーであるとでも言うように、勝利を鼻にかけることもなく。
ただただ、鞍上のために勝利を望む馬。それがロジェールマーニュという競走馬だった。

皐月賞と日本ダービーを経て世間の評判は完全にひっくり返った。ロジェールマーニュこそが世代最強だと誰もがそう思っているらしかった。
牝馬ながらフジサワコネクトがダービーを獲ったのに、だ。
函館でもそういう声をよく聞いた。瀬川は拳を人知れず握り唇をきつく噛む。今までに感じたことのない熱さが胸の奥でくすぶっているのが、これでもかと言うほどに夏の暑さを伴って押し寄せる。

女性騎手初の皐月賞と安田記念制覇。ダービー二着も女性騎手の中では最高着順だ。
しかも皐月賞を勝ったロジェールマーニュはあの伝説的存在であるシャルルの血統で、父馬に無敗の三冠馬シャルルマーニュを持つ。そんな少年漫画の主人公かと思うような快進撃は競馬ファンのみならず世間をも虜にした。

何よりも全敗の騎手だったはずの白綾后子が逆転快進撃をしている、という事実がその漫画っぽさに拍車をかけているのだが、瀬川は勝つべくして勝ったものだと納得していた。
悔しさはある。勝ちたいという思いも。フジサワコネクトを世代最強にしたいという思いも。

だが心のどこかで、白綾后子には一生かけても勝てないという思いもあった。瀬川はそれを必死に否定する。大丈夫だ__菊花賞も、フジサワコネクトが勝つ。たとえロジェールマーニュが現役最強のステイヤーであったとしても、そこに食らいついていくだけの能力を持ち合わせる最強の牝馬が『鉄骨娘』フジサワコネクトなのだから。必死にそう言い聞かせて決意を心に刻む。

菊花賞で勝って、世代最強はフジサワコネクトなのだと__証明してやる。
そんな思いは心の奥底で音もなく燃え始める。
瀬川は靴紐を結びなおして水を飲み、再び走り込みに向かった。