【創作|馬軸】春雷 芽吹- 春の嵐

※支部からの移植版です。文面そのままです。第一話~第三話までのクラシック編。

Attention
・この作品は競走馬とそのジョッキーを中心に描いていますが、実在する団体とは何の関係もない創作作品です。
・実際の競馬に関してわからない部分は調べていますが、事実と異なる点やありえない点もあるかと思います。そこについては創作だと割り切ってお楽しみいただければ幸いです。
・実在する競走馬をモデルにした競走馬が登場します。名前がもじってある場合があります。




いや何? 本当。罰ゲームやん。前走ってたフジサワコネクトが突然落鉄、その蹄鉄の破片が蹴り上げた芝の塊と一緒になって剛速球で顔面に激突、額に一回刺さった蹄鉄の破片が抜け落ちて右頬バッサリ切っていくって。
なんなん。めちゃくちゃ痛いんやけど。しかも蹄鉄の破片、ほっぺたに刺さったままやし。抜いたらこれ絶対血ィぶしゃーってめっちゃ出る。ちょっと触るだけでめちゃくちゃ痛いんやけど。今時こんなんないでほんま。
フジサワコネクトの落鉄を予期せえっちゅうのが無理な話なのはわかる。せやけどピンポイントでこんな顔に、顔にぶっ刺さるとか、ある? ないやろ普通。どないなってんねん。

「こ……后子さん……誰ですか!? 后子さんの顔に!! 后子さんの顔に蹄鉄ぶっ刺したやつは!! 誰ですか!!!? 私が潰してきます」
「渚ちゃん落ち着いて。見た目ほど酷ないから。大丈夫やから」
「瀬川さんですね? 瀬川迅一のせいですね?」
「渚ちゃん瀬川に怨みでもあるん? ブチギレやんほんまに」
「白綾騎手すぐに救護所までお願いしまーす」
「はーい、今行きますー」
「后子さんの御尊顔に蹄鉄の破片ぶっ刺しやがって……おのれ瀬川迅一ィ……
「落ち着け渚。これは事故だ」

国美さんに馬装を私は手渡し、競馬場の職員の案内に従って救護所へ向かう。怒りのオーラを轟々と燃やす渚ちゃんは静かに瀬川を睨んでいたが、国美さんが首根っこ掴んでロジェと一緒に連れて行ったので多分大丈夫やと思う。
問題はロジェの方だ。私が見る限り多分破片が馬体に刺さったとか、切り傷ができたとかいうのもないと思うが、私の視界は半分血に塗れて当てにならない。国美さんと渚ちゃんがついてるし、何か異常があればすぐにわかるやろけど心配やな、と思いながら、私は指示された通りストレッチャーに身を倒した。

「このまま搬送します。……うん、馬に乗っても大丈夫ですが、見る限り金属片が顔にかなり深く刺さっているので……もしかすると傷が残るかもしれません」

常駐している救急隊がそう言った。私は疲労困憊だったので適当でぼんやりした返事をしてそのまま瞼を閉じる。すぐに意識が真っ逆様に暗闇へ叩き落とされ、そこから先は全く何も覚えていない。目が覚めたらまず視界に飛び込んできたのは病院の天井だった。

私の顔にはガーゼと、額には包帯が巻き付けられている。どうやら額も盛大に切っていたらしい。
入院自体は必要ないものの暫く処方された大きな絆創膏を顔に貼る必要があるらしかったが、特に他の異常は見られなかった。私は恐らく誰か、騎手が持ってきてくれたのだろう荷物を引っ張り出してジャージに着替え、ベッドサイドの小さなキャビネットに置かれていたスマホを確認した。


「うお……凄いメッセージ来てるやん」

私はとりあえず国美さんからのメッセージを確認する。そこには『瀬川騎手に罰金命令出た。着順変更は無し』とあった。
一着__フジサワコネクト。二着__ロジェールマーニュ。着差はクビ差。また三、四、五着もハナ差決着となった。全ての馬の意地がぶつかり合った超ハイレベルな日本ダービー。タイム差がほぼ無い決着で、タイムはレコードに迫る。
それでも負けは負けだ。私はロジェールマーニュという名馬の手綱を握りながら、負けた。私の技量不足だ。勝てたレースだった。たとえフジサワコネクトが落鉄しようが、勝てた可能性はごろごろ転がっていた。それなのに私は好位追走という戦法をとった。本来のロジェの良さを封印して、追い込ませて、結果的に掛かって逃げていたはずのフジサワコネクトに競り負けた。

私が負けを呼び込んだ。

自由に、無駄のないリズムで走って優雅に勝利を手中に収める馬を不自由にして。私がロジェの足を引っ張った。私がロジェのリズムを崩した。
馬が誇れる騎手になりたいと願いながら、私はロジェールマーニュという馬の誇りを地へ叩き落とした。

私がロジェを負かした。

フジサワコネクトの落鉄があったからやない。私が、ロジェから栄光を奪った。
私が、ロジェールマーニュを栄光から遠ざけた。
ダービーを勝つには守りに入っては駄目だった。好位追走なんかするもんやない。わかってたはずやのに。
ロジェは大駆け走法の馬。逃げて、駆けて、突き放して。
音よりも軽く、風よりも速く駆け抜ける漆黒の馬。それがロジェールマーニュという競走馬だった。


「__ッ……クソ!!」

ギリ、と奥歯が削れるような音がした。細身のズボンを握りしめ、太腿に指を立てる。力を込めすぎるせいで指先が白くなった。
もっと強くなりたい。もっと巧くなりたい。
そうして、そうやって、私は__必ず、馬が誇れる騎手になる。