【創作|馬軸】春雷 芽吹- 春の嵐

※支部からの移植版です。文面そのままです。第一話~第三話までのクラシック編。

Attention
・この作品は競走馬とそのジョッキーを中心に描いていますが、実在する団体とは何の関係もない創作作品です。
・実際の競馬に関してわからない部分は調べていますが、事実と異なる点やありえない点もあるかと思います。そこについては創作だと割り切ってお楽しみいただければ幸いです。
・実在する競走馬をモデルにした競走馬が登場します。名前がもじってある場合があります。




日本ダービーの疲れを癒すべくフジサワコネクトは、栗東市近郊にあるノースファームしがに放牧されていた。
ロジェールマーニュに一着を奪われフジサワコネクトといえば「無敗の最強牝馬」だとか「鉄骨娘」なんて言われていたのに、今ではロジェールマーニュの事ばかり気にしている現状に苛立っていた。

わたしの走りより、世間はあの牡馬ばかり気にする。
紅一点で頑張っているのに、とフジサワコネクトは頭の隅で思った。
かわいくないじゃん、ロジェールマーニュ。鞍上の騎手の事しか見てないし、レースに勝つことよりもあの騎手の事のほうが大事なくせに、わたしの前を走る。勝ちたいから走ってんじゃなくて、〝走りたいように走っている〟のに勝つからなお腹が立つ。

いけ好かない。つまらない。迅一も最近はわたしよりロジェールマーニュの事を気にする。新馬戦の時から一緒に戦ってきたのに。オーナーも、「牝馬三冠路線よりもクラシック三冠路線に行ったほうがこの子の持ち味が生かせる」とか言ったのに。
__勝てなかった。皐月賞を取り逃がした。

追い込んでも……追い込んでも、最後の直線でさらに引き離される。訳が分からなかった。どこにそんな余力を残しているのかも、なんでそんな頭おかしいスピードで走れるのかもわからない。
わたしは常に勝ってきた。終盤から一気に追い込んで前へ出て進み勝つ。それがわたしの正しい勝ち方だと迅一もオーナーも、調教師も言った。なのに追いつけない。ロジェールマーニュに、追いつけない。
フジサワコネクトはぐるぐると歩き回りながら考えを巡らせた。


……どうして勝てないの。あいつは勝ちたいなんて思ってない。レースで勝つよりあの騎手のほうが大事なくせに。本当は勝つことなんかどうだっていいくせに……なんでわたしの前を走るの……?)

馬房をうろつきながら草を食む。フジサワコネクトは地面を踏みながらままならない思いを腹の中で消化しようとした。
ロジェールマーニュ。青毛の牡馬。究極のスピードで走り抜けて当然のように勝ってしまう。
取るに足らない相手だと思っていた。今まで二着三着続きで勝ちきれないから、どうせ皐月賞も勝ちきれないだろうと思っていた。

それなのに。それなのに、騎手が変わって__あいつも変わった。抑えるのを辞めた。ブレーキを捨てた。ずっとトップスピードで走ることを選び、汗一つかかず余力さえ残して勝つ。芝の上の流儀だとでも言うみたいに。
紳士だなんてのたまわれるのはそのせい。勝ち方が優雅だ、ということらしい。苛立ちを隠さずフジサワコネクトは馬房の壁を睨んだ。

……腹立ってきたな……__つか紳士名乗るなら皐月賞でまずレディファーストしろや!!)
「さて……ってフジサワコネクトどうした!? なんでそんな暴れてんだ!?」
(ぁああ~~~~ムカつく!! 菊花賞でブチブチにしてやるわぁああ~~~~!!)
「落ち着け!? どうどう!! だ、だれか来てくれ!! フジサワコネクトが暴れてる!!」
(クソが!! あの似非紳士!! ムカつく~~~~!! ねじ伏せて勝つ!!)



十月初頭に行われた土砂降りの雨の中のGⅠスプリンターズステークスを、白馬スノーホワイトとともに快勝した白綾后子の評判は高まる一方だった。菊花賞というこの大舞台でも后子の人気は高いようで、ロジェールマーニュ同様に鞍上にいる彼女にも熱視線が注がれている。
当然、もともとステイヤーとしての適性を示すロジェールマーニュの人気は一番。二番人気にフジサワコネクトが入るというのはダービーと同じである。
瀬川はあの最後方からの驚異的な追い上げと最終直線でさらに突き放すパワーを思い出す。苦い味が口腔内にじわりと広がり、控室の椅子に腰を下ろす瀬川は心を落ち着けようと瞳を閉じた。
嘗ては「全敗の騎手」だとか「最も不運な騎手」だとか呼ばれていたというのに、世間はその記憶を既に忘れ去っているようにさえ思う。

__無責任だと思う。「勝てない」ということを免罪符に、后子を中央競馬から追い出そうとした者たちへ静かな怒りが瀬川の中でゆらりと湧いた。

記者たちはどこまで負け続けるか気にした。
世間は鞍上が后子ならば石を投げた。だが今はどうだ?
真逆の一言に尽きる。

ロジェールマーニュと白綾后子。スノーホワイトと白綾后子__そのコンビには明確な絆があるだとか、唯一無二の人馬だとか、そんな記事が書かれる。無論直接目にしたこともあれば、フジサワコネクトの馬主からの又聞きでもあった。

だが、瀬川は思う。最初から白綾は負けてなどいないと。
そして瀬川迅一という騎手が、唯一「こいつには勝てない」と実感する相手なのだと__そう、思うのだ。