幸せの森のお話集

10年以上前に一年間ほど書き続けた、ハッピーツリーフレンズの二次創作集


 
 
さらあらいをするあらいぐまの話
 
 よく立つ泡が鬱陶しい。傍らのリフティが飛ばしてくる飛沫が腹立たしい。水の中途半端な冷たさが逆にムカつく。
これらを少しでも口に出して毒吐こうものなら、背後のランピーから玉葱の皮が飛んでくる。
シフティの苛立ちは頂点に達しつつあるが、ここで無様に喚き散らすのは彼の美学に反した。
リフティがやはりうんざりした声で呟いた。
「オレらもうちょいで死にそうな感じなのに、なんでこんなバカみてぇな量の皿洗ってんの?」
リフティが死にそうと言うのももっともで、リフティの右足はお粗末な義足にすげかわっているし、シフティだって顔の左半分が包帯の保護下だ(左目が健在かどうかはご想像にお任せする)。
なにが楽しくて満身創痍でレストランの皿洗いなんぞせねばならないのか。
「めでたくギリで死ななかったからだろ」
思い返すにつけてシフティの苛立ちは倍増しした。

悪事が失敗した場合には死んだ方が得だ。
生前のことは加害者も被害者も不問に付すのがこのタウンの第一のルールかつ最低限のモラルで、つまり死んでいたなら今回の食い逃げもチャラになっていたはずなのだ。
入ったレストランのウェイターがフリッピーだった時点でコトが始まれば即死コースと踏んで冥途の土産とばかりに腹に詰め込んだと言うのに、店のコックがランピーだったことが不運だった。
フラグの連鎖の中、頼みの覚醒人格登場前にフリッピーはランピーによって生者の世界から脱落した。つまり死神の今回のメインディッシュはフリッピーであり、添え物のパセリであるところのシフティとリフティはギリギリで死に損ねたのである。勘弁してくれ。
血の海の中で茫然する二人に、血に染まったコックコートを着たランピーは微塵の心配も寄越さずに告げた。
「そんじゃあ君たち、食い逃げ分は掃除と皿洗いで払ってね」
洗うの得意でしょ、アライグマなんだから。

そうして現状に至る訳である。
飛び散った血と臓物を片付けた後に厨房でミートソースを作れるその宇宙開発局製ワイヤー並の神経こそがランピーがランピーたる由縁だろう。
「アイツ、本当に草食動物かよ」
リフティが言い終わるや否やのタイミングでジャガイモの皮が飛来した。シフティの頭に。
「ランピー、てめぇ!」
皮を床に投げ捨てて怒鳴ると、
「あっれー?言ったのはシフティじゃなくてリフティかぁ」
まあいいじゃん、双子なんだから一蓮托生ってことで、と悪びれもしない。
隣で声を殺して笑う言った当人、難を逃れた弟の不慣れで不安定な義足を素早く払えば、面白いぐらいの勢いでつんのめって流し台に頭をぶつけた。打ち所が悪かったのだろう。そのまま床に伏して悶絶している。ざまぁみやがれ、とシフティは内心で呟いてから自分もしゃがみ込む。
「大丈夫か、リフティ」
「だ……大丈夫かって、シフ、お前なぁ!」
涙目で詰め寄ってくる相棒の肩を抱え込み、耳元で小さく素早く黙れと囁く。
「そろそろ逃げるか?」
……まだ逃げないのかってイライラしてた」
「オレは目がダメでお前は片足がダメ。っつー訳で今回はあそこのワゴン強奪してついでにバイト代で食い物も頂戴するってことで」
「だな」
逃亡計画がまとまって、二人支え合うように立ち上がる。片目と片足ではどうにも体の安定が悪くて覚束ない。
シフティが実行のタイミングをはかろうと無事な右目でこっそり様子を窺って愕然とした。目的のワゴンにランピーが座っていた。あの身長だけはやたらと高い男を叩き落さねばワゴンは手に入らない。が、そんな体力というか身体能力が残っていれば、そもそも自力で走って逃げている。半ば縋るような気持ちでもってさっさとどかないかと視線で念を送っていると、目が合ってしまった。ランピーがにやりと笑う。
「な、なんだよ」
まさかもうバレたのかと若干怯んだが、どうも違う。
いやね、とやたらしみじみとした風に、
「昔はさ、俺が何か始めたら二人ともすぐに『手伝うー』『お駄賃よこせー』とか言ってお手伝いしてくれたなぁ、と思ってさ」
あの頃は君たちも本当に可愛かったなぁ。とかほざいた。
「うざ!なんかその顔超うざ!!」
「つか、どんだけ昔の話だよ!?」
おっさんのノスタルジーに付き合ってられるかよ、と口々に喚けば、ランピーは再度にやりと笑った。
「で、すぐに飽きて逃げるんだよね。そろそろ逃亡の時間?」
バレてやがる。シフティは出かけた舌打ちをすんでで堪える。
「しねぇよ、んなこと」
「足ないし目もないし、これで逃げられる訳ないじゃん」
動揺を隠して否定して見せるが、ランピーは相変わらず根性の悪い笑みを引っ込めない。
「そーねー。じゃあそう言うことで大人しく洗い物頑張ってくださいな、可愛いアライグマくん達よ!」
このろくでなしは一回殺しておくべきだろうかとも思うが、如何せん体の自由が利かない。
リフティの方を窺い見れば、こちらも相当に凶悪な目でシフティを見ていた。
双子の以心伝心再びで、無言で頷き合って同時に利き手を大きく振りかぶる。
たっぷりの水と泡と油汚れを吸いこんだスポンジがランピーの顔面目掛けて飛んで行った。