河童の皿箱
2025-04-02 09:27:13
53202文字
Public 遊戯王:長め
 

その男は、能楽師であった。

あるグループがグループになる前、昔の話。
※捏造の濃度が高い。



 しゃりん、しゃりん。鈴の音が響き渡る。放棄地に伸びている草花がゆらゆらゆられて、駅から続く道を白無垢の花嫁が歩む。先導するは、古き音を奏でる斎主。
 ゆっくり、ゆっくりと歩み続けて。辿り着くのは、家。待っていた花婿が、能楽師が、袴や羽織で質素に着飾り、花嫁を、人形師を迎えた。
 手を取り、共に家へと帰る。居間に置かれた神棚の前に、斎主は、雅楽師は座る。相対して、花婿と花嫁が座る。取った手に入った力を、感情の波を感じ取り、花婿が慮れば、白に包まれた花嫁はただ、優しく微笑んだ。
 間を置き、斎主は奏で、祓い言葉を口ずさむ。太古の神へと呼びかけ、穢れを払い清め。次に斎主は、花婿と花嫁が結ばれることそのものを祝い、花婿と花嫁は静かに、唄に言葉に、耳を傾けた。
 虫の声と、風の音と、奏でられた祝詞と。大きな盃へ斎主が注いだ神酒を、新郎がひとつ口をつける。花嫁に渡し、またひとつ、口をつけ。
 飲み干し、花婿は誓う。花嫁は誓う。八百万の神々へと、血を繋いだ先祖へと。もう一度神酒を注ぎ、それぞれが飲み干す。
 酒にくらりと酔いを覚えるも、斎主はしゃんと背を伸ばす。再度、古き神々へと感謝を唱え、新郎新婦もまた追って唱えた。



 式を終え、雅楽師が後片付けを進んでこなしては、月夜は雨雲に覆われて静まり返る。しっとりと降りしきる雨が、戸をハタハタと叩く。3人の間には、妙な緊張感が張りつめていた。
 式に降りた神性に呑まれている、わけではない。ひとりひとりの緊張が伝播している……といっても過言ではない。未来に関わる重要な事を、3人は決めていた。故に略式といえど婚礼の儀を執り行い、八百万の神の前で誓ったのだ。
 その約束は、いつの世においてもめでたいものだ。けれど、どれだけ医学が発達したとて、決して楽に達せるものではない。場合によっては、癒えぬ傷にもなりかねない。まして、後戻りすらも。最も苦しむことになるのは紛れもなく、人形師だ。本当に良いのか、と能楽師と雅楽師は何度も訊ねた。それでもと、人形師は願った。それは未来のため、などという大義名分ではない。ならば男にできることは、腹を決める以外にあるまい。

 夫の腕の中で、白を纏う妻は目を閉じる。息と鼓動に耳を澄ませ、どうか、染めて、と。



 その夜、人形師の腹には、小さな命が授けられた。
 小さな小さな、新たなる命は、母の腹の中ですくすくと育つ。
 もっと大きくなれば、人形師は動くこともままならなくなる。だからこそ、今できることから進めていかなければ。能楽師の提案と共に、雅楽師もまた、力を貸す。
 けれど子を授かり、ひと月ほどたった頃、予想だにしていなかった報せが届いた。

 双子だ、と。