河童の皿箱
2025-04-02 09:27:13
53202文字
Public 遊戯王:長め
 

その男は、能楽師であった。

あるグループがグループになる前、昔の話。
※捏造の濃度が高い。



 熱い熱い夏がやってくる。壁や道に照る太陽、それより立ち上るはゆらめく陽炎。今日もどこかで誰かが倒れて搬送されたニュースが、行く先々で放送されている。
 3人は猛暑を避けるため、予定通り公演を見合わせることとした。その時間を使い、とうとう浄瑠璃の演目づくりに取り掛かったのだ。能楽師と人形師は互いに動きを確認しながら、謡本を参考にしつつ、2人で演じるための間を検討する。台詞回しは能楽師の担当だ。それらを基に、雅楽師は琵琶の独奏曲を書き始める。
 人形師に修理法を教わって以降、男達は手元に高性能のガジェットを揃えるようになった。能楽師はまず、普段懐に忍ばせている端末を新調した。元々使用していたPCよりもさらに性能の良い小型端末を基に、内部のパーツをカスタマイズ、チューニングを経て完成した新端末は、サングラス型のモニターに様々な情報を映し出してくれる。PCとしての機能も十分に持ち合わせており、新調したペンタブレットやモデリングソフト等々を、今までと比べ物にならないほど快適に動かしていた。
 雅楽師も同様に、元々自前の携帯端末で録音や編集を行っていたが、大は小を兼ねるじゃろうとノートタイプに変更した。大型化させた結果、高性能で安価なパーツが手に入りやすくなり、なんと運良くホログラム型モニターの導入までもできてしまった。ノート型端末からさらに画面が飛び出すのをみて、雅楽師は驚愕した。
 こうして作業環境が整うと、男達がネットワーク上で売買している作品の制作速度も飛躍的に向上した。能楽師が作るアバターアイテムはよりきめ細かく、よりデータの重いものでも問題なく製作できるようになり、雅楽師が手掛ける和楽器音源もまた、マイク等機材の導入により、高音質版をリリースしたりと。その評判は徐々に広まり、人々からの依頼も増え、この頃はその日暮らしを脱却し、日雇いの仕事に出ずとも、貯金ができ始めていた。
 でも、気を抜くわけにゃあいかねぇよな。能楽師は虎視眈々と自らを取り巻く状況を注視し続ける。もうひとつの現実のなかでは、徐々に人が手作りしたものへの評価が上がり、その価値を重視するムーブメントが巻き起こっていた。当然、参入する業者も増え、依頼や顧客の争奪戦、完成品の高品質化の要求が激しくなっていた。尚且つ、このブームに乗り遅れるまいと、手作りを偽る者も出始める始末。掲示板では今日も罵り合いが飛び交い、騙されたと嘆く投稿も散見されている。主だった収入源となった矢先のこの状況。自分にできることといえば。

 ログイン後、待ち合わせの場所へと向かう。そこにいたのはサヨである。舌っ足らずだった言葉遣いが、いつの間にか更に流暢になり、話し始めるとまるで洪水のように止まらなくなることもあるけれど、サヨが男を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。どうしたんですか、わたしに用事だなんて! 花丸笑顔の少女に、男は視線を合わせて頼み込んだ。俺と組んで、コンテストに出て欲しい、と。思ってもいなかった申し出に、サヨは目をまん丸にして驚愕した。わ、わたしと!?
 手作りのアバターアイテムのみで勝負するコンテスト。元は手作り品を愛好するグループが内々にやっていたものだが、その所属者がブームを面白がって外部にも出場者を募り始めていた。今回の出場人数は従来の5倍以上、3桁にも達するのではと予想が立てられており、往来でも注目を集めている。
 サヨのアバターは少女型で、この世界においては標準的な体型をしているし、顔立ちも良くできていて実に可愛らしい。天真爛漫な仕草やコロコロ変わる表情も人々の目をよく引いているのを、男は知っている。少女部門は当然ながら激戦区であるものの、その分人の目が集まる。誰かの目に留まれば、それだけでも相当な宣伝になるだろう。そういう思惑を男は黙って誘うだけ誘ってみたが、サヨは少し戸惑いを見せたものの、ふたつ返事で了承した。
 それじゃあそれじゃあ、わたしはこれからどうすればいいんでしょう? 男は待っていましたとばかりにインベントリを開き、デザイン画を大量にまとめた分厚い束を取り出しては、少女は思わぬ展開の連続に悲鳴をあげた。