河童の皿箱
2025-04-02 09:27:13
53202文字
Public 遊戯王:長め
 

その男は、能楽師であった。

あるグループがグループになる前、昔の話。
※捏造の濃度が高い。



 徐々に色づく桜の蕾と、華美に飾り付けられた電飾と。夕方の薄暗い公園では、人々がやんややんやと歩き回っては、いつも以上にごった返していた。ふたりはやってきてすぐに原因がわかる。今日は誰かがここでイベントをやる日か、と。世を時めくアーティストの、ゲリラライブだ。いつもの場所も観客席に変身し、ふたりの居場所はない。色めき立つ人々の間に、ぽつんと道具を抱えて立つふたり。さて、どうしたものか。せっかく来てしまったから、見て帰るべきか、大荷物をどこかに預けてくるべきか。
 相談をしている最中、あのう、と声をかけられた。気のせいか、気のせいではないのか、とふたりがあたりを見回すと、こっちです、と大きな鞄を下げた女がひとり、ふたりへと手招きをしていた。誰かにやっているものを、ふたりが勘違いしているわけではなさそうだ。それに、ふたりはその女と、よく身に着けている黒服に見覚えがあった。どうかしたのかとそちらに足を運べば、女は公園の隅にふたりを誘っては、ランチテーブルに座った。
 ほんのり化粧の乗った綺麗な顔に向き合い、能楽師は訊ねる。確か、年明け頃から来てくれてる人……ですよね、と。女は、はい、と答えて頷く。会社の帰りにふと立ち寄ったら、おふたりがやってて。それから、時々。互いにしどろもどろになりつつも、それで、俺たちがどうかしたんですか、と。
 女はしばらく、テーブルをじっと見つめて黙り込む。けれど、ようやく決心がついたのか、顔をあげた。あの、お願いしたいことが、あるんです。私も、おふたりの仲間に入れてほしいんです、と。能楽師と雅楽師は目を瞠った。仲間に入れてほしいって、一緒にやる……ってこと、だよな、と。頷く女に、ふたりは困惑した。メンバーを増やす等と考えたことはなかったし、これまで男ふたりでやってきたし、目の前でじっとこちらを見つめるのは女だし。いや、熱烈なファンがいる、というのは嬉しいのだが……ふたりは頭の中でぐるぐると考えながら、ううむと唸った。
 能楽師は切り出す。つかぬことをお聞きするのですが。どうしてまた、俺たちと? また口ごもる女は、自分の鞄に手を入れて、何かをスイと取り出した。精巧な人形だ。西洋人形ではない。白粉が塗られたかのように真っ白な顔には美しく紅が塗られ、長い長い黒髪も綺麗に結い上げられている。もう博物館にしか置かれていない、この国の伝統的な人形だった。女がくるりと人形を操れば、可愛らしい顔は大きく口が裂けて、恐ろしい鬼女の形相を見せた。ふたりは座りながらも腰を抜かして驚いた。その仕掛けの緻密さ、人形の出来だけではない。
 ……もしかしてこりゃあ、浄瑠璃人形かのう? 雅楽師が訊ねれば、女は頷いた。私は、浄瑠璃人形師、です。ぽつりと呟いた女の目に、ふたりはまた顔を見合わせた。……詳しい話を聞いてもいいか。いつになく真剣な面立ちで、能楽師は臨む。

 人々の熱気の外れにて、女は男達に話した。浄瑠璃人形師の家に生まれ、細いながらも伝統を受け継ぎ、けれど自らはその道を歩まず、今はとある企業に就職し、技術者として働いている、と。差し出されたその名刺をみて、男達は驚いた。自分たちも知っている、大企業だったからだ。しかし、彼女は歩まなかった道がどうにも頭から離れず、今でも趣味として、人形を作り続けているのだという。彼女が受け継いだものは人形や絡繰の製法であり、人形の操り方はほとんど消失してしまった。能楽師と雅楽師の存在を知ったのは、ふたりが先ほど言ったように、年末頃。ふとここに立ち寄ってやっていた大道芸を、彼女はすぐに能楽と雅楽であると、失われたと教わっていたものだと分かった。その能楽と雅楽は、浄瑠璃の成立にも少なからず関わっている物だったから。
 私は、おふたりにとっては何者かわからない事は知っています。それでも、私は浄瑠璃の失われた演技の手法を、せめて埋め合わせたい。そのためなら、私は私が差し出せるものならいくらでも出そうと思うのです。お金でも、技術でも。どうか、お願いします。女は頭を下げては、男達はどうしたものかと悩んだ。彼女のそれは、からかいや冷やかしの類ではなかった。本気だからこそ、男達もまた、この話の着地点を本気で考えた。
 まず、聞いてほしい。俺たちの状況を、さ。男達は女達に話した。自分たちは昨年の秋ごろから本格的に活動をし始めた。故に決して裕福な暮らしをしていないし、丁度いま盛り上がってるアーティストたちみたいにファンだって多くない。近頃ようやく日雇いの仕事以外の収入を得られるようになったが、ここでの稼ぎはたかが知れたものだと。それに、まだまだ勉強の途中。出来ることも、抱えられる数も限られている。学も、貴方のほうがあるだろうし。……それでも。俺たちは、貴方の力を借りたいと思っている。こちらも何も差し出さないわけにはいかない。
 それから、互いに討論を重ね、ひとつの結論を出した。まずは連絡先を交換しよう、と。そして、互いに差し出すもの。能楽師が今学んでいる電子工学については、専門知識を持って働いている人形師が教える。その代わり、人形師が望む人形操作の技法の復興には、能楽の手法が役立つだろうと、能楽師が手解きをする。そして、その為に必要な演奏は、相変わらず雅楽師が担当する。一方で、人形師が仕事の合間に取れる時間は少ないため、人形師の休日に能楽師と雅楽師が付き合う形をとる。つまり、平日はいつもとあまり変わらない。
 それと、もしここで投げ銭をしたことがあるのなら、今後は投げ銭はしないでほしい。サクラみたいなこともしたくないし、俺たちも一応、自立や安定した収入を目指してるからさ。女は大半の事は快諾したが、金銭のそこだけは渋々頷いた。
 より細かなことは、もっと互いを知ってから考えよう。そうして、能楽師と雅楽師は、人形師を新たな仲間として歓迎した。