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河童の皿箱
2025-04-02 09:27:13
53202文字
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遊戯王:長め
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その男は、能楽師であった。
あるグループがグループになる前、昔の話。
※捏造の濃度が高い。
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予選の結果が出た。能楽師と少女は本戦に出場する10人に選出された。それとともに、能楽師のもとには制作依頼や、このコンテストの結果に注目しているメディアからのインタビュー依頼が数多く舞い込んできていた。けれど能楽師はインタビューには全く応じず、代わりにモデルである少女に受けさせていた。
人形師は尋ねた。答えなくてよかったの? と。能楽師は答える。俺が出張るより、あいつに任せた方がいい。あの手のインタビューで欲しいのは絵とポジティブなコメントだからな。俺は絵にならないし、俺に話がある奴ならもう直接来ている。
……
それに正直、想定外だったんだ。まさか予選突破まで行くなんてさ。おかげで仕事が山積みだ。ははっ。能楽師が困ったように笑う姿、手元のスケジュール帳にはぎっしりと予定が書き込まれており、夏の間は多忙になるのが確実であった。
けど、本業だっておろそかにするつもりはない。さあ、始めようぜ。
いつも通りの、広めのカラオケボックス。灼熱の外気温からやっと逃れてきたそこには、雅楽師の姿は無い。どうかしたのだろうかと、能楽師と人形師が端末を見てみると、すまん、ちょいと遅くなる、と。短いメッセージが届いていた。珍しいな。珍しいね。そんなふうに言いながら、ふたりは準備を進めた。
書きかけの新しい謡本、そして、浄瑠璃人形劇の台本。ふたつの書の中にある物語は、同じもの。紙の上に踊る数々の言葉を繋ぎ、順番を討論して。そうして決めたセリフ回しを、ふたりで朗読して、実際に人形を動かしてみて。ここはもう少し強さが欲しいな。こっちはもっと弱くてもいいと思う。桜の舞う季節から始まったひとつの文化のささやかな復興は、今ここで、小さな完成を迎えようとしている。人形師はそのひとつひとつが進むたびに、文字の並びが変わるたびに、今まで感じたことが無いほどの、胸の高鳴りを覚えていた。
人形師は能楽師から身の振り方を教わった。人形の指先まで己が神経を通し、表情筋のない人形で表情を作る。初めは能楽の真似事から始まったそれも、今ではすっかり人形師の単独で工夫を凝らすようになり、対して朗読する能楽師は満足げに頷いた。これなら秋にできそうだな、と。人形師はその言葉に驕ることなく。けれど、練習の成果だね、と笑う。
討論を重ねに重ねた台本は、ようやく一区切りを迎えたものの、まだ仮の決定である。あとは、雅楽師の演奏が必要だ。水分補給だとドリンクバーから飲み物を持って戻ってきた能楽師に、人形師はぽつりとつぶやいた。ありがとう、と。能楽師は笑う。飲み物持ってきただけだって。その言葉に、人形師は首を横に振った。違う。見知らぬ人からの奇妙な申し出を、真剣に取り合ってくれて。
……
ありがとう。能楽師は、あぁ、そっちか、とまた笑って、座敷に座った。実はあの時、結構警戒してたんだよ。お前が人形を見せてくれたおかげだ。人形師も、頷く。
そうか。もうそんなに経つんだな。人形師は相変わらず、平日の仕事の傍ら、仕事終わりには自主的な練習に励み、休日にはこうして能楽師と雅楽師とともに過ごす。能楽師と雅楽師は、日雇いの仕事をやめ、その分を創作の時間にした。この春は激動の春であったと、能楽師は振り返る。生活も、環境も、自分の中にため込まれていた知識も。なんつーかな。花開きそう? なんか、そんな感じがしてさ。人形師は特段何かを言うわけでもなく、ただ頷いた。ひとくち、コップのジュースを飲み込んでは、私は、貴方の技能に、技術に、驚かされている、と。能楽師もまたひとくち飲んで、俺も同じだ、と笑う。
人形師はまた、ひとくち飲み込む。私は
……
きっとこのために、今まで技術を磨いてきたのだろうと。そう思うことが増えた。能楽師はただ静かに、耳を傾ける。春に言ったとおり、私は一度、浄瑠璃の道を捨てた。幼い頃は人形を弄るのが楽しくて仕方が無かったが、師が倒れ、いざ私ひとりになった時。私の背負ったものの重さを知った。もはや誰にも頼れず、自分ひとりで復興する他にない。そう思って、苦しくなった。そうして、別の道に逃げた。
……
あの公園で、あなたと彼を見た時。その舞に、その音に、私は捨てた道を諦めきれなくなった。この子は、その熱のままに作った。今の私が持つ技術の、集大成。人形師はそういって、この演目の主役である人形を撫でた。
能楽師は、少し困ったように笑った。実はさ。俺も、何度もこの道を捨てようかって考えたことがあるんだ。人形師は目を瞠った。ずっと、根気強くやり続けているのに? と。能楽師は頷く。ようやく波に乗り始めたけど、それまで数年ぐらい、俺はひとりで舞台に立っていた。でも、誰の心も動かせなくてさ。生活はギリギリだし、悩みを打ち明けられるような奴も居ないしで、追い詰められてた。もうやめようかな、なんて。そういう時に、あいつに出会ったんだ。あいつ、どんくさいところがあってさ、なんか
……
ほっとけなかったんだよ。んで、あいつと色々やるうちに、気が付けば今こんなふうになってて。いや、俺も驚いてるんだが、なんかな。ここまで順調になってくると、諦めるに諦めきれなくなったっつぅか、もうちょっと頑張ってみようってな。能楽師はまた、笑う。
俺は、この道を捨てなくてよかった。俺の空回りが無かったら、俺たちは出会えてなかっただろうし、お前の道の続きを描くなんてのもなかったんだろうって。そりゃ、何にも上手くいってなかったときは楽しくなかったし、辛かった。でも今、振り返ってそう思えるようになったのは、お前のおかげだ。冗談でも世辞でもなく、本気でさ。
……
って、あらたまって言うと、照れくさいな。ははは、と笑って、またひとくち。その言葉に、人形師はそっと微笑んだ。そうだね。なんだか、照れくさい。でも、私もそう思う。そうして、またひとくち。
……
それにしても、あいつ遅いな。
連絡来たよ。もうすぐ着くって。
お、そりゃよかった。んじゃ、迎える準備して待ってようぜ。あいつ、暑さでフラフラだろうからな。
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