河童の皿箱
2025-04-02 09:27:13
53202文字
Public 遊戯王:長め
 

その男は、能楽師であった。

あるグループがグループになる前、昔の話。
※捏造の濃度が高い。



 それからまた、ふたりは公園で聴衆の前に立ち、舞い踊り、奏でていた。月と太陽が100回ほど巡ると、冬の厳しい寒さともいえぬ涼しさがどこかへと去り、また暖かな日差しが空から降り注いでは、花々の蕾を膨らませていた。
 かれこれ年の4分の1。それだけの時間の使い方を、雅楽師は考え直していた。何故なら、隣に立つ能楽師が頑張っていることは知っていたが、思っていたよりも遥かに頑張っていたからだ。朝起きればささっと身支度をして日雇いの仕事に出て、昼過ぎに帰って来て雅楽師と稽古に励み、夕方は公園での公演、夜はあの仮想世界で絵や形を作る。その合間合間の移動時間や待機時間やらで、彼はさらに電子回路の勉強にも手を出した。全く、いつか倒れてしまうんじゃないか、とひやひやしてしまうほどである。色々と熱中しすぎて、夜通し起きている日もあるぐらいだ。
 しかし、能楽師の表情は、雅楽師と初めて出会った頃よりもずっと、ずっと活き活きとしていた。当時はわからなかったが、この男には先見の明がある。しかしそれがどうにも上手く扱えず、明日への不安に押しつぶされそうになって、堪えようとぎゅっと結んだ口を、軽口や冗談でごまかしていたように、今では思う。眉尻が下がっていることが減ったなぁ、と。雅楽師は度々そう思っていた。それはそれとして、あいつが頑張っているんだから、わしもしっかりついていかねばならん。雅楽師もまた、朝に出る日雇いの仕事を探して出掛けつつ、昼と夕方は能楽師と共に励み、さて、それまでのんびり過ごしていた夜はどう過ごそうか。

 雅楽師はひとまず、能楽師の真似をしてみることにした。仮想世界への通行手形を作り、そこで使うための手足を買い。能楽師のやっていることをサヨと共に覗き込んだり、離れて、様々な人々の集まる世界へと遊びに出たり。試作した龍笛の電子制御ツールを用いて疑似的に往来で吹いていたところ、その音はなんだと人々に話しかけられて、音楽好きが集まる世界に足を運び入れるようになったり。
 そんな中、雅楽師は以前より取り組んでいた和楽器の音色の保存、音源をようやくひとつ完成させ、出来立てほやほやの笙の音色をさっそく、その世界の人々に配り歩いてみた。すると、新しい音色は瞬く間に評判を集め、不思議な響きだ、でもどこか懐かしい、どうしてだろうと人々はそれを用いて様々な楽曲を試作しては交換していた。中には、こんなに良い音源をタダで貰うわけにはいかないと、雅楽師がギョッとするほどの値を付けて金をグイと押し付けてくるような人もいた。雅楽師は途端に恐ろしさを感じてその場を逃げ去っては、この世界に詳しい能楽師と相談をした。
 いや、実はな。能楽師は雅楽師の話を聞いて、徐に切り出した。どうやらサヨが発端のようで、能楽師の作ったアバターアイテムをあちこちで自慢して回り、所謂自作派と呼ばれる人々のもとまで噂が届いた結果、その人々が能楽師に一緒に作ってみないかと話を持ち掛けたのだそうな。自作派の人々は程度の違いこそあれど、AIを極力使わず、自力で制作した物品に重きを置き、その労力に見合う様にと金銭のやり取りもしているのだそう。ふたりは顔を見合わせた。これはもしかして、得意分野で金を稼ぐ、またとない好機なのでは、と。
 ふたりはすぐに連れ立って専用の口座を作り、彼らに話を持ち掛けた人々からの話を参考にして、依頼の受付や不具合の報告フォーラムを立ち上げた。ついでに投げ銭もできるようにしておくといいよ。ここには君たちみたいな活動を支援したい人たちだって多いからね。お金があれば、より良いものを作れる環境だって整うんだしさ。それからというもの、ふたりは冬の間、この世界で過ごす時間を増やしては、こうした分野で学びを多く得ていた。

 すっかり身に馴染んだ4畳半の城。ぼろちゃぶ台を囲んで、飯をぱくぱくと口にしていた時、能楽師はふと話した。これから春が来るだろ? その次は夏だ。でも、夏になったら外での公演は一旦控えるつもりだ。炎天下は流石に危険だしさ。ありがてぇことに、ちょいと稼ぎも出来たしな。雅楽師は頷く。あぁ、今来てる仕事はまあ、今なら十分手が足りる程度だが、量が増えてきたら考えなくちゃあならん。例えば、新しい機材の導入とか。機材といえば、そうして買ったやつを現実での公演にも活かしたいのう。能楽師は頷く。あぁ、んで、時間が空く夏に物件探しをしようと思う。それまでは現状維持、でどうだ? 互いに作戦を立てて、ふたりは頷いた。
 さあ、今日も行くぞ。能衣装と楽器を詰め込んだ大きなカバンを抱えて、ふたりはまた件の公園へと赴いた。