河童の皿箱
2025-04-02 09:27:13
53202文字
Public 遊戯王:長め
 

その男は、能楽師であった。

あるグループがグループになる前、昔の話。
※捏造の濃度が高い。



 個室の扉がガチャッと開き、雅楽師が汗だくになりながらやってきた。やぁ、今日みてぇな日は外に出るもんじゃないのう。能楽師が楽器や荷物を受け取り、人形師が茶を差し出し、座敷にやれやれと座り込んだ雅楽師は、汗を拭きながら一休み。
 遅かったけど、どうしたんだ? 能楽師が問えば、雅楽師は上機嫌に笑った。んっふっふ、聞いちまうか? とうとう、とうとうできたんじゃよ。そんな様子に、能楽師は顔を輝かせた。あれができたのか! けれど、人形師は心当たりがまったくなく、首を傾げるばかり。そんな様子に、ふたりは得意げに笑い続けた。
 ふう。どれ、鞄取ってくれ。ようやく汗が止まった頃、雅楽師が鞄から取り出したのは、極めて真新しい黒服、そしてそれに合わせる黒頭巾であった。浄瑠璃ならこれは欠かせんじゃろ? こいつがデザインして、わしが縫ったんじゃ。縫い目がまだ不格好かもしれんが……。すると、人形師は首を横に振った。そんなことない。とっても、とっても綺麗な衣装だよ。着たくても、ずっと、着れなかったんだもの……。出来上がった黒衣を震える手で受け取っては、隅から隅まで見惚れるように眺める様を見て、能楽師もまた笑った。なあ、せっかく台本もできたし、こいつも来たし。曲はもうできてたよな。着て演ってみようぜ。

 そうして、3人は準備に取り掛かった。人形師が着替える間、男ふたりは退室して、部屋の前で待った。……そういやぁ、すっかり忘れておったが。雅楽師は問う。一緒に住むとかそういう話、どうしようかのう? 能楽師は、あー、と中空に視線を逃し、腕を組んだ。もとは収入の問題で持ち上がった話だが、現在はほとんどの時間を創作に当てられるほどには余裕ができた。でも、移動時間とか交通費が結構かかるってのもあるしな。能楽師はしばらく考え込んで、答える。お前が今でも一緒に住んだ方が良いかもなって思うなら、俺は乗るぜ。うんうんと、雅楽師は頷いた。それじゃあ、あいつにも聞いてみるかのう。そう口にすると、能楽師は目を見開いた。お、お前な……あいつは女だぞ。あー……女だからどうこうってわけじゃねぇけど……その。やっぱ、男ふたりで住む予定だけど、お前も一緒に住むか、なんてさ……言いづれぇだろ。あいつもひとり暮らしだし、さ。そうぽつりとこぼせば、雅楽師は笑った。なぁに、聞くだけならタダじゃ。ちゃんと話さんと人の心はわからんでな。それに、わしはあいつのー、なんだ。度胸や肝の据わり方を見るとな、あいつに黙っているほうが心残りになる。だから、聞くだけ聞いてみてもええか? そこまで言われてしまっては、能楽師も拒否するわけにもいかず、渋々頷いた。
 着替え、終わったよ。人形師の声にふたりは再度、部屋に入った。人形師は黒衣に身を包み、頭巾をかぶって、顔が一切見えない状態で、静かに立っていた。けれど、袖口や手先を覆う手袋を眺めたり、足元に視線を動かしたりと、どこか浮足立っていた。ぶかぶかなところはないかのう? 雅楽師が問えば、人形師は否定しては、また黒衣をじっと見つめ続けた。気に入ってくれたみたいで良かった。それじゃあ、俺たちも着替えるか。悪いけど、ちょっと外出ててな。人形師が頷いて退室するのを見てから、専用の鞄に詰め込んできた衣装に袖を通した。