紫輝
2023-12-09 10:28:10
36253文字
Public リオヌヴィ
 

1000字くらい作文詰め合わせ

短いものの詰め合わせセット。書いたら増えます。(最終更新:01/10)



ひと文字の魔法


なるほど」
 顔を合わせるなり彼が呟く。何が「なるほど」なのか、薄々予想はついていたけれども気付いていないふりをした。“ワンチャン”なるものが、あるかもしれなかったので。
 彼は手に持った書類を私の手――には渡さず目の前の机に置いて、数歩後退しその腕を広げる。
「おいで」
 そうして柔らかく微笑み、甘く囁いた。
 ぐ、と喉に空気がつかえる。鼓膜と、背筋と、それから胸が、ざわざわと震えた。
 だめだいけないと思うのに、身体は勝手に立ち上がり、よろよろと机を回り込む。あと四歩。三歩。彼は微笑んだまま私を見つめている。二歩。彼の纏うあたたかな気配が頬を撫でる心地がする。一歩。彼の香りがして。
 ぽす、と、間の抜けた音と共に腕の中に到達するついでに触れた肩へ額を擦り付けると、すぐにその腕がぎゅうと抱きしめてくれてから指先が頭を撫でてくれる。よしよし、と聞こえる声に動物ではないのだがと抗議しようとする声は、全身で感じる温もりと存在感で音になろうとすらせずに胸の内に沈んだ。聞こえる「良い子だな」に喜んでしまう幼い心が恥ずかしい。彼よりもずっとずっと歳上であるのに。
 あたたかな温度と髪を撫でる指先が睡魔を連れてくる。彼と心を繋ぐ前には知らなかった、疲労を因にするそれ。
「とりあえず一眠りしてくれ。今のあんたに仕事の話をさせるのは俺が耐えられない」
 耳元でテノールが囁く。彼の言葉選びが好きだ。まともに話し合いのできる状態ではないだろうと言われても文句は言えない状態なのだから。否、会談の相手が彼でなければなんとでもなるのだ。ただ彼は彼の判断で時たま私のスイッチを切りに来るのでこうなってしまう。ちなみに切らせまいという努力が実ったことはない。何せ気付いたら切れているので。
……だめだ」
 甘やかな厚意に抗う。
「きみがいるのに」
「席を外そうか?」
 額を伏せたまましぱしぱと瞬いて眠気と闘いながら回した舌に返った台詞に眉を寄せて、シャツに触れていた指に力を込めた。
「ちがうにしゅうかんぶり、なのに、きみの、じかんは、ゆうげんで、」
 いよいよ回らなくなってきた頭と口で紡いだ言葉の意味を、聡い彼は違わず解してくれたらしい。彼が笑う小さな振動が回された腕から伝わってくる。
「二十分経ったら起こすよ。今日は急ぎの予定も入れてないから融通がきくしな。だからさ」
 な?
 その一文字は良くない。立場も矜持も全て脇に置きたくなってしまう。彼の口から発せられるそのたった一文字は まじないだった。フォンテーヌの人々が喜ぶ表現に変えるならば『魔法の言葉』だろうか。元素龍として不可視の力にも耐性を持つ私の、あらゆる防壁を貫通してくる恐ろしい魔法だ。現に目蓋は下がり始めていて、思考は溶け始めている。加えてこうして甘やかされるのが心地良いと思ってしまうのだからいよいよもってどうしようもないところまで来てしまっていると思いはするのだが、彼が踏み止まらせてくれないのだから仕方がないと少し前に開き直ったところだ。
 今回も魔法の言葉に敗北を認めてなけなしの力を抜くと、おやすみ、と優しく四文字が降り身体がふわりと浮き上がった。
「寝落ちてくれるようになっただけ進歩だよなぁ
 頭の上で彼が呟いた言葉はすでに愛しい声としか認識できなかったが、額に触れたのが彼の唇だということはわかって、くちづけに導かれるようにとろりとした睡魔に身を委ねる。
 起こしてくれると言った、と彼に恨み言を言ったのは、二十分なんて二十分前に過ぎた頃、すっきりと目覚めたそのあとだった。

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な?の破壊力は誕生日ボイス聞いた人なら察していただけると思う みなさん床殴りましたよね???