河童の皿箱
2026-07-12 21:11:40
54481文字
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多分投稿してなかった文章まとめ(遊戯王)

文章データをひっくり返していたら出てきたものを纏めた。多分古い順。


(クロスオーバー)

 誰も居ない磯を、小さな荷物を持ってぶらつく男。朝方のまだ日の上りきらぬ時刻に、男は明かりを灯してぶらりぶらり、ゆっくりと歩いていた。男の名はワゴンと云う。世間を賑わす芸術集団の1人であり、この人気のない磯が男のお気に入りであった。
 ザザン、と波が岸に打ち付けられれば、白波立ち、引き波に連れられていく。少しばかり高い岩場によいしょと腰掛ければ、男は小さな笛を取り出し、ヒュウルリヒュルリ。海辺の穏やかな風に、男の吹く旋律が乗り、乗り越えていく。

 水平線の向こうから太陽が顔を出す頃、さまざまな命が共に目覚める。海辺の鳥がばさりと飛び立ち、旋律とともに波を超えていく。海から魚が飛び跳ねれば、朝食とばかりに狙い、潜り。潮騒は俄に、騒がしく。朝日とともに繰り広げられるは、食物連鎖、生存競争であった。
 男はそろそろ身を引くべきと、笛から口を離し、明かりを消す。男には、この生存競争に立ち向かう術がなかった。

 この世界で息づく不思議な生き物は、ポケットモンスター縮めてポケモンと呼称される。ポケモンは、人々の暮らしに寄り添うものもいれば、野生の獣として生き残るものもいる。故に、ポケモンを持たない状態で街の外を歩くのは危険であった。だが、男はこの歳になっても、ポケモンを持った事はなかった。それは、男の仲間たちも同じ。だからこそ、比較的安全な時間を選んでここに来たのだ。
 とはいえ、一切の対抗手段を持っていないわけではない。男は出てくる前、仲間の絵師に、ポケモンのエサと、ポケモンを捕獲するためのモンスターボールを渡されていた。餌に夢中になっている隙に逃げる算段だ。捕獲道具は、当てることさえできれば、ポケモンを捕まえたり、捕まえられなくても少しの間捕えられる。とはいえ、それも気安めではあった。

 岩場から立ち、今来た道を戻ろうかと。その瞬間に、男は目撃した。
 朝日の前で、何か大きな影が、鳥のポケモンに襲われている。逆光に照らされて、男にはその姿が分からなかったが、騒乱は徐々にこちらに近づいてくる。青い体は首が長く、その口からは氷が吐き出されている。消波ブロックのように突起のある甲羅に鳥が組みつき、けれど襲われているそれは、決して諦める事なく、振り払い続ける。
 当然、男にも危険が迫る。けれど、どうにも目を離せず、男は事の成り行きを見守り続けた。襲われているポケモンは、男には見覚えがなかった。だが、遠くで見ていたよりもずっと大きな、首長竜のようなそれは、磯に乗り上げては、息を大きく吸い込んで、大声で叫びを上げた。鳥のポケモンはその声に吹き飛ばされ、そのまま退散していく。男はつい、その姿に、見惚れてしまっていた。
 静けさに潮騒だけが戻ってきた磯に残された竜は、けれど体のあちこちに深い傷を負い、動けなくなっていた。男はつい、足を踏み出した。近づいて見れば、決して小さくはない男よりもずっと体の大きな竜は、ひゅうひゅうとか弱い息だけを繋ぎながら、首を磯に降ろして、男を見上げていた。男は直感した。このままでは、この竜は死んでしまう。
 男はけっして、ポケモンに詳しくない。傷に効くであろう薬だって、今は持っていない。今できる事はあるか、何ができるか。エゴだとは分かっている、自然の中で起きたことは、自然の責任だとも。それでも男は、竜を見捨てたくなかった。
 男は悩んだ。軽率に連れて帰るわけにはいかないが、それでも。男は決めた。男は鞄からモンスターボールを取り出し、捕獲口を竜に当てると、竜は忽ちにボールの中へと吸い込まれ、かちりと鳴る。男はすぐに磯を立ち去り、ポケモン専用の医療機関へと向かった。



 白い光に、淡くポップな壁紙が照らされる。外が広く見える大きなガラス窓の内側では、旅人たちが忙しく朝の支度をしていた。朝食に、旅に必要な薬や食料の準備に。そんな慌ただしい中で、男は唯ひとり、待合席でじっと、治療が終わるのを待っていた。
 男の前に、女医がやってくる。小さなトレーの上には、ボールがひとつ。女医は微笑む。お預かりしたポケモンは、ちゃんと元気になりましたよ、と。男はその言葉に、ほっと胸をなでおろした。あぁ、ありがとうございます。
 そうして、つい勢いで捕まえてしまった竜ラプラスを受け取る。俄に、男と頭に浮かんだのは、これからどうしよう、であった。ポケモンの飼育方法なんて知らない。ましてや、旅人たちが連れている、人の頭ほどの大きさならまだしも、人よりずっと大きなポケモンだ。仲間たちにもどう説明しようか。自分たちはポケモンを持ったことがない。あちこち旅して回るし、家を空けている時間だって多いからだ。
 逡巡する男に、女医は声を掛ける。ところで、ポケモンの所持登録やトレーナー登録はしていますか、と。男は、いいえ、と。成り行きと勢いでつい、などとは言えなかったが、女医にとってこうしたことは日常。それなら、と女医は男に、トレーナーとして必要な手続きの手引きや、知識を学べるスクールの案内などなど、一通りの資料を手渡して軽い説明を済ます。けれど今は朝。人手が足りず、女医はそのまま一礼して他の仕事に戻っていった。
 残された男は、ボールの中を見る。ラプラスは、どうやら眠っているようだ。ともあれまずは、仲間たちに相談しなくては。

 待合席を離れた男は、そのままセンター内にある通信室に向かい、ひとまず絵師に通話をつなぐ。すぐに応答があり、帰ってこないけどどうかしたのか、と。男は口ごもりながらも、磯で起きたことや、今はポケモンセンターにいることを説明。すると、なんだそうか、と絵師は軽く答えた。しばらく休みだから、そのまま手続き済ましちまえ、と。だが、男はどうしても引っかかることがあった。ラプラスは自分に飼われていいのだろうか、と。男の戸惑いに、絵師は答えた。なら、ポケモンを出していいだろうスクールに事情を説明して、いっぺん放させてもらえばいい、話をすればどうしたいかわかるんじゃないか、と。何をたやすく言うのだ、この絵師は、と男は耳を疑ったが、すぐ諦める。あの絵師はそういう男だ。当たって砕けろ、まずはぶつかれとばかりに直進してきた。男は頭を抱えるが、絵師の言う通り、このまま悩んでいても何も変わらない。まずは手続きを済ませてしまうことにし、その旨を伝えれば、絵師は笑って、帰って来るの待ってるぜ、と。そうして通話を切った。
 いよいよあとがない。男は腹をくくり、役所に向かった。

 書類を全て記入、提出し、交付された仮のトレーナーカード。それをスクールに見せれば、大方の事情は察してもらえ、通された部屋ではまず何がしたいのかを尋ねられる。男は答える。傷を治すためとはいえ、半ば強引にとらえてしまったこのラプラスが、自然に戻りたいのか、それともこのまま捕まったままでいいのかを知りたい、と。すると、職員はすぐにラプラスというポケモンがどのようなポケモンなのかを、タブレットを使って説明する。
 ラプラスは大型のポケモンに分類され、気性自体はポケモンの中ではかなり穏やかな部類に入る。人懐こく乗り物としても利用され重宝するが、個体数が少なく絶滅が危惧され、保護されているため、希少性が高い。水と氷のわざが得意で、その次に得意なのは声を使ったわざである。男は頷きながら、それらの話をしっかりと聞いた。
 男は聞き返す。保護されているのに、勝手に捕まえてしまって問題なかっただろうか、と。職員は少し悩んで、口を開いた。今回のように、怪我をしたポケモンを一時的に保護するために捕獲する場合もあるため、捕獲を完全に禁ずる事はできない。ラプラスのように大型ならば、輸送コストなども考えると尚のこと。今回はしっかりと目的を述べ、達した上での捕獲であるため、ポケモンセンター側で書類を発行しており、役所もそれを了承しているから問題はない。仮に、捕獲して誰にも黙っていた場合は罪に問われる可能性があった。ただし、ラプラスの正式なトレーナーになるのであれば専門の資格が必要で、少し研修を受ける必要があり、それまではこうしたスクールなど監督下であれば、ポケモンをボールから出しても良い、と。男は内心冷や汗をかきつつも、また頷き、メモを取る。
 現状、男が抱いた疑問はおおよそ解決した。あとは、このラプラス自身がどうしたいか。職員は、それではこちらにどうぞ、と、男を外へと誘導する。

 男が連れられてきた場所では、他のポケモンやトレーナーが心を通わす練習をしていた。監督となる職員とそのポケモンが隣にいる上で、小さなポケモンたちが新人トレーナーの言うことを聞いたり、聞かなかったり。そんな横を通る男たちが向かったのは、大きな水辺であった。
 さあ、ラプラスを出してみましょう。大丈夫です、何かが起きそうになったら、こっちでもフォローしますから。爽やかでにこやかな職員が、男にラプラスのボールを手渡す。男がボールに目を向けると、潤んだ瞳が向いていた。あぁ、起きたのか、と。男は胸に渦巻く様々な感情をさておいて、出ておいで、とボールをやんわりと水辺へ投げた。ポールがパカっと開くと、赤い光が漏れ出し、光は水辺に竜をかたどる。ボールが手元に勝手に戻ってきた頃には、すっかり傷が癒えたラプラスが、キョトンとした顔で男を見下ろしていた。
 男はジリジリとラプラスに近づく。男よりも一回りも二回りも大きな竜は、その長い首をゆるりと降ろし、男が近づくのを待った。職員も声援を送る。大丈夫です、この子の気性は見る限り穏やかで、あなたに助けられたこともよく分かっているようです。さあ、勇気を出して。
 下がった頭に、男はしゃがみ込む。ラプラス、と。男がつい先ほど知ったその名を呼べば、竜は頭を下げたまま、クルルルル、と小さく鳴いた。男が手を伸ばし、頭をそっと撫でると、今度はきゅうきゅう、と鳴き始めた。そのひんやりとした皮膚を男が認識したタイミングで、ラプラスは男の裾を唇で小さくつつき、するり擦り寄る。男はすぐに逃げようとしたが、職員の声援がさらにかかる。大丈夫です、そのまま撫でてあげて、と。男はなんとか腕を回し、ゆったり、ゆったりと撫で続ければ、ラプラスはどこか心地よさそうに目を細めた。
 思っていたより、ずっと人懐っこい。男は戸惑いの中に、どこかこの竜を愛おしく思う気持ちがあるのを自覚した。男は話す。ごめんなぁ、急に捕まえられて。びっくりしたよなぁ。頭をさすれば、ラプラスはきゅうー、と長く鳴いた。男にはそれがどのような意味を持つのかはわからなかったが、怒っているわけではなさそうだ。男は続ける。どうする、お前があの海に戻りたいなら、すぐにでも連れていくし。お前がこのままでいいならいいなら、それでもいい、し。ラプラスはふと、擦り寄るのをやめて、水辺をスイスイ泳ぎ始めた。対岸まで泳いでは、もう一度やってきて。ラプラスは男に背中を見せた。職員は男の背を押す。ほら、乗ってって言ってますよ、と。男は言われるがまま、竜の硬い背に乗り、突起に手をかけて座ると、竜はそのまま、水辺をスイスイ泳いだ。
 これは、どう判断すれば良いのだろう。男は困惑した。けれど、悪い気はしなかった。静かにスイスイ泳ぐ背中は揺れず、乗り心地も良く。なるほど、こういう種族なのかと、身をもって体感した。