河童の皿箱
2026-07-12 21:11:40
54481文字
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多分投稿してなかった文章まとめ(遊戯王)

文章データをひっくり返していたら出てきたものを纏めた。多分古い順。


(掲載した記憶あり。Privatter+には掲載していなかったらしい)

 ある若者が、ずん、ずんと山道を進む。噎せかえる様な湿った土と青臭さに顔を顰めながらも、ただ金属バット一本背負って歩く。踏み入ったのは、幾度も踏まれて通ったか、森の裸のような獣道。若者はただ、真っ直ぐ、そこへと。
 雲に紛れた月夜が、朧の闇を照らす。けれど、木々の隙間にその明かりは届かぬ。ぐしゃりと踏みつける不用心な足音を懐中電灯が照らせば、耳を詰めるのは上り坂にあがり始めた己の呼吸と虫の声ばかり。遠くから聞こえるカエルの声にも目をくれず、ただ、ただ。

 まるで導かれるかのように。重い足取りを引きずって、その若者は小さな村落が隠し続けて来た祠に辿り着いた。古ぼけたそこは、苔に埋まった文字と、朽ち果てた木だけがある。何が祠だ、何が。若者は嘲笑した。噂話を聞きつけてやってきて見れば、ここにあるのはただの苔石。若者は祠を蹴り、そして背負ってきたバットを振り下ろした。



 靴にまとわりついた泥と、踏み荒らされた草と。若者が麓の村、参道の入り口まで帰ってきた、その時。立っていたのは、村長の息子か、孫か。その様に名乗っていた男であった。若者は内心、悪態をつく。なぜこんな夜中に出ていたのにバレたのか。あいも変わらず、この村にしては珍しい奇妙なほど長い手袋をし、腕を覆い隠す糸目の男を、若者は嘲笑し、過ぎ去ろうとした。
 「あの祠を壊したんじゃろう?」。男は若者の肩を掴んだ。真っ黒い手袋が、確と若者を捉え、振り向けば瞳も見えぬ糸目が、けれどじっと己を見ているのだと分かった。若者は違和感を覚えた。ただ山を登りに行っただけとは考えないのか、と。「なんということを」。静謐な声が、若者を責める。けれどそこに驚きはあれど、怒りもなければ、悲しみもない。不気味な男だ。感情が読めない。そも、この男は長老一家と全く似ていない。この特徴的な目元もそう、輪郭も、肌の色も、声色だって。なのに、長老一家はこの男を家族の様に触れ、迎え入れ……まるで怪物が人に化けているかの様だった。手袋を奪おうとした時だけ怒りを示し、手肌を一切見せようとしない。「それがどうしたんだ、気味の悪い奴め」。闇夜よりも黒い男の手を、若者は振り払った。果たして、その覆い隠した奥にあるのは、一体何なのか。
 「あれは、あの祠は」。男がその先を言うよりも早く、若者は宿舎へと帰っていった。



 翌朝。あの糸目の男は姿を消していた。若者は朝食をもてなしてくれる長老たちに尋ねた。「あの男は?」と。けれど、長老たちは「はて」、と。耄碌しているのか。若者は眉を顰めた。話の分からない奴らめ。だって、昨日の朝は確かに、この食卓にともに居たはずだ。あの黒い手袋と共に、大飯を喰らっていたはずなのに。けれど若者は、それを言い出すことができなかった。昨晩の不気味な声が、脳裏をよぎる。「なんということを」。若者は食事を終えると、村へと出た。今晩、ここを発つのだから。

 あの茹だる様な暑さから一転、今朝は突然冷え込んだ。予報よりもずっとずっと気温が低く、若者はそれに耐えられるような衣服を持ち合わせていなかった。耄碌した長老の耳には、祠の騒ぎなど届いていないかのようで、借り物の上着を若者へと授けた。引きずってぶらりぶらりと散策していると、「よう」、と。声をかけられた。若者は声の方へと視線を向ける。時代遅れの古びた紫紺の着流しの、はだけた肩から鍛え上げられた逞しい肉体が覗いている。その手には煙管がゆらりと煙を天へと伸ばし、その青髪の男は目を細めて笑った。「あんた、あの祠を壊しちまったんだってな」。歪む口元に、若者はゾッとした。……まただ。村の他の連中が騒いでいる様子はない。あの糸目の男だって、どこかへと消えた。なのに、こいつは何故、アレを知っているのか、と。けれど若者は、なおも開き直る。「それが?」と。
 男は煙管にふいと口をつけ、そして深く、深く、煙を吐き出す。「ははっ」。乾いた笑いに、若者は舌打ちを返した。何がおかしいのか。噂はただの噂。祠を壊そうが、なんだろうが、そこに神などいない。怪物だって、いるはずがないのに。男はまた、煙管に口を付けた。確か、流浪の芸人だとか、何とか言っていたような。思い出すよりも前に、男は煙を吐き出して、呟いた。「そろそろ、来るかもな」、と。「そうかよ」。若者は吐き捨て、その場を急いで後にする。
 「お前を見ている」。ぼそりと呟かれた低い声が、若者の脳裏に張り付いた。



 青髪の男の声に後ろ髪を引かれようと、のどかな村はのどかなままであった。神に舞いを捧げる為、という名目で踊る少女たちの姿を、若者はニヤついた顔で見ていた。大胆にさらけ出された肌は、少女らしい滑らかさがあり、舞台衣装は胸元も……そそる。若者は僅かな愉悦を噛み殺しては、修練場を後にした。あの柔肌を眺められないとなると、名残惜しいか。
 日が傾き、チリチリと虫が鳴き始める。ふと、若者が物音に顔をあげれば、木の上に、誰かが居る。子供が2人、こちらを見下ろしている。狐の面に覆い隠された子供の顔など知れないが、あんな体つきの奴はいただろうか。若者は思い返す。いや、いなかったはずだ。あそこで踊っていた少女たちは、誰もかれも良い肉付きをしていて……あれほど子供じみた体の奴は、あんな枯れ始めの緑の幼な髪色は。
 クスリ。小さな含み笑いが、若者の耳に届く。気が付けば、あたりは木漏れ日もない暗闇に閉ざされ。子供は木の上から、クスクス笑う。若者は途端に砕けた祠と、不気味な男と、くゆる煙が脳裏をよぎり、恐ろしくなった。反射的に、駆け出した。走れ、走れと。泥が跳ねあがる。草花が踏み荒らされる。暗闇はいつまで経っても抜けず、息が切れても、笑い声が離れない。樹上を見上げる。いる。あの狐共が。
 「いけないんだ」。「いけないんだ」。反響するかのように、双子のような狐は笑う。すっかり足がすくんで動けなくなった若者を、いつの間にか取り囲んでいる。面の奥に、目が見える。幾重にも重なる瞳が、万物が睨んでいると錯覚を覚えさせた。喉が引きつって、声が出ない。クスクス、クスクスと。足がすくむ。まるで金縛りにあったかのように。それでも、若者は声を引き絞った。「何なんだ、お前たちは!」
 クスクス笑う声が、木々に反響する。けれど、ふたりの狐は答えない。若者が這いだした途端、行く末を立ち塞ぐ影があった。暗闇に輪郭がぼやけて、そこに何かが居るのに、見えない。青白く光る瞳だけが、若者を見下していた。影は徐々に、徐々に若者との距離を詰め、その首をそうっと、そうっと、撫でるように掴んだ。白い何かが、首に巻き付いて。
 「いけない子」。「いけない子」。狐の笑い声に、形なき影に、若者は悲鳴を上げた。何とか突き飛ばす手の感触だけを頼りに、また走り出した。けれど、どこまで行っても、暗闇は続くばかりで、光明すらも見えない。どこまで行っても、あるのは木々ばかり。どこまで行っても、笑い声は纏わりついて。

 そうして、どれほど逃げただろうか。遥か遥かの山奥。あぁ、そこには、崩壊した祠があるはず。若者は縋った。どうか、悪い夢であってくれ、と。祠があったはずのそこには、男が1人、立っていた。「あぁ、なんということを」。平坦な声が、若者を貫く。今朝がたから姿の見えない、糸目の男。若者は男に駆け寄り、縋った。「助けてくれ、助けてくれ。このままじゃ」。
 男は途端に、口元を歪ませた。「感謝する。これで」。逃げ場などないと悟った若者は、地に伏せ、押さえつけられ、暗闇の中、絶望に沈む。その意識の破片には、人ならざる鬣と、青白く光る腕と、狐の笑い声だけが、残っていた。






 「いやぁ、助かったよ」。宴の最中、青髪の男が持つ猪口に酒を注ぎながらそう言い出したのは、この里の真の主たる舞姫であった。娘にも受け継がれた美しい赤髪が「相変わらず絵になるな」と青髪の男が笑えば、「当り前だろう? 私を誰だと思っているんだ」、と笑った。互いに盃をカチリと鳴らして一飲みすれば、里長はしみじみと呟いた。
 「人々のために開いたのはいいけれど、あまり良くないのも入り込んでしまってね」。悲し気な顔に、青髪の男は神妙に答えた。「昔っから、そういう奴はいるもんさ。」