河童の皿箱
2026-07-12 21:11:40
54481文字
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多分投稿してなかった文章まとめ(遊戯王)

文章データをひっくり返していたら出てきたものを纏めた。多分古い順。


(没)

 その男は、兄弟子たる白髪の闘士に電話を掛けていた。ガチャリと兄弟子の応答の後、挨拶もそこそこに、弟弟子はさっさと切り出した。「なあ、愛ってなんだ?」と。
 唐突な質問に、兄弟子は思い切り吹き出したくなるのをぐっとこらえ、「どうしたんだ」と事のいきさつを訪ねれば、弟弟子は答える。曰く、連れである博士の毎日の要求に、頭を悩ませているのだと。

 その博士は少女であった。アイシャドウか、寝不足の隈か、どちらともわからない目元はいつも気だるげで、連れである青髪の闘士の背や腕や首や足にと事あるごとに絡んでは、「愛してよ」、「愛してくれるでしょ?」と問いかける。その仕草や問いかけは、今まで格闘一辺倒であり、これからもその通りに生きていくつもりの男にとって、全く意味の分からないものであった。
 故に、男は兄弟子たる白髪の闘士に電話を掛けた。「愛ってなんだ。あんたならわかるだろ」と。俄かにくつくつと喉の奥からこみ上げる笑いを何とか飲み込んで、兄弟子は答えた。「また随分と難しい質問をするな。愛だ、愛するだとかは、古来より人々が営んできたものであるが、それが何なのかは現代でも解明されていない。錯覚だと言い張る者も居れば、種を繋ぐための生存本能……他にはそうだな、性交こそが最上級の愛だとする考えもある」。そんな言葉に、弟弟子は電話口で顔を顰めたが、けれど黙って続きに耳を傾ける。しかし、望んでいた単純明快で確実な答えと思われるものを、兄弟子は決して口にはしなかった。
 「さて、ラゼン。俺の話をここまで聞いてどうだ?」。兄弟子が問えば、弟弟子は答えた。「あんたがそういうのなら、愛ってのは多分、よくわからないものなんだろう」、と。兄弟子はとうとう笑い声をあげた。「あぁ、そうだ。結局、愛が何なのか、何を愛とするのかはお前次第。お前が何を愛とするのか。……俺が言えるのは、愛を題材にした本や作品に触れてみることだな」。

 そうして、ふたりは電話を終えた。本。男は眉間にしわを寄せた。男は本を読むのがどうにも得意ではなかった。技術書等の図解なら読み解けるが、ずらずらと並んだ文字をひとつひとつ目で追っていくと、どうにも別の行を追ってしまう。
 ふと、男はひとつ思い立った。本でない方法で、作品に触れたら? 作品といえば、詳しい奴らが居る、と。男はまた受話器を手に取り、ある番号を入力した。



 車窓の外に広がるは、まさしく不夜の街。ギラギラ輝くネオンとホログラフィックの隙間を人々が酔いどれの足取りでふらりふらり。けれど闘士はそのまま列車に乗り続け、人のひしめく車内がガラガラになってさらにしばらく。ようやくたどり着いた小さな駅で降りて歩く。山の向こう側でぽっかり浮かんだ満月が、灯りの少ない道をほの明るく照らし、待ち人の輪郭をかたどった。闘士が歩むほど、その色も自ずと見えてくる。海と空にうねる境界線のごとき青髪は、いつものように逆立つ激しさはなく、静やかに水を湛えるかのように、スルリ流れ落ちていた。
 闘士を待っていたのは、浮世絵師として活躍し、人々から強い支持を得ている男であった。絵師が闘士に気づいて手を振れば、闘士もまた手を挙げて応える。今日は彼の家には彼しかおらず、闘士の疑問を考察するにはまさにうってつけの日であった。家に上がり、清掃の行き届いた居間に上がり、手土産の菓子をつま見ながら出前を取り、到着まで近況を互いに語り合いながら、絵師が選定したいくつかの映像作品を鑑賞した。

 さて。出前のカツ丼と親子丼をかっ喰らえば、闘士は親子の再会を眺めてポツリと呟いた。「愛って一言で言っても、なんか……種類があるんだな」と。絵師は笑って、とツマミをひとくち、ついでに酒をひとくち。そして続ける。「俺たちの言語には、愛と付く言葉がたあっぷりある。家族愛、兄弟愛、友愛、とかさ」。スクリーンセーバーをぼんやり眺めていた闘士は、腕を組んだ。「お前は……彼奴等と関わる時、どういう愛があるんだ?」、と。
 さあ、突然自らに向いた難問に、絵師は頭を掻いた。しばらく唸って、首を傾げて、部屋を見渡してもう一度、闘士に向き合った。「愛、はある。あるって断言できる。けど……いやぁ、一言で表すのは難しすぎるな」と、絵師は一度部屋をあとにして、また戻ってきた。手には、小さなくまのぬいぐるみ。
 「それは?」と闘士が訊ねれば、絵師は答えた。「俺がならないようにと心掛けてること」。そう言って、ぬいぐるみの裏、ほどけた縫い目から指を入れ、詰められた合成綿から小さな機械を取り出した。至極単純な作り。多少なりとも機械を触れる闘士は、その機械の正体を見破った。「それは、盗聴器か」と。絵師は笑う。「そ、大正解。もう動かねぇけどな」