河童の皿箱
2026-07-12 21:11:40
54481文字
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多分投稿してなかった文章まとめ(遊戯王)

文章データをひっくり返していたら出てきたものを纏めた。多分古い順。


(Twitterに掲載した覚えがある。が、Privatter+には投稿していなかったらしい)

 ふ、と。男は目を開ける。明かりの消えた宿の一角、ベッドの上では白いシーツと己の手のみが見え、僅かに視線を逸らせば未だ煌々と照る月が、街に舞い降りた静寂を見守っている。男はふと溜息をついて、ベッドサイドの時計を手に取れば、針が指し示すのは真夜中の一歩手前。そのような時間であった。
 男が床に就いてから、かれこれ数時間。ただ横になるばかりで、いつまで経っても眠気も夢も、向こうから歩いてくる気配はなかった。原因は、男にとってはひとつだけ思い当たる節があった。吹きあがる蒸気と、ゴウと爆発する筒に預けたこの身を。対する相手の読みは冴えに冴え、その殴り合いは20分にも及んだ。手出し無用の真剣勝負、最後に勝利をつかんだのは己の拳であった。あぁ、思い返せば、男の腹に、真正面からぶち込まれた蹴りの痛みが走る。互いの息を交わすほどの至近距離、カチ合う目に宿っていた炎に、自らの炉もまた火力をあげて。……いい勝負だった。最後にそう、手を握って別れて。
 そうか。俺はまだ興奮、或いは、高揚しているのか。大方の自分の状態に整理を付けた男は、仕方がないかと体を起こす。このまま横になっていても、ただただ無為に時間を過ごすだけだ。適当にぶらついてくるか、と。
 ひとつ挟んだ先で眠っている連れの少女は、だらしなく大口開けてニヤつきながら眠っていたが、起きる気配はない。男は椅子に掛けていた上着に腕を通し、溜息をひとつ吐いた。きっと、明日に牙をむくのだろう眠気に気が重くなりながらも、鏡をのぞけば、いつもキメる髪は眠りのためにぐしゃぐしゃだった。男は擦り傷の多いバッグから乱雑にキャップを取り出し、被ると、動くほどに走る腹の、背の、腕の、脚の痛みに心地よさを抱えながら、夜の街へとくり出した。

 青白い光が街灯に灯り、街を照らす。肌の上に乗れば随分不健康に見えるその照明は、鉱山に近いこの街の、ある種の誇り、ある種の驕りでもあったが、男にとっては変な色の明かり以外の何物でもない。鉱山から吹き降ろす風は、街並みの石畳の粉塵をわずかに巻き上げ、どうにも粉っぽい。そして、夜中故に店はどこも開いておらず。裏通りに入ると、酒場では無頼漢どもが群がり、酒と性の欲望のままに明け暮れていた。そんな光景を、3度4度と重ねれば、なるほど、こういう街か、と。鉱山の崩落から鉱山労働者たちが失職し、治安が劇的に悪くなったとは聞いていたが。普通の街であれば、もっと慎ましやかなはずだ。明日の日中はより気を付けなくてはならないだろう。いくつかの思考を走らせながら、キャップのつばを指でつかんで、男は下品な喘ぎ声を後にした。

 次にやってきたのは、崩落したままの鉱山の出入り口であった。ここは、この街随一の観光地。せっかくだから見に行くかと、連れの博士に聞いても、博士は神妙な面持ちで首を横に振るばかり。闘神の魂に執着する彼女がここに興味を示さないとは珍しい。そう思いながらも、まあ興味がないなら連れてくる必要もないか、と。けれど、何となく足が向いたのは、神の導きか、或いは己の気紛れか。
 闘神の魂と呼ばれる鉱物が大量に産出されていた鉱山は、街の人々に巨万の富を、街の外に技術の発展をもたらした。けれど、杜撰な安全管理と履いて捨てる程いた夢追い人のために埋まったのだと、別の街の人々は溜息をついていた。ふと気になって噂を集めれば、やれ幽霊が出るだとか、やれ闘神の魂を取り込んだ亡者が出るだとか。そんな眉唾物の話ばかり。けれど、死者が蘇るかもしれないという噂に、足を運ぶものが後を絶たない。
 男は崩れた入り口をぐるりと見回っては、噂の全てを胸のうちで馬鹿げていると一蹴した。死んだら、そのまま死んだままだ。神の力がどうだこうだ言ったところで、蘇ることなんてない。だからこそ、俺たちは。
 ……男は目を瞠った。動く死者がいたわけではない。自分の心の内側の動きに、驚いた。ふと思い出したのは、師のこと。そして、その死を機に別れていった兄弟子の事。昔、こんな夜空を、木々の隙間から見上げたことがある。あの時、あいつは、本を読んでいたんだったか。初めてこの山の事を知ったのも、こんな夜だった。夜の過ごし方は、あいつの方が上手かったと、今でも思う。
 ひゅうと吹き降ろす鉱山の風を、上着が捕らえてはためく。薄ぼけていた月が雲に隠れ、青白い光ばかりが夢の跡を染める。不意に、遥か遠くの轟音が耳に届いた。……男は踵を返し、宿へと急いだ。

 取った部屋に戻ってくれば、少女は相変わらずあどけない顔で眠ったまま。宿代がもったいないと、同室で眠るようになってからどれだけ経っただろうか。全くの無防備。日中は口うるさく、そして生意気でもあるが、こうしてみれば、まだただの子供。闘いの中での気の狂い様とは結びつかぬその姿に、どうにも不可思議な思いを持った。人とは、これほど豹変する物なのか、と。
 はたはたと窓をたたき出す雨。それは次第に熾烈になり、もう外に出るのはよしておいた方が良いだろう。男は椅子に座って傾く針を数分眺めていたが、残念ながらこれ以上やれることはない。上着とキャップの砂ぼこりをはたいて、また床に就く。目を閉じる。針が進む。寝息が聞こえる。雨音が激しくなる。腹の痣が痛む。


 ……はぁ。


 男は未だ、眠れない。