河童の皿箱
2026-07-12 21:11:40
54481文字
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多分投稿してなかった文章まとめ(遊戯王)

文章データをひっくり返していたら出てきたものを纏めた。多分古い順。


(完全に没ったもの)

 黒い手袋、黒い服、黒い頭巾に、黒い靴。頭から足の先まで真っ黒に染めて、ここには在らずと陰に潜む。それこそが黒衣と呼ばれるものであり、物言わず動かぬ人形に魂を吹き込む傀儡師でもある。人のような鉄の体の中に大量の電子回路を組み込んでは、設計図と己の直感のみを頼りに神経を巡らせ、じゅぅ、と熱で繋ぎ止める。誤りはないかと幾度目かの確認を経て、かちり、蓋をはめ込めば完成。黒衣はそうやって、ほとんどの時間を人形や機械や、あれやこれやを作ることに割いては、己の、そして仲間のために、その腕を奮っていた。
 その黒衣は浄瑠璃人形師であり、己を女郎蜘蛛と名乗る。浮世を照らして描く浮世絵師と、雅に激しく歌う雅楽師と、いつしかどんどんと増えていった能楽師と共に道を行く。彼らの手にする筆も、楽器も、能面も、世の人が目を剝くほどに高度な技術を用いたものであり、その技術の出どころこそ、この黒衣であった。とはいえ、黒衣の技術に依存しているわけではなく。浮世絵師も、雅楽師も、能楽師も。皆が皆、自分の得物の手入れはできる。けれど黒衣は進んで皆の得物を借りては、その内部仔細まで覗き込んで、埃をとったり、取れかけの配線を直したりなど、メンテナンスを行っていた。

 黒衣は息をつく間もなく、自分の人形の整備と試験を終えては、また別の物を取り出した。普通に持ってしまえばあまりにも重く、持ち主である絵師の体格ですら持つのが一苦労なその筆を振り回せるのは、羽の裏に仕込んだ浮遊ユニットのおかげだ。技術の進歩というものは日に日に目覚ましく、たった1年の間にも最高の性能というものは更新されていく。故に黒衣は、仲間に最高級の技術を用いたそれを持ってもらうことそのものにも、胸を張っていた。最高の仕事には、最高の道具が必要だから、と。
 昔。まだ手を組んで日の浅かった頃。黒衣は、古くなったその浮遊ユニットを勝手に取り換えてしまったことがあった。きっとそのほうが良いものになる、と。けれど、絵師が新しくなった筆を早速試してみると、どうしたことか。いつものように振り回そうとした途端、筆に振り回されて、足を滑らせ転んでしまった。怪訝そうな顔をする絵師に正直に伝えると、「あぁ、なんだ。そういうことだったのか」と笑った。「だからこんなに羽のパワーが強いんだな」、と。それから、2人で筆自体の重量と、どれほどの出力が彼にとって最も扱いやすいのか、ということを共有することになった。それはとても長い時間を要したが、絵師にとっては黒衣の考えや技術の方向性を、黒衣にとっては絵師が何を求めているのか等々、多くの学びのある時間でもあった。
 黒衣が筆の各部の出力を確認すると、筆はその姿勢を安定させられず、ふらふらと不安定であった。どうにも1か所、バランスの取れていない部位が存在している。筆の本体と羽ユニットとを分解し、そして羽をまた分解して、プロジェクター部と浮遊ユニットを重点的に点検する。出力が半分ほどに落ち込んでいたユニットの中身を確認すると、おそらく排熱不良だったのだろう。一部が溶解してしまっていた。黒衣はすぐに、取り換え用にカスタマイズしたスペアパーツを取り出して、それを代わりにあてがった。信頼している放熱グリスを塗り、念のために他の部位にも。計測器に表示される数値上は問題ないことを確認してから、組み立てなおし、もう一度動作を確認する。……問題は、なさそうだけれど。黒衣は筆の電源を切り、抱えて自らの部屋を出た。

 黒衣は確かに、高度な技術力を有している。それ自体が、黒衣の所属する芸術集団の技術力を底上げしているのは確かだったが、けれど黒衣にできるのは、あくまでも物を作り、点検する、ということだけ。その作られたものを扱うのは、あくまでも仲間たち。故に黒衣が筆を抱えてやってきたのは、絵師の部屋であった。
 「はい。はい。では、また後程」。絵師が通話を終えて振り向き、黒衣に気が付くと、「よう。もしかして、もう点検終わったのか?」と尋ね、黒衣は頷いた。大きな机の上に広げられた風景の写真集や、絵画の歴史書。どうやら、ちょうど仕事が一区切りしたようだった。「なら、サクッと見ちまうか」。絵師が席を立って、黒衣から筆を受け取り、持ち主の手の中で筆にまた、エネルギーが巡った。
 筆先の色の出力、しなり、羽による安定度や重み、あれやこれやを最後に判断するのは、持ち主である絵師の仕事であった。いくら計測器に出る数字が良くとも、持ち主が納得しなければ何の意味もない。絵師がじっと眺める真面目な表情に、黒衣は幾度目かの緊張を覚える。しばらくそうしたのちに、絵師が深く頷いた。「流石だな、スパイダー」と。お眼鏡にかなう調整ができたらしい。

 「今日はワゴンとセアミンのも見るんだよな。ついてくぜ」、と浮世絵師を連れて、次に訪れたのは雅楽師の部屋。高級の、そして安物のスピーカーや双方揃ったヘッドホン、コンピュータに繋がれたキーボードと、自分で書いた楽譜とにらめっこをしながら、打ち込みの作業をしていたところであったが、雅楽師の肩をちょんちょんと絵師が突けば、「お? おう、すまんすまん」、と振り返った。人形師の手には、雅楽師が愛用している電子の箏と、装飾のためにホログラムを出力するユニットがあった。
 早速とばかりに雅楽師は箏を受け取り、柱の位置をすいと変えて、チューニング。からり、からりと何度か音を変えればすぐに終わり、まずは一曲かぁんかん、からり。次にもう一曲。さらにはもう一曲。そうしている間に、ホログラムユニットを絵師が代わりに背負い、ボウと起動すれば、その背には羽が。調整機器をいじりまわして、色を変えていく。
 人形師ができるのは、計測器の数値を指示通りの値に近づけることだけ。特に楽器、音響は、雅楽師の方が知識があり、得意であった。周波数を見ながらその通りに調整したつもりでも、なぜだか雅楽師がいじったほうが、良い音が出る。なぜなのかと尋ねたとき、「ううむ、難しいことを言うのう。感覚……ではあるが、強いて言うなら、場所によって音の反響が変わるから、それに合わせなきゃあならん、じゃな」と答えた。
 物の仕組みだってそうだ。内部にどれだけ詰め込んでよいのか、それとも、どれだけ空洞を作らねばならないのか。彼らと手を組む前なら考えなかったようなことを、考えなくてはならない。自分が思うように作っていただけのころと比較すれば、格段に手間がかかって、格段に大変で、格段に無力を痛感する。
 だからと言って、人形師の仕事が全く無意味というわけではない。人形師の仕事は、いうなれば土台作りだと、かつて絵師は語りかけた。「お前が俺たちのためにやろうとしてくれてるのは伝わってるぜ。だからどうか、胸張ってくれよ。お前がやっているのは、最高の土台作り。そこから先は、俺たちが最高の仕上げをするんだ」と。

 雅楽師の方での調整も問題なく終えて、最後に訪れたのは能楽師たちの部屋。