χχχ-medµme アンシーリーコート:探偵不在の事件録【CASE.01】

【CASE.01】探偵不在の密室
※改行が少ないため縦書きリーダー表示で読むことをお勧めします。

【あらすじ】
舞台は暗転し、明かす者は既に無く、彼らはただ取り残される。
これより語るは、探偵亡き世の物語。
彼の者の凋落よりおよそ120年。喪に服し続ける嘗ての右腕が、ひとりの馬子に出会うとき、静止した時は氷解する。
嘗ての友の旅路を辿り、その真実を秘匿せよ。そして拭い去れない夜を覆う──この世界の謎を解け。

ベイカー・ストリート221Bに拠点を構える小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンのもとに奇妙な事件の話が持ち込まれる。それは嘗てロンドンを賑わせた探偵小説──シャーロック・ホームズの始まりの物語、「緋色の研究」で綴られた状況に酷似していた。密室で殺害された男。壁にかかれた『RACHE』という血文字。しかしそれらが示すのは、この世ならざる幻想の気配。そしてワトソンがひとりの馬子に出会うとき、黒よりも黒に彩られた真実が示すものは?
〈χχχ-medµme〉第一部、全ての始まりはこの場所に。

X - https://x.com/asunashoko
Wavebox - https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/



 ホークアイの袖口にあったもの。それは現在、魔術師を抱えるファミリーたちが、こぞって奪い合っている麻薬である。なお麻薬と言っても、モルヒネの原材料であるアヘンと同じようなものである。人類史において竜鱗が正しく使われたのは少ないケースではあるが。
 幻想種の数が減り続けている現代社会において、竜鱗の市場価値は上がり続けている。それは表社会だろうが裏社会だろうが関係ない。
 アストンマーチンは古い石積みレンガの外装が美しいアパートの前で静かに静止した。ホークアイはシートベルトを外して外に出て、助手席のドアを開ける。私は足元に置いていたキャリーケースを持ち上げて外に出た。
「ここです。一応現場検証は全て終わっているので写真のような血文字とかは残っていないですが……
「お行き。エッグプラント」
 私はホークアイが現場の玄関を開けたのち、すぐに室内へエッグプラントを放した。
 ホークアイがどこで竜鱗なんて代物を引っ付けてきたのかは知らないが、仮にこの現場に竜鱗が残っているとすれば捜査は大きな進展になる。
 竜の痕跡は竜に探させた方がいい。私は室内を物色しながら壁を軽くノックしたり、床を指でなぞったりして痕跡を調べた。
 置かれた家具は大型量販店で買えるシンプルなデザインである。特段こだわりが無いのだろうか、食器などは安く買えるもの、またはスーパーでシールを集めて交換して貰える類のものばかりだ。
 室内の壁は白いシンプルなデザインだが、やはり古いのかところどころ剥がれており、古臭い壁が少し覗いている部分がある。
 部屋の前側、壁に沿って配置された暖炉の内部は煤で真っ黒になっており、かなり掃除を怠っているというのが見て取れた。私はペンライトを暖炉の内部に照射し、異変が無いかを確認していく。
……何、これ」
 私は偶然暖炉の内部に奇妙なものを発見した。小さな扉のようなものが暖炉の内部──その左横にくっ付いており、火かき棒で扉の取っ手部分を引っかけると開く。私は内部に格納されている物を取り出そうと右手に持っていたペンライトを口にくわえ、頭を暖炉の中に突っ込んでその小さな扉の内部から傷つけないように細心の注意を払い、それを取り出した。
 文庫本ほどの大きさの木箱である。暖炉で燃やされた炎によって多少煤けてはいるものの、特段壊れている訳でもなさそうだった。私は開こうと箱の上部分を持ち上げる。
「ホークアイ」
「どうしました、レディ。トカゲちゃんなら床の匂いを嗅ぎまわってますよ」
 見ればわかるわよ、と言いたかったが、その言葉はぐっと飲み込む。箱の中に収められていたものを一刻も早くこいつに見せなければ、という思いが勝っていた。
「箱の中に指輪がある。大きさから考えて女性のものね。……あと見て、これ」
「虹色に輝く粉……俺のジャケットについてたやつと同じものですか?」
「ええ。でもこれは……あんたが引っ付けてきたやつより、遥かに純度が高い。竜鱗の中でも最高級品。私が知る限り……これは相当……そうね、700万ポンドは下らないわ」
「700……!?でもこれで……事態が複雑になりましたね。言い忘れていたんですが、遺体からは何も持ち去られていませんでした。バッグの中身もそのままです。ポケットから見つかったのは免許証、スマホ、財布……財布の中には50ポンド入っていました。あとは8000ポンドの小切手と、ロレックスの腕時計。身に着けていたスーツからも彼が富裕層であることは……
……フルオーダーのスーツに、磨かれた革靴。右手中指の指輪にはかなり大きいルビーがあった。相当羽振りがよかったのは写真でもわかる。鞄の中身は?」
「手紙とワイン、瓶ビール、あとどこかの店で買ってきたのか……ソーセージが入っていました。あ、手紙ですけど中身を改めましたが、読めなかったんですよね」
 ホークアイはそう言って、箱の中から結婚指輪を取り出し観察する。ライトを当てたり血痕を探したりするが、綺麗なものでただ金色が反射するだけだった。
……読めなかった?」
「いいえ。そもそも何も書かれていなかったと。ブラックライトを照射したり、ドライヤーの温風を当てたりして色々調べたそうですが、何も文字が出てこなかったということです」
……魔術的な認識阻害かしら。この箱も結構複雑な認識阻害がかかっていた。それに箱の裏側に描かれているこの、マーク……
「この殺人に魔術師が関わっている、って言うんですか?まず彼らはかなり行動を制限されているはずでは。実社会に関わるときは基本的に警察の監視が……
「魔術師が普遍的な倫理観を持ち合わせていると思う?自分たちが追い求める願望の為になら簡単に命を投げ出せるような連中だし、平気で人も殺すわよ。大概の魔術師は自分の目標のために行動を制限されることを嫌うわ。だから魔術師のほとんどは裏社会に流れている……ってこれ、警察の間でも共有されているんじゃじゃないの?」
 私は眉を寄せながらホークアイに言う。「いやぁ……」と苦笑いしながら彼は箱の中に指輪を戻した。
「手紙の事だけど。手紙の宛先も不明?」
「宛先はわかっています。一通はアリシア・モントベル卿宛。もう一通はツェペシ・バートリー卿宛です。二人とも血統に馬子がいる混血貴族ですね」
「卿らについて何か調べたの?」
 私はエッグプラントを追いかけて、奥の部屋の廊下へ足を踏み入れながら言う。ホークアイは私の後ろをついて来ながら、私の質問に答えた。
「ええ。バートリー卿に関してはあまりわかりませんでしたが、モントベル卿は色々出てきましたよ。彼女は人ではありません。純血の馬子です。ですが神秘秘匿執行官が傍にいるようなので、特に彼女は問題ないかと」
「原種変態能力者ね」
「多分、そうだと思います。……はぁ……なんだってこんな事に……
 ホークアイはため息をついて、奥の部屋へ視線を向けた。私は奥の何もない部屋に足を踏み入れ、床をのんびりと歩いているエッグプラントを抱えあげる。エッグプラントが首を向けた先には、妙に新しい白い壁があった。
 私は近づいてそっとその壁に触れる。そこにはやはり何か魔術を行使した痕跡──魔力の残滓と、先ほど見つけた竜鱗が僅かにだが、壁の下部にこびりついていた。私は人差し指で壁に円を描き、唇を少し引いて聞こえないように呟く。
「──“Show yourself to me”」
 ぼんやりと指先が青白く発光する。こぽこぽと音を立てて水蒸気が水に変わる。空気中の水が魚の形に姿を変え、私の周辺を泳ぎまわる。影から黒い狼に似た犬が這い出して私の傍に侍る。契約妖精──ブラックドッグは遠吠えの声を上げてイワシの群れを導いた。
「これは──」
……喜んでもいいぞ、ホークアイ」
「ちょ、何したんです!?レディ!」
 驚いたように声を上げ、ホークアイは私の肩を掴む。イワシの群れが海中をぐるぐると泳ぐように、部屋の中をたくさんの魚が埋め尽くしていく。
……“Cover up.Reveal it.Spin it out.
  All into theprimordial sea”」
 私は手を胸の前で合わせる。魚たちは金色の光を上げて空間を埋め尽くし、はじけて消えた。代わりに床と壁に、焼き付いたような魔法陣と部屋の四隅にぼんやりと発行する竜の鱗が現れる。赤と青のまじりあった、オーロラのような妖しい輝きを持つ大きな鱗が四つ転がっていた。
 魔法陣の中央に立つ私とホークアイは、その魔法陣の中央に置かれた物を物語る赤い床のシミの真上に立っている。
「これは一体何なんです?ミス・ワトソン。まるで……悪魔崇拝のような──」
「カトリックか?」
「ええ、まぁ……一応、ですけど」
 ホークアイは狼狽したように答えた。私は一匹ふわふわと宙に浮いている魚を指でつつき、ホークアイの方に向かわせる。
「そう。……悪魔崇拝の黒魔術に見えなくもないが、これは違う。これは錬金術の魔法陣。しかもただの錬金術じゃない。……これは人体錬成陣よ」
「人体錬成!?それって漫画とかであるやつですか?確かジャパンの漫画でありましたよ。タイトルは……
「『FULLMETAL ALCHEMIST』?」
 私は記憶を手繰りながらホークアイに問いかけた。
 眼鏡を外し、両目に魔力を収束させていく。部屋の内部がモノクロに見え始めたのち、私はぼんやりと部屋で何が行われていたのかを荒い映像で確認した。
「そう、それです!面白かったんですよね~」
 彼は実に楽しそうに言った。私は眼鏡をかけ直してホークアイの方に顔を向ける。
「現実は違う。……特に、幻想種を触媒に錬成を行うなら錬金術に限度はない。加えて成功率も限りなく高い。……魔力という燃料。小鹿の新鮮な心臓二つに、四つの竜の鱗。種族の違う妖精二匹の死体。内臓を抜いた若い馬子の体。そうした材料を使って、人体錬成を行う。そうして生まれた人造人間をホムンクルスという風に呼ぶの」
「ここでそんなことが……?じゃあ、ハリッツが殺されたのはその錬成を行う様子を目撃してしまったから、ですか?」
 ホークアイは床の赤黒いシミに触れながら私に問いかけた。
「少し違うわ。これは恐らく……罰よ。罰を、受けたの」
 私はそう言って一瞬窓の外を見る。
 少し離れた建物の先に一羽のカラスが留まっているのが見えた。私は眼鏡を外してカラスをじっと見る。
 術者は恐らく、神秘秘匿執行官。あの距離に来られるまで気付かなかった。
 私は眼鏡をかけ直してカラスから目線を逸らした。恐らく向こうは私の存在を把握しているだろうし、見ているだけならどうこうする気はまだないだろうと楽観的な予測を立てる。
 事実、今まで私の家に彼らが武装して押しかけて来たことは無い。大丈夫だとは思うが。
 問題はホークアイの方だ。ホークアイは血筋的に目を付けられている可能性がある。だがこいつも今まで神秘秘匿執行官にどうこうされた、という話はしないし、今は特に気にしなくてもいいだろう、と私は一度頭の隅にカラスを追いやった。
「あの……。罰って、どういう事ですか?」
「保険を想像してみなさい。契約者は保険会社と契約を結んだ時、一か月に一度保険料を会社に払う代わりに、車両保険や医療保険などのサービスを受けるわよね」
「そうですね……あ、契約者側の契約不履行……
 ホークアイは思い当たったように独り言つ。私はそうね、と言って続きを話した。新しい壁をコツコツと軽く叩いてみる。私は壁の横にある細い溝を軽くなぞって一人で納得した。
「ええ。妖精との契約には絶対に破ってはいけない大原則が三つある。契約した妖精と同族の妖精を殺してはいけない、契約内容は必ず履行しなければならない、契約した妖精の遺体を礼装に加工してはいけない、という三つよ」
「それを破られて怒った妖精が、罰を下しハリッツを殺した……。動機にはなりえますね。けどどうやって?遺体に傷はありませんでした。妖精といえども殺人にはなにかしら証拠が残るはずではないですか?」
 ホークアイの指摘はもっともなものだった。
 横でホークアイはうんうん唸って、突如「ああ!」と声を上げた。
「わかった!トーマス・ハリッツは死んでいなくて生きながらえている!」
「ないわ。DNA鑑定もしたんでしょ。流石に魔術でもDNAまでは誤魔化せない」
「うっ……ですよね。じゃあどうするんですか。このままじゃ迷宮入りですよ」
 ホークアイはそんなことを言って手に持っていた箱を再び開いた。私はその箱の中から指輪を取り出す。
「先にこれの持ち主を探すわ」
「はぁ……
 ホークアイはピンときていないのか、ぼんやりとした返事を返した。
……はぁ、じゃないわよ。この指輪を取りに来たやつを尾行するの。そうすれば犯人に迫れるかもしれない。殺人現場で発見されたこの箱とその中身が事件に無関係だとは思えない。まずあの暖炉の扉には一度こじ開けられた形跡があった。なら状況から考えて、ハリッツが死ぬ直前にこの箱をここに隠したと思うのが自然でしょ」
「別に動いている人間がいる、と……?」
「なぜ人体錬成を行ったのか?そこには必ず理由がある。それにこの箱や指輪についても」
「情報を増やすのが最優先、ですね」
 ホークアイは私の発言を継ぐように言った。私は目を伏せて頷く。
「じゃあ指輪は任せてください、レディ。宣伝も俺がやっときますよ。……ここから先は警察のお仕事です。レディを危険には晒しませんよ」
「一般市民の私からすれば、あんたに関わること自体危険なんだけど」
……それはそれ、これはこれです」
「こいつ……

✤