χχχ-medµme アンシーリーコート:探偵不在の事件録【CASE.01】

【CASE.01】探偵不在の密室
※改行が少ないため縦書きリーダー表示で読むことをお勧めします。

【あらすじ】
舞台は暗転し、明かす者は既に無く、彼らはただ取り残される。
これより語るは、探偵亡き世の物語。
彼の者の凋落よりおよそ120年。喪に服し続ける嘗ての右腕が、ひとりの馬子に出会うとき、静止した時は氷解する。
嘗ての友の旅路を辿り、その真実を秘匿せよ。そして拭い去れない夜を覆う──この世界の謎を解け。

ベイカー・ストリート221Bに拠点を構える小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンのもとに奇妙な事件の話が持ち込まれる。それは嘗てロンドンを賑わせた探偵小説──シャーロック・ホームズの始まりの物語、「緋色の研究」で綴られた状況に酷似していた。密室で殺害された男。壁にかかれた『RACHE』という血文字。しかしそれらが示すのは、この世ならざる幻想の気配。そしてワトソンがひとりの馬子に出会うとき、黒よりも黒に彩られた真実が示すものは?
〈χχχ-medµme〉第一部、全ての始まりはこの場所に。

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 白い光が視界を覆い尽くし獣は奇跡によって梯子を昇る。白い十字架のような光がそこに堕ち、この世界に嘗て存在していた、奇跡の極点を再現した魔術が弾ける。理性を失った獣は海戟の威光に目を潰され、身体を蒸発され──全ては海の内側へ戻され、そしてそこにいた痕跡さえ消し去る。
 光がダイヤモンドダストを偽り墓場に降り注ぐ。地面の一部分が隕石の衝突によってできたクレーターか、それとも何らかの爆発物がそこで爆ぜたのか円形にえぐり取られ、その中央には有機物がいたのだろうが、熱量に耐えかねて完全に蒸発したような痕跡が遺されていた。
「我が師、……申し訳、ありません。このような醜態を、」
……気にするな。治してやるから大人しくしていろ」
 私は血みどろになっている彼の体に触れる。出血量からして臓器の一部分が破裂しているのがわかるが、なりふり構っている場合ではなかった。魔力を彼の体に通す。金色の魚が一気に私の影から噴き出し、アルブレヒトの傷へ殺到していく。
 私は唇から詩を紡ぐ。本来であれば妖精言語は人間に発声できないが、私は人ではない。原生神秘であるこの身であれば、奇跡そのものに方向性を持たせることができる。魚が傷をつつくたびに傷が修復されていく。血管が繋がり、元に戻り、組織が再生し、そして皮膚が筋肉を覆う。まるで傷そのものが無かったことになるかのように治癒していく。

 誰かが言った。傷ついた魂さえ修復する私の奇跡は、まるで『救済』だと。

 この力が救済であったなら、私はきっと愛した人を救えたはずだ。
 この力が救済であったなら、私は愛した友を失わずに済んだはずだ。

 私は歯噛みする。アルブレヒトの傷は完全に修復されていた。
 彼が赤子の頃、私は彼に名を与えた。それは彼の運命を縛る行為でもあった。だが彼はそれを是とした。貴方の力になれるならばと剣を取ることを厭わなかった。
……すまない。もっと早くこの状況を予見できていれば」
「問題ありません。神秘秘匿執行官であれば、危険な目に遭うことは覚悟していました」
「あの、ワトソン先生……さっきの、馬の化け物って……
……お前たちが倒したというその悪妖精に固定化されたハリッツの心臓を移し代えた個体、というのが先程の獣だ。体は消したが心臓を穿った感覚が無かった」
「え、ええ!?じゃあもしかしてまだこんな化け物がどこかに現れる可能性もあるってことですか」
……ハリッツは虚数魔術の使い手だった。虚数空間に心臓を格納し、生と死の狭間という状態を疑似的に作ることができる。しかも厄介なことに今のあれはハリッツそのものではなく、彼の意志の残りカスと呼ぶべき何かだ……彼自身は既に死んでいるからな」
「シュレーディンガーの猫、みたいな話ですか」
 ホークアイはいかにも最近覚えたといった風で言葉を紡いだ。だが実際のところ虚数魔術はそういうものである。
 虚数魔術は空間魔術の応用に近い。私が亜空間に自分のステッキを収納するように、虚数魔術は『あるのかないのかわからない』という不確定な状態を扱う。基本的に仮想の質量と仮想のエネルギーを『あるもの』として仮定した状態で扱うのだ。即ち最も不確定な魔術であり、現代科学が今まさに挑んでいる幻想でもあった。
……問題はあれが次に誰の死体を乗っ取る気なのかがわからないこと。さらに言えば、恐らく真犯人は一度も手を下していない。これが最大の問題だ」
「ハリッツの心臓だけが生きてて暴れてた、なんて……こんな結論出したら警部に殺されますよ」
……それに指輪の一件もある。ハリッツは死んでなおとことん真犯人に利用されている。……推測だが、あの指輪には血縁者を操るような範囲を限定した傀儡魔術が付与されている。ハリッツはハイドノーブルの構成員だが、それ以前にハイドノーブルの血縁者だ。だからこそ傀儡魔術で彼を操って妖精との契約を破らせ、妖精に殺害させるという形で奴を消すことが可能だった」
「広義的な教唆犯ってことですか」
「そうだな。……モントベル卿の一件はまだ不明点があるが、指輪をどうやって盗んだのかはもう結論が出た」
「え!?マジですか!?」
 素っ頓狂な声を上げるホークアイに、アルブレヒトはやれやれと言わんばかりに首を横に振った。
「虚数魔術ですね。一度物体との間に繋がりができればそれを目印に虚数空間へ引っ張り込むことができますから」
……その通りだ、アルブレヒト」
「な、なるほど……確かに虚数空間とか監視カメラなんかに映るわけがありませんもんね。指輪だけが忽然と消えるのは、まあ、納得……、かもしれません」
……宝石強盗と共に居たという魔女教徒だが、その人物は生贄によって魔術を強化していたのだろう?」
「ええ。──お待ちください。まさか、あれは……
……その魔女教徒は恐らく屍人だ。魂が固定化された心臓の主導権は妖精ではなく、傀儡魔術によってハリッツを操っていた術者に移されたのだろう。
 指輪を狙っていた人物は魔女教でも、ウェルズの森の魔女でもない。最初からハイドノーブルの内部にいた。そしてアルブレヒトが肉体を殺害したことで心臓は再び虚数空間へ戻る。そして元のあるべき場所へ戻された……悪妖精化した契約妖精の、疑似的な器へ」
「その結果、俺たちがあの化け物を倒す羽目になったってことですか……でも、どうしてそんな手の込んだ真似を?しかもわざわざまたこのイースト・ヒル墓地で?」
 私は蹄鉄を手に取った。一般的なものと大差ないそれはアルミニウムと思われた。釘を打ち込むための枠の上に、『Rachel』と名前が彫りこまれている。
 ダヴェントリー・ストリートで死んだハリッツ。その現場に残された血文字が彼女の名であったなら、それが何を意味しているのか。何故悪妖精化した契約妖精がここへ来たのか。そしてなぜ、再びこの場所でレイチェル・アーカーシャの肉体を次の器に選んだのか。
 もしもここに全てを解き明かす名探偵がいたならば、どれほど良かったことだろう。
 私は唇を噛む。不朽の探偵が死んで127年が経つ。未だ前に進めない私は、ここにいない彼の影を追うほかになかった。

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