χχχ-medµme アンシーリーコート:探偵不在の事件録【CASE.01】

【CASE.01】探偵不在の密室
※改行が少ないため縦書きリーダー表示で読むことをお勧めします。

【あらすじ】
舞台は暗転し、明かす者は既に無く、彼らはただ取り残される。
これより語るは、探偵亡き世の物語。
彼の者の凋落よりおよそ120年。喪に服し続ける嘗ての右腕が、ひとりの馬子に出会うとき、静止した時は氷解する。
嘗ての友の旅路を辿り、その真実を秘匿せよ。そして拭い去れない夜を覆う──この世界の謎を解け。

ベイカー・ストリート221Bに拠点を構える小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンのもとに奇妙な事件の話が持ち込まれる。それは嘗てロンドンを賑わせた探偵小説──シャーロック・ホームズの始まりの物語、「緋色の研究」で綴られた状況に酷似していた。密室で殺害された男。壁にかかれた『RACHE』という血文字。しかしそれらが示すのは、この世ならざる幻想の気配。そしてワトソンがひとりの馬子に出会うとき、黒よりも黒に彩られた真実が示すものは?
〈χχχ-medµme〉第一部、全ての始まりはこの場所に。

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 数刻後──



 地下鉄、ベイカー・ストリート駅の比較的近い場所にある軽食を売っている店に向かう。コーヒーとサンドウィッチを二人分購入してシャルルマーニュに手渡してやれば、「ありが~と♡」とわかりやすい猫なで声で礼を述べた。
 背丈の大して変わらない男が二人、店の外に置かれたテラス席の畳まれたパラソルの前に突っ立っている。
 結局私は何もかも──抵抗する事の全てを諦め、最も己にとって馴染みの深い男性体に変態していた。自分自身が過去の亡霊であることはよく理解しているつもりだったが、それよりもずっと深い所、失落の瀑布で私の時間は止まっているらしかった。
 ロンドン市街では珍しくもないチェーン店のロゴマークが入った紙製のコーヒータンブラーは温かく、蓋の飲み口、その隙間からキリマンジャロブレンドの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。ふと購入してから馬子にコーヒーは良くないのだったかと気づいたが、特に何か気にする様子もなく蓋を外して液体を胃に流し入れていた。
……状況を整理したい。お前はこの事件についてどこまで知っている?」
 私は卵のサンドウィッチを丸呑みにして問いかけた。シャルルマーニュは「うーん」と声をあげて視線を左右へ動かし、「正直言うぜ。怒るなよ」と前置きをした。
……内容による」
「微塵も分かってねえ。あの場じゃ分かったようなフリしてたが、ずっと混乱してんだ。そもそも魔術なんてハリー・ポッターの世界の産物がこの世にあるってことも俄かには信じ難い。魔術儀式に見立てた密室殺人って言われた方がよっぽど納得するぜ」
…………まあ、そうだろうな。如何に魔術という行為が『馬子の背骨に触れるようなこと』であろうと、馬子であるお前は自分の背骨を自分で割ることなどできないのだから」
「なあジェームズ。本当にハリッツ殺しって魔術による殺人なのか?レディ・モントベルはシンプルに刺殺だったのに、何でハリッツだけ?」
……魔術師を殺害しようと思ったら、普通の方法に頼ることは意味がない。魔術師は魔術や幻想のルールの中でしか殺せない」
「そりゃあどういう意味だよ」
 シャルルマーニュは目を丸くした。私は手の内で空になった使い捨てコーヒーカップを空間魔術で圧縮する。コイン大の大きさまで一気に圧縮されたカップを見た彼はぎょっとした顔をして私と手の中の紙屑を交互に見つめた。
……奴らはまだ人の世にしがみついているが、実際のところ俗世の人々にとってすれば人外魔境の住人に等しい。今のように、呼吸一つで魔術を使えるなら尚更だ。そんな相手にナイフや拳銃が有効な殺害方法になり得ると思うか?」
「思えねえけど、いや、今の何」
……空間魔術の一種だ。お前は既に目にしているはずだぞ。私は杖を亜空間に収納している。好きな時に取り出すことが可能だ」
「あー、この間の、あのステッキ……
 牡馬は漸く頭が回り始めたのか、ふんふんと頷くようにしてすっかり冷めてしまったコーヒーの残りを飲んだ。冷めたことで苦味が強調されたのか、眉が僅かに顔の中心へ寄る。
……まず、ハリッツは契約妖精──即ち魔術を扱う上で不可欠な存在との契約を反故にした。その結果罰を受けてあの密室で死亡した、と私は考えている。だがそれが傀儡魔術によって行動の誘導を受けた結果であったなら、話は変わってくる。ハリッツはハイドノーブル家が持つ機密情報を他国に漏洩しようとした、或いは漏洩したのだろう?その他国、とは何処なのか。……いや、誰なのか」
 シャルルマーニュは難しい表情を浮かべて続けた。
「俺のことを疑って、る……みたいだな」
……当然だ。お前は英国に来たばかりと言いつつ、この一件を随分と深く知っている。お前がヒースロー空港へ降り立ったのは事件が起きるよりも前、今から二週間前のことだ」
「あっ!?俺のパスポート!いつ取ったんだよ、返せよ!」
 私は彼の手が届く寸前で虚空へパスポートを放り込んだ。
……返して欲しいなら洗いざらい話せ。お前がまだ話していない全てを」
「あーもう!降参だ、分かった、話すよ」
……最初からおとなしくそうしておけばいいものを」
 しょげるシャルルマーニュを横目に睨み、私はタクシー乗り場に目を向ける。表通りに面しているこの店は密談向とは言い難い。
 タクシー乗り場のそばに赤い公衆電話ボックスが置かれている。そこを目印に一本奥まった細い道が一つ。建物と建物の間、袋小路となっているそこへ私は突き進む。何処行くんだよ、行き止まりだぜ、という嗎は無視して、赤い電話ボックスと同じ形をした黒い電話ボックスの扉を開けた。
「スマホ持ってないのか?貸すぜ?」
……残念ながらiPhoneを持っている。この電話ボックスはエレベーターだ」
「は?エレベーター?何処行きの?」
 早く来い、と私は入り口のドアの前で立ち止まっている牡馬の腕を掴んで狭い室内に引き込む。トレンチコートのポケットに突っ込んでいた古いコインを、これまた旧時代の化石のようなダイヤル式の電話機に備え付けられたコイン投入口へ放り込み、四桁の番号を回して入力した。
 そして私は受話器を取って、久々にその文句を口にする。
……神秘管理局、神秘編纂課所属。エマ=ジェームズ・ワトソン。フロントより客人を迎え入れる。承認を」
『承認します』
 機械的な音声が受話器から流れ、直後電話ボックスの内側に黒い幕が降りる。「おわ!?」とわかりやすく驚いて私の背中にしがみつくシャルルマーニュに鬱陶しさを感じながらも、
……揺れるからそのまましがみついておけ」
「揺れるって何!?」
 私は受話器を元の位置に戻した。その直後、床がそのまま下降する。シャルルマーニュはやはり、「ぎゃーっっっ!!!!」やたら喧しい叫び声を上げ、耳は頭に張り付くほど引き倒し、私の背中にセミのようにへばりついていた。

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