χχχ-medµme アンシーリーコート:探偵不在の事件録【CASE.01】

【CASE.01】探偵不在の密室
※改行が少ないため縦書きリーダー表示で読むことをお勧めします。

【あらすじ】
舞台は暗転し、明かす者は既に無く、彼らはただ取り残される。
これより語るは、探偵亡き世の物語。
彼の者の凋落よりおよそ120年。喪に服し続ける嘗ての右腕が、ひとりの馬子に出会うとき、静止した時は氷解する。
嘗ての友の旅路を辿り、その真実を秘匿せよ。そして拭い去れない夜を覆う──この世界の謎を解け。

ベイカー・ストリート221Bに拠点を構える小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンのもとに奇妙な事件の話が持ち込まれる。それは嘗てロンドンを賑わせた探偵小説──シャーロック・ホームズの始まりの物語、「緋色の研究」で綴られた状況に酷似していた。密室で殺害された男。壁にかかれた『RACHE』という血文字。しかしそれらが示すのは、この世ならざる幻想の気配。そしてワトソンがひとりの馬子に出会うとき、黒よりも黒に彩られた真実が示すものは?
〈χχχ-medµme〉第一部、全ての始まりはこの場所に。

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 ──英国神秘管理局 ロンドン支部


 この世界の神秘を秘匿する役目を担った組織は、ロンドンの真下に秘匿された空間をいくつも持っている。それらは全て神秘管理局が管轄する組織であり、表──魔術師はよく『フロント』と呼称する──その世界とはあの黒い電話ボックスのみを出入り口として、俗世とは隔絶された仕事人がそこで働いていた。
 英国神秘管理局の総本部はエディンバラに置かれているため、ロンドンは支部という扱いだ。しかしロンドンの真下に、と言ってもそれは言葉の綾というもので、実際に地下にそのような人工物が広がっているわけではない。これは一種の人工的な異界であり、フロントという巨大な幹から小さく芽を出している胴咲きの花だ。
 かつて神秘管理局を設立した古代の魔術師たちが、現代の魔術では再現不可能な奇跡とも呼べるそれを行使して作り上げた、今でも時折増改築が行われる現役の城砦結界──ラウンドテーブル。
 これこそが欧州各国において『神秘管理局』と呼ばれているものである。
 私は呆けているシャルルマーニュの肩を小突いた。電話機で合わせた番号は座標、すなわちあの電話ボックスから直通でロンドン支局の建物へ向かった。表の地図と照らし合わせれば、そこは大英博物館に重なる。つまりロンドン支局は大英博物館の真下に位置している、という事だ。
 そこで働く人々は表の人々と大差ない。スマホ片手に道を急ぐ紳士もいれば、まだ学生にも見える者もいる。唯一の差はここにいる者が基本的に全員魔術師であるか、または幻想の住人であることだ。
 建物の内装とてそこまで大きく変化しているわけでもなく、違いがあるとすれば雰囲気が全体的に現代的か、十九世紀のロンドンに近いかというだけに過ぎない。
「もう何でもアリだな」
……神秘秘匿執行官に会うぞ」
「それって確か魔術師殺しのプロだっけ」
 少々古い知識を持っているらしい牡馬はそう問いかける。
……今は魔術師だけにとどまらない。現実社会で脅威となる幻想種の征伐、さらに言えば幻想や神秘が絡んだ事件の真実を秘匿することも彼らの仕事だ」
「なるほどなあ。けど今回はヤードに一歩先を越されちまった訳だ」
「妙に鼻がきく小鳥がいるらしい」
 シャルルマーニュは私の言葉に少し小首を傾げたが、こちらへ真っ直ぐに向かってくる人影を認めて、そちらへ注意を払った。
 銀色の長い髪はワインレッドのリボンでまとめられ、軽薄そうな笑みを浮かべた唇の隙間からは犬歯が覗いている。
……ツェペシ。何故お前がここにいる」
「いやあ良かったよ、ワトソン。221Bまで行く手間が省けた」
「白々しい事を。どうせ私が来ることは見越していたのだろう」
「まあね。けど君に会えてよかったと思っているのは本当だ。──それに、卿にも」
 ツェペシの紅い瞳の奥で、爬虫類のような瞳孔が細まる。
「俺はシャルルマーニュ。シャルルマーニュ・ハイドノーブルだ」
「存じているとも。幻想を知らぬ身でよく色々調べたもんだよ。どうやって禁書庫に入り込んだのかとか、聞きたいことはかなりあるけど今はそれどころじゃない……もしかしたら既に知っているかもしれないが、スコットランドヤードの証拠品保管庫から件の指輪が盗まれた。幸いまだ他に何か事件は起きていないようだがね」
「ジェームズ、それってこの間言ってた話だよな」
……ああ。不本意だがその話をするために来た。アルブレヒトはどうした?」
「ジョンなら──ああ、来たよ。こっちだ」
 私は神父のような姿の青年を視界に入れる。薄い金色の短髪に、ペールブルーの淡い色の瞳。銀縁の眼鏡がかかっており、肩に眼鏡のチェーンが流れている。遠目で見てもはっきりわかる上背で、190センチは下らないだろう。
「お会いできて光栄です。ドクター・ワトソン」
……その呼び方は止せ。私はもう、その在り方で通してはいない」
「配慮を欠いた発言をお詫びします。早速ですが本題に入りましょう。貴方の時間を無駄にはできませんから」
 アルブレヒトは奥まった談話スペースに私たちを案内した。衝立の向こう側には二人掛けのソファと、ヴィクトリア時代を彩ったバルーンバックチェアが二脚置かれていた。ソファとチェアの間に置かれたマホガニー材のローテーブルには、既に紅茶の準備がされている。
 彼は指を一度軽く振って人避けの魔術を張り、私とシャルルマーニュに椅子を促す。私はいつも通り、二人掛けソファの左側に腰かけた。
 神秘秘匿執行官であるジョン・アルブレヒトは生真面目で堅物な男である。しかしその在り方はある意味で、とても神秘秘匿執行官に向いた基質であると言えるだろう。
 幻想を深く知る者は時としてその幻想に耽溺し、そのまま飲まれてしまうことがある。
 だがこの四角ばった男は、全く流されないのだ。つまるところ冗談が通じない、はっきり言ってしまえば『面白みのない人間』という評価を下されがちな人物である。
 だが私は、この人物のそういう側面を少し好ましく思っていた。名付け親であるからかもしれない。
「先日の宝石店を襲撃した強盗団の事をご存じですか?」
……銃を乱射して派手に暴れたらしいな」
「その一件に魔女教徒が関与しています。茨を操る魔術師が警官を襲っていました」
 アルブレヒトは眼鏡のブリッジを右手の中指で押し上げた。
……魔女教徒だと?何故またそんな人物が?」
「詳細は不明です。回収した遺体の分析結果、生贄によって魔術の効果を底上げする術式が肉体に刻印されていました。それと、件の強盗は指輪を狙っていたのですが──」
……奴らは捕まったとホークアイに聞いているが」
「ご存じでしたか。彼らは破格の報酬で釣られて依頼を受けた、所謂ストリートギャングの下っ端です。重要な情報は何一つ握っていませんでした」
「ごめん、ちょっと待った。魔女教徒って何?カルト宗教?」
「間違った認識ではありません。シャルルマーニュ・ハイドノーブル卿」
 アルブレヒトは眼光鋭いペールブルーの瞳をシャルルマーニュの方へ向けた。氷のように冷たい光が彼を射抜いている。
「きょ、卿だなんて勘弁しろ。俺は貴族とは無縁の生活を送ってきたんだ……
「失礼しました。では、ミスター・シャルルマーニュとお呼びしますが──魔女教は神秘管理局が唯一敵対組織として認定している魔術結社です。表向きは貴方が言う通りカルトですが、その実態はカルトよりも悪辣なものとお考え下さい」
「カルトより悪辣って」
 怖気づいたようにシャルルマーニュは語気を弱めた。アルブレヒトはそんな様子を一切気にすることなく、無感動で平坦な口調で続けた。
「ミスター・ワトソンより聞いているかもしれませんが、魔術師というのは基本的に普遍的な倫理観や自制心を持ち合わせていません。己が求めるものを得るためならば平気で命を捨てる連中です。魔女教はそういう連中のなかでも特に危険な者が集まっています」
「けど、その魔女教が何でまたハイドノーブル家の家宝を狙うんだよ。そもそもあの指輪に関する情報は当主代理ぐらいしか知らねえはずだ。俺もあいつに……シャルロッテワルツに色々聞かされるまで何も知らなかったしよ~~、……待てよ?……ハリッツはもしかして魔女教に指輪を渡そうとしていたのか?」
「可能性としては考えられます。しかしそうであれば、わざわざあのような手の込んだやり方をする必要はなかった」
……『RACHE』か」
 私はアルブレヒトの言葉に対しそれを口にした。
 ドイツ語で『復讐』を意味するその言葉は、『緋色の研究』事件──即ち、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトソンが出会い、相棒となったその物語においてとても重要な意味を持つ単語である。
……シャルルマーニュ。シャルロッテワルツ卿に話を聞きたい。取り次いでくれるか」
「オーケー、マイ・ディア。任せ~て♡」
……その呼び方は二度とするな」

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