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アスナショウコ
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【創作|馬軸】春雷-極光
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【創作|馬軸】春雷 褪色- 花散りて、なお [了]
七話~最終話です。
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十月末__ 天皇賞・秋直前
「はい、お大事に」
白綾刧は大きな猫を抱えた女性を見送った。獣医師なので患者はその大きな猫なのだが、その猫は背丈が大きいというわけではなく、横に大きい。要はメタボなのだ。最近こういう動物増えて来たよな、と刧は思いながら顎を撫でる。
娘__白綾后子の仕送りのおかげでかなり生活は楽になったが、心の隅で「娘のヒモ」という単語がちらついている。馬券で大儲けした分(大抵后子が大穴をブチ開けて、それで大儲けしている)もあるので、実際ヒモと言う訳ではないが、それでも収入源の半分は娘の仕送りだった。
「刧さ~ん!」
「怜奈か」
雑居ビルの一階でスナックを経営する神宮司怜奈が飛び込んでくる。刧は気だるげにキャスター付きの椅子に乗ったまま緩い服装の怜奈を出迎えた。怜奈は后子の幼馴染である。刧にとっては親戚の子供同然だった。診療時間中だぞと言いつつも刧は怜奈に近寄る。そして差し出されたスマートフォンを見た。
「火急の要件やねん。見てこれ。天皇賞・秋の指定席。二人分だけ当たった。行こ」
「多分俺、馬主席で入れる」
「へぁ!? ずる!!」
「神代さんがどうせ『来い』ってうるせえからな。俺はそっちに付き添うから、誰か好きな奴と一緒に行けよ」
「好きなやつ言うてもなぁ
……
后子は出走者側やし
……
あぁ!! せや、壇官誘うわ」
「お前そんなコネあんのかよ!?」
壇官、というのは競馬好きで知られる俳優の名前だった。漆黒の髪に紺色の瞳。美しい容姿で人気を博しており、ハイブランドの広告や化粧品の広告も担当している。
俳優に疎い刧でも官の名は知っていた。嫌でも歩けば必ずどこかの街灯広告で目にする。そんなレベルの人気俳優なのだ__だがしかしこの大阪が地元である。気を抜くと大阪の気配が漏れ出すところも人気を博す理由の一つだった。
「コネやあれへんよ~。身内やもん」
「血縁あんのか? じゃあそこからいい男紹介してもらえるな。でも俳優より騎手のが稼いでるまであんぞ」
「う~~ん
……
確かに瀬川迅一も顔は好みなんやけど、后子とロジェールマーニュの三冠を阻んだやんか、ダービーで
……
フジサワコネクトの落鉄。それで
……
」
「ありゃどっからどう見ても事故だろ。后子だって納得してんだ」
「そうかて、あれあそこで減速せんかったら差せたかもわからんやん」
怜奈のいう事も一理ある、と刧も思わないわけではなかった。だが競馬に「たられば」は禁物。確定した結果を動かすことはできないコンマ一秒を争うスポーツ。それが競馬だ。刧は競馬雑誌のロジェールマーニュ特集号を引っ張り出して陣営のコメントをなぞってみる。ロジェールマーニュが二冠を取った、という特集号だった。
「はぁ、いつ見てもええなあロジェールマーニュ。最高や
……
」
「
……
生まれた頃はすげえ線が細くてちっこかったんだけどな」
「ん?」
怜奈はどういうことなん、と刧に問いかける。刧は后子とロジェールマーニュが並んでいる写真を眺めながら話し始めた。
「逆子だったんだ。しかも予定日より早く産気づいてな。それで小さいまま出てきた」
「ちょ、ちょ待ってや。何で刧さんそないなこと知ってんの」
「こいつは俺がとりあげた。
……
牝馬のケツに腕突っ込んで大変だったんだわ。しかもこの日、北海道はものすごい嵐だった。飛行機が飛ばねえってなって、神代さんとこに滞在する日程を一日伸ばした。そうしてなけりゃ、ロジェールマーニュは多分
……
」
「刧さんてほんまに獣医なんやね
……
」
その言葉に刧は口に含んでいたのど飴を思い切り噛み砕いた。苦々しい顔を怜奈に向ける。怜奈は刧から雑誌を奪い取って読み始めた。
「お前死ぬほど失礼だな。まぁ、とにかくそんな感じでロジェールマーニュが爆誕したんだよ」
「せやけど確かロジェールマーニュて、今の体重五三〇キロぐらいあれへんかった? そんな小さないよね」
「あいつは多分人間の言葉わかってるぞ。牧場で繫養してセラピーホースの仕事も視野に、っつう話を神代さんがしだしたら急に成長し始めたんだと。そして気づいたら今じゃGⅠ三勝
……
か」
「イギリスは惜しかったなぁ
……
。ハナ差三センチとか、もう同着でええや~ん」
「ま、そのスワンレイクリターンズをあっさり撃破してフジサワコネクトが敵討ちしてくれるけどな」
賭けといてよかった、と刧はにやつく。フジサワコネクトに賭けた馬券はなかなかな金額になった。そしてそんな風に強くなって帰還したフジサワコネクトの評判はうなぎ登りである。
彼らは世代の頂点__〝二強〟と呼ばれている。牝馬らしからぬ剛健さとしなやかなバネを併せ持つ『鉄骨娘』フジサワコネクト。どんな作戦にも対応し、圧倒的な速度で駆ける自在脚質の『無敵の紳士』ロジェールマーニュ。そんな二頭がついに明後日激突する。
天皇賞・秋。東京競馬場、芝二〇〇〇メートル。中距離という点においては、フジサワコネクトの方が有利だと考える者も多い。それは暫定的なオッズにも表れている。現在の一番人気想定はフジサワコネクト、二番人気にロジェールマーニュが入る。だが侮れない三歳世代も出走を決めている。
正しく__群雄割拠の激戦。
恐らくそれは当日オッズに反映される。買い手の本命をどの馬にするか悩みが如実に表れ、着差のない接戦が演じられる。そんな風に刧は考えていた。
「刧さん、当日ちゃんと応援行かなあかんで!! ほんで勝って、ロジェールマーニュと一緒にウィナーズサークルに立つんや」
「まさか馬主席に入ろうとしてる?」
「フッ
……
芸能人の力
……
!!」
「もう約束取り付けたのかよ
……
」
刧は呆れながら楽しそうな怜奈を見遣る。診察室の壁に貼られた后子とロジェールマーニュの写真が光を反射して煌めく。きっととんでもない激闘になる__刧はそう思い、神代へメッセージを送信した。文面は一言、『秋天付き添いの件、大丈夫そうです。予定空いてます』である。
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