【創作|馬軸】春雷 褪色- 花散りて、なお  [了]

七話~最終話です。


幕間


『____鉄骨娘の根性と意地を見せるか!? 黒い紳士が優雅に勝利を収めるか!? いや……差し返せない!! さらに突き放すフジサワコネクト!! フジサワコネクト!! 瀬川迅一、フジサワコネクト!! 瀬川迅一、フジサワコネクトォオオオオ!!!!
____三十四年ぶりの牝馬ダービー制覇ぁああ!! フジサワコネクトだぁあああ!!!!』

フジサワコネクト、という強い芦毛の牝馬。少女は目を輝かせてパソコンの画面を見ていた。少し差をつけて二番手にいるロジェールマーニュはフジサワコネクトに差し返せずそのまま入線する。少女はベッドサイドにいる父に「もう一回! もう一回見たい!」とせがんだ。父親は「わかったから落ち着きなさい」と少女をたしなめる。
パソコンの画面の中で、昨年の日本ダービーの映像が再生される。少女はもう一度その画面を食い入るように見つめ、フジサワコネクトのぬいぐるみをぎゅっと小さな手で抱きしめた。柔らかい生地のぬいぐるみは少女の腕の中で大人しくしている。少女の細い腕からは点滴の管が二本伸びており、点滴パックに接続されていた。
ここは重病の小児患者が入院する大学病院の一室だ。少女はまだ一度も本物のフジサワコネクトに会ったことは無い。憧れの牝馬は遠く__画面の中で躍動している。

「ねえお父さん、フジサワコネクト、次はどこで走るの?」
「イギリスだよ。イギリスの大きいレースを走るんだ」
「ねえ、どこで見れるの?」
「また映像は持ってくるから」
「私も競馬場行きたい……
「病気を治したらすぐに行こうな。あぁ、先生__」

病室に医師が入って来る。少女はすっと医師から目線を逸らしてフジサワコネクトのぬいぐるみを膝に置いた。父親と医師は彼女の病状について説明をしている。少女はその説明をぼんやりと聞き流しながら、自分の体の容体が芳しくないことは理解した。フジサワコネクトに会えぬまま、憧れの彼女はターフに別れを告げるかもしれない__。そんな風に少女は思ってしまう。

「桜花ちゃん。今、気分は悪くないかい?」

医師はそんな風に少女__桜花に聞いた。名の由来は無論クラシックレースの「桜花賞」からとっている。少女の父親も母親も生粋の競馬ファンだった。桜花本人は己の名の由来など知らない。だが、フジサワコネクトのことはよく知っていた。

……

桜花は黙ったまま膝の上のフジサワコネクトのぬいぐるみを見つめていた。つぶらな瞳が桜花の瞳とかち合う。フジサワコネクトから「お返事しなきゃダメよ」と怒られた気がして、桜花は医師のほうへ顔を向け、口を開いた。

「気分は、悪くな……い」
「そうかい。……ああそのぬいぐるみ、フジサワコネクトか」
「! 知ってるの?」
「そりゃまあね。先生の爺ちゃんも競馬が好きでさ。フジサワコネクトは強いよなぁ。あのロジェールマーニュに先着してるんだから。彼女が本領を発揮するのは二四〇〇メートルぐらいなのかもなぁ」

医師はそんなことを言ってぬいぐるみの額を撫でた。白衣の胸ポケットには蹄鉄の形をしたクリップがついているペンが突っ込まれている。恐らく競馬場で売られているものだった。

「ねえ、フジサワコネクトが、世界で一番強いよね!?」
「きっとそうだね。間違いなくフジサワコネクトは強い馬だよ。『鉄骨娘』なんて誰が最初に言い出したんだろうなぁ……まさにその通りな異名だ」

〝鉄骨娘〟__誰が言い出したのか、フジサワコネクトにはそんな異名がついていた。桜花は「かわいくないなあ」と思っていたが、今はダービーでの走りや他のレースでの走りを見てしっくり来ている。
牡馬相手に堂々たる走り。王道の距離を、己の自在脚質を武器に駆け抜ける。地面を蹴り飛ばす後ろ脚は強く__『ドン!』と剛烈な音を立てて最後の直線で捲り上げる。そんな彼女は今、イギリスへ行くため準備している。まだ日本にはいるはず。桜花はそう思って父親に話しかけた。

「ねえお父さん、お手紙書きたい」
「お手紙? 誰に書くの」
「フジサワコネクトと、瀬川騎手。イギリスで、頑張ってください、って」