【創作|馬軸】春雷 褪色- 花散りて、なお  [了]

七話~最終話です。


翌年二月__ 京都記念(GⅡ)


短距離、マイル、そして中距離。三階級制覇に挑む__。
それは恐らく殆どの馬が挑み、しかしそれでいて成しえていない事だった。私は騎手として与えられた仕事を全うし、スノーホワイトを最速最短で勝利へ導く。京都記念は出世レースだ。ここを勝てば更なる飛躍が約束されている。
年が明けて六歳になったスノーは落ち着くかと見せかけて今年も大変荒ぶっている。放牧先でも牧柵を蹴って破壊し、帰厩してからも再び壁に穴をあけた。国美さんは「修理費が……」と頭を抱えていたが、そんな国美さんを前に完全に小馬鹿にした表情で舌をべろべろさせていた。やはりスノーホワイトはスノーホワイト。私ら人間の思う通りにはいかない馬で、だからこそ個性的で魅力がある白馬。

スノーホワイトにとっての今年の大目標は天皇賞・秋への出走、そして勝利。この一点だ。
加えて三月後半に行われるドバイへの遠征も予定されている。出走レースは無論GⅠ__ドバイターフ。だからこそこの京都記念で手堅く勝ち、弾みをつけなければならない……のだが。


(う~~んまだやる気なさそうやな…………

半分眠そうな顔のスノーは、岩蔵さんに引っ張られながらのんびりパドックを周回していた。いつも通り舌をべろべろしながら銜の位置を好きに弄り、時折岩蔵さんに撫でろと頭を寄せながらパドックを歩く。その様子から観客席から「かわいい」という声が聞かれた。
私は控えで周回する馬たちを見つつ、一番人気の推されている牝馬を視界に入れる。栗毛の牝馬だ。大変見た目は愛嬌満点で可愛いが、走りは全く可愛くない。他馬を蹴散らして長距離戦線を蹂躙している。今年の長距離GⅠ戦線における主役となれる牝馬。それが彼女だった。

フジサワコネクトのGⅠ大蹂躙も含め、近年は特に〝牝馬列強〟の様相を呈している。昨年桜花賞・オークスを制したエキセントリック、JBCレディスクラシックを制したアデリーペンギン、海外勢ならば日本生産馬のアツヒメ。他にも秋華賞二着に健闘したミケツコクノヒメ。
近年の競馬を引っ張るのは彼女らだ。牡馬の影が薄い。それは競馬関係者の間でも囁かれている。観客がこの京都記念で期待をかけるのはエキセントリックだ。スノーホワイトではない。オッズに表れるその期待値が私の心を逆に焚きつけた。

現在は六番人気。単勝十六倍程度がついている。スノーは相変わらず「止まれ」の号令がかかっても舌を好きに動かして岩蔵さんに甘えていた。私は鞭を左手に持ち直して控えから出る。スノーは私の方に顔を向けて「よぉ! ちゃぶ台返ししようぜ!」とでも言うように悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。私はいつものように首を撫で、鼻を軽く突いてからスノーに跨る。
曇天__分厚い雲が京都競馬場を覆っている。きっとこれから勝利の雨が降る。私はそう確信してスノーを地下馬道へ導いた。