【創作|馬軸】春雷 褪色- 花散りて、なお  [了]

七話~最終話です。


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天皇賞・秋では、下馬評をひっくり返して十五番人気とブービー人気だったライデンシャトリヒが二着に入線し、大波乱の決着となった。改めて皆が武内秀吉の騎乗技術の高さに驚愕する。そして三歳当時クラシックを賑わせ、一角を手中に収めんと直走った馬の復活に誰もが歓喜した。

一着__ フジサワコネクト。
二着__ ライデンシャトリヒ。
三着__ ロジェールマーニュ。

なお、二着と三着の間についていた差が四馬身もあった、ということも騒ぎに拍車をかけている。落ち目だ終わったと散々言われていたライデンシャトリヒが、二強の片方に圧倒的な差をつけているのだから当然だ。しかし一方でロジェールマーニュにハナを取らせなかったことで主戦騎手の白綾后子にケチがついていた。
アスコットゴールドカップでの走りが、ロジェールマーニュが本来持つ脚質であるというのは誰も信じていない。無論后子もそれを知るまではロジェールマーニュが逃げ馬だと思っていたほどだ。皐月賞・菊花賞での走りによって異次元の逃亡者の再来だと大騒ぎされ、それで結果を出しているからそう思うのも無理はないが。

ロジェールマーニュは天皇賞・秋を経て、有馬記念に出走。なんとか掲示板は確保した。そしてすぐ休養に入っている。存外に消耗しているという事で、来年春の始動戦までは休みつつ放牧先で調整し、整えば二月に帰厩。始動戦の阪神大賞典に向けて調教が積まれる予定だ。
一方ライバルのフジサワコネクトは、天皇賞・秋から約二か月後__ロジェールマーニュも出走した有馬記念で再び圧倒的な力で他馬をねじ伏せ圧勝してみせた。二着の馬に付けた差は六馬身。あまりにも強すぎて二着馬ライデンシャトリヒの調教師が「この馬に勝てるわけない……」と零した。その言葉をマスコミが見逃すわけがなく、当然記事になった。


武内秀吉は国美厩舎の二階で暖房にあたりながら、調教師であり同期でもある国美道長を待っていた。無事デビューを迎え、そして現在GⅠ朝日杯フューチュリティステークスの出走を控える牡馬__トゥザビギニングについての作戦会議をしに来たのだ。この馬の父は武内が初めてダービーを勝った馬だった。しかしその馬は病気で亡くなっている。武内はこの馬でのダービー勝利を彼への餞にしよう、と思っていた。

「悪いな、ヒデ。待たせた」
「気にすんな。しかし…………なんっだよ!!!! フジサワコネクト強すぎんだろ!!!!」
「同感。…………なんつう強さだよあれ!!!! GⅠ何勝だよ!!?? 今年で四勝、去年ダービーだろ!!!? 五勝!!?! 来年絶対四勝以上はするだろ…………はぁ……

頭を抱える国美は、頬杖をついて机の上に載っていたロジェールマーニュのぬいぐるみを撫でた。大きなぬいぐるみは何も言わずに座っている。六月に天皇賞・春を制した際、新たに販売されたLサイズの物だった。

「正直……秋天はロジェールマーニュとフジサワコネクトのマッチレースになると思ってたわ」

武内はそう言ってウォーターサーバーからお湯を紙コップに注いで、その中に粉末緑茶を適当にブチ込んだ。国美はその粉っぽい緑茶を受け取り、ゆっくりと啜る。苦みと溶け切っていない粉が口にへばりついた。

「ライデンシャトリヒを信用してなかったのか?」
「そうじゃない。二着まであがってこれると思ってなかった、って話。復調してたし……というか、晩成型の仔だからさ。今年の春口に『おっ?』って動きはしてたんだよねえ。だからまぁ……丁度秋天の時期に本格化したんだと思うわ」
「そうだな」
「んで、不運にもピークを終えたロジェールマーニュとのタイミングが被った__って感じだろ。けど全然問題なくGⅠでも戦える。流石は無敵の紳士__来年の大阪杯とかポンって勝つかもな」
「そうだな」
「なんだよ国美ちゃん。生返事ばっかしやがって」

国美は押し黙る。ロジェールマーニュの馬主である神代は国美に全てを一任し、特に何もすることは無い。お金だけポンと出す。唯一注文があったのは、ロジェールマーニュに白綾后子を乗せてくれ、ということだけだ。
だからこそ国美は責任を感じていた。ロジェールマーニュの調子の悪さは己が招きこんだものだと思っている。得意な長距離メインのレース選択。特に天皇賞・春とアスコットゴールドカップは間隔が詰まっており、しっかりリフレッシュできていなかったのかもしれない。しかしそんな万全でない中__しかも海外でもあれだけの接戦を演じ、何より前走の天皇賞・春では八馬身差の圧勝。
そんな強さを見せつけたロジェールマーニュは、徐々にその競争能力に衰えを見せ始めている。時間が、ゆっくりと進行した屈腱炎が、彼の競争能力を容赦なく奪っていっている。しかし全てを伝えてもなお神代は、国美に対して『どうするかは君に一任するよ』と微笑むだけだった。


「俺は……
「おっと言うな。『調教師失格だ』とか言おうとしたな?」
「だけど事実だ。俺はこれから先も栄光を勝ち取れたかもしれない馬から、栄光を遠ざけた。それどころかもう二度とつかみ取れないようにしてしまったかもしれないんだ」
「あのなぁ国美。俺たちは馬を信じるしかできねえだろうが」

武内はそう言って国美の顔を思い切り掴んだ。頬をムニムニ触り、横へ引き伸ばし__そして両手で思い切り叩く。

「痛っっっ!!!? 何すんだお前!!」
「え~? 男前になったろ?」
「マジで痛えわ!! ヒリヒリすんだけど!?」
「バカが。お前がそんなんじゃ馬たちも悲しむ。お前が管理してる馬はロジェールマーニュだけじゃない。お前の腕を信頼して馬を預けてくれる人たちがいるんだ。その人らの方を向け。馬たちをちゃんと見てやれ。お前の調教師としての人生始まったばっかだろうが。次腑抜けた事言ったら馬の餌にしてやる」

にや、と笑って武内は国美の鼻をつまんだ。息ができず苦しむ国美は武内の腕を乱暴に掴んで鼻から手を外させる。
そして遅れてやってきた柳沢俊一が「何してるの二人とも……」と苦笑した。柳沢の手には、三人分の暖かい肉まんが入った袋が握られている。