【創作|馬軸】春雷 褪色- 花散りて、なお  [了]

七話~最終話です。




エピローグ 夢よ何度でも
ロジェールマーニュ引退から数年後__


阪神ジュベナイルフィリーズを制したフジサワコネクトの娘__ファーステストタイ。さらにクラシック第一弾桜花賞をあっさり逃げ切り勝ちしたことで最強牝馬に名乗りを上げた。
しかしそんな凄すぎる天才レディの後ろで、最初期の父同様に「惜しい馬」扱いされている栗毛の牝馬がいた。
名を、『ワーナビーエイダー』と言う。母はアイルランドから輸入された、尾花栗毛に魚目のメイビーキャッツ。父はロジェールマーニュ。まごうことなき良血馬であり、神代信二郎氏が誇る神代リゾートファームで生まれた自家生産馬だ。
新馬戦、一勝クラスのサフラン賞を連勝。そこから阪神JF、桜花賞はファーステストタイの二着。どうにも「惜しい」という評価で、能力はGⅠ級にも関わらず勝ちきれない。だがしかし。

「ダービー行こう」

という国美さんの一言で、日本ダービーへの出走が決まった。私はかわいいワーナビーエイダーの顔を撫でくりまわしながら、ロジェールマーニュと挑んだダービーのことを思い出していた。
謎の出遅れによって追い込む競馬をし、掛かって逃げていたはずのフジサワコネクトに迫って二着。フジサワコネクトは逃げ切っているのだから恐ろしい。どんなポテンシャルなんや。可笑しいねん。不機嫌な顔をしていたのか、エイダが私の顔に鼻先を寄せてぐいぐいと押した。

というのも、ロジェールマーニュが引退試合の宝塚記念で五馬身差の圧勝した後、フジサワコネクトは凱旋門賞へ出走している。ここで再びキングジョージでぶつかったスワンレイクリターンズと激突したのだが、展開はほぼ同じでスワンレイクリターンズをあっさり蹴散らしてなんと、日本馬&日本人初の凱旋門賞勝利を決めてみせた。無論鞍上は瀬川……と思わせての武内秀吉。
なんで乗り替わったんかは良く知らん。もしかしたら瀬川が「どうぞどうぞ」したんかも分からん。いや、それはあれへんな。瀬川あいつかなり独占欲強いし。そのせいで付き合ってた可愛いアイドルに振られてべそべそ泣きよった。あー可笑し、そんな瀬川は今年上の女子アナと結婚して順風満帆な生活を送っとる。

腹立つわほんま。なんやねんこんなに私美人やのに。本来なら引く手あまたのはずやろ。
あ、その辺の川でザリガニ釣って食ってるのがあかんのか。タニシも美味しいで。ほぼ蛤や。



「作戦! 会議! だ!!!!」
「今年こそ絶対ダービー制覇しましょう、后子さん!!!!」

国美さんと渚ちゃんが食い気味に私へ顔を寄せる。いつも通り、最早恒例となった国美厩舎での作戦会議。厩舎二階にある若干狭い会議室でほうじ茶を飲みながら、私はホワイトボードを眺めた。そこには事細かに馬の情報が書かれた書類が貼り付けられている。

「エイダは賢い子ぉやし、そこまで心配せんでもええんとちゃいます? 距離自体はもっと長い方がええと思うんで、ダービーの二四〇〇……距離延長はいい方へ作用すると思いますけど」
「それなんだよ。エイダは長けりゃ長い程良いのは間違いない。それに輸送の問題もクリアしてるし」

国美さんはうんうん、と頷いて渚ちゃんが横から「はい!」と手を上げた。

「新馬戦は東京、サフラン賞は中山、JFと桜花賞は阪神。あとは枠だけと思います!」
「普通デビューする、てなったらできるだけトレセン近郊の競馬場でデビューが普通やのに、初っ端から東京やもんな。最初聞いたとき国美さんあたまおかしいんかなて思ったわ」
「ボロカス言わんでよ!! それはオーナーからの指示だからな!? 『あ、新馬戦は東京でよろ』って」
「神代さんが言うならしゃあないな。国美さんはまだ新人枠らしいし」
「そうですね~。オーナーの意向には逆らえませんよ。国美さんはまだ新人枠らしいですし」
……あのねえ、俺一応一番年上」

まずエイダの精神力は並みの馬のそれではない。いつまでも一頭でいられるし、どこででも寝られるしどこででも飼い葉もバクバク食べて水も飲む。とにかく環境変化に強い性格をしている。これは父ロジェールマーニュと同様で、環境変化に強いがレース後に消耗が激しいタイプだ。
これは母馬が早くに亡くなり人工保育で育てられたというのも彼女の精神的な強さの要因なのだが、それだけではない気もする。エイダは図太い。元の性格+α、と言ったところか。

「そういえばファーステストタイはどうするんですかね? オークス行くんですか?」
「ああ、牝馬三冠目指すらしい。まぁ瀬川が鞍上だし、今年の牝馬クラシック戦線はあの子中心に回るだろうな」
「あ……でも国美さん、エイダは今のところ牝馬としか戦ってないですよね? 大丈夫かなぁ……

渚ちゃんが不安げに言う。私はパドックで寝かけていたエイダのことを思い出しながら、「いや、大丈夫やと思うで」と言いつつ煎餅を口へ放り込んだ。壁に貼られているエイダの新馬戦の口取り写真には、どや顔のエイダが映っている。机に置かれた、ロジェールマーニュの大きいぬいぐるみが振動でころりと横に倒れた。