【創作|馬軸】春雷 褪色- 花散りて、なお  [了]

七話~最終話です。




…………ゔぁくしゅ!!!!」

盛大なくしゃみを鞍上でかましたせいか、驚いたスノーホワイトが一瞬ぴょんと飛び上がった。そして不満げに私の方へ顔をむけ、なんだよ~、と言いたげに鼻息を吐き出す。枠入りは続々と進んでいる。私はポケットからスノーを枠の方へ導き順番を待った。
京都記念は京都競馬場の内回りコースを右に回る。しかもスノーにとっては本来最大の能力を発揮するマイルレースとは異なり、二二〇〇メートル__中距離のレースだ。瞬発力と同時にスピードの持続能力、そしてスタミナが要求される。
しかしこの京都記念は俗に〝出世レース〟と呼ばれており、実際このレースの勝馬は大概それ以降GⅠタイトルをバンバン獲りまくっている。例えばロジェールマーニュの父シャルルマーニュ。五歳の京都記念で三馬身差つけて勝利し、ドバイシーマクラシックへ駒を進めた。ドバイでは後続馬を全く寄せ付けず完封完勝。その後すぐに電撃引退した。今でも惜しむ声は多いが、あのシャルルのたった一頭の産駒なのだからしかたない。
他の馬だと海外GⅠ三勝(内一つはアメリカのブリーダーズカップ・ターフ)の牝馬がいる。彼女は三年程前に引退し、現在は繫殖牝馬になっている。来年初年度産駒がデビュー予定だ。
そんなことを考えてゲートへスノーを導いた。ここに来て妙にやる気が出始めたのかスノーは首を動かして走りだしたそうにしている。私は一度頭を振って雑念を払い、思い描いていた通りにゲートからスノーをぽんと出した。くるくると脚を回転させて器用にスタートを切ったスノーは、妙に手綱を引っ張って前へ行きたがる。私は手綱を引いて位置取りを少し下げようとした。

(なぁ姉御、今日逃げていい? なんか行ける気がする)
「何でちょっと前行きたがってんねん。下がるで」
(やだやだ俺もロジェールマーニュ走りする~!!)

スノーは私が手綱を絞ったのが不服らしく、顔を振りながら五歳児の如く「いやいや!」とアピールする。私はこりゃ埒が明かんわとスノーの意志を尊重することにした。

「ええ~~……。どうなっても知らんで!」
(よっしゃ! 任せろ!)

一二〇〇メートル程度まではコーナーを通過する過程こそあれど、平坦なコースを走る。しかしその地点を過ぎると向こう正面に坂が待ち構えており、この坂で失速する馬が少なくない。スノーは坂を上ることはそこまで不得手ではなく、寧ろピッチ走法なので一定速度でさっさと登れる。
早くも三番手に付け少し息を入れて坂を上っていく。逃げていた先頭の馬は少し失速して二番手との差がほぼなくなった。内に入って少し速度を緩め、そのまま駆け抜ける。その後は三コーナーの急な坂を下って四コーナーへ向かう__のだが。

「あれ……? これ行けるんちゃう?」

前にいるのは馬が一頭のみ。いつの間にか坂の前で前にいた二番手の馬が先頭に立ち、スノーとの差が徐々に縮まり始めた。スノーが進出しているのではなく、前の馬が疲れて失速しているのだ。
私は第四コーナーを視界でとらえる。一定速度を維持して走るスノーに一発鞭を叩き込み、加速するよう指示した。的確にその指示を拾ったスノーは一気にロケットエンジンに火を入れる。急加速して捲ってコーナーを回り、あっさり前にいた馬を抜き去った。しかし後方から一番人気のエキセントリックが大外ぶん回して真後ろまでやってきている。

(やべー!! 逃げろ!!)
「マジか……ッ!!」

私は一瞬後ろを見て猛追してくる金色の馬体を捉えた。スノーに左鞭を入れて右側にもたれているような状態を矯正し真っ直ぐに走る道筋を作った。その僅かな手前交代の時間にエキセントリックが前へ迫る。しかし坂を勢いよく下ってエンジンを噴射しているスノーはさらに末脚を伸ばす。

(きっつ!!!!)

スノーが吐き出す息が荒い。スタミナはギリギリだろうが、必死で後ろから迫るエキセントリックを引き剥がしにかかる。私はもう一度鞭を入れて手綱を動かしスノーの走りを邪魔しないように体を馬体に沿わせた。スノーは私の激に応えてもう一度芝を強く踏み込んで真っ白な馬体を前へ運ぶ。レースの途中から降りだした雨が全身へ叩きつけられる。蹴り上げた泥がスノーの白い体へまだら模様を作っていく。あと僅か。あと少し__あと少しでその栄冠に手が届く。真横へ併せるエキセントリックも譲らないと必死に走る。だが更に外を回って他の馬が飛んできた。スノーはそれに気づいて更に足を伸ばす。私は左鞭を入れ激を飛ばす。

「__譲ってやる気なんかあれへん!!」
(当ッ然!!!! ____んでこれは、ロジェの分だ!!!!)

スノーホワイトは、間違いなく一瞬だけ飛んだ。
飛んで、半馬身離してゴール板を駆け抜けた。