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アスナショウコ
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【創作|馬軸】春雷-極光
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【創作|馬軸】春雷 褪色- 花散りて、なお [了]
七話~最終話です。
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結論から言うと、圧倒的だった。
私は箸でつまんでいた千切りキャベツを全部床にぶちまけ、口をぽかんと開けてテレビ画面を凝視していた。そこには喜びを鞍上で噛み締め、フジサワコネクトを回収しに来た厩務員と固く手を握り合う瀬川がいる。同行した関係者は抱き合い騒ぎながら泣いている。
完全復活。女王の帰還。その言葉が似合い過ぎる圧勝劇だった。
第四コーナーで先頭に立ったフジサワコネクトは二番手に付けていたスワンレイクリターンズをぐんぐん突き放して大楽勝したのだ。最終的に二着に入線したスワンレイクリターンズとの間には十四馬身もの大差決着。
ここにきて彼女は本気になった。
本格化したのだ__しかも、ロジェールマーニュと私が惜敗した名牝相手に。欧州が誇る無敗の名牝に土を付けたのは、日本が誇る牝馬のダービー馬__フジサワコネクトだった。私たちではなかった。
(瀬川、あいつら__なんつう競馬すんねん
……
)
彼女が最も得意とする走法でただ駆け、そして勝った。まさしく横綱相撲だった。誰も最後の直線でフジサワコネクトの影を踏むことさえ叶わなかった。三着には武内さんが乗るフランスの馬が入っている。だがそれを着順表がテレビ画面に表示されるまで忘れていた。それぐらいに衝撃的な圧勝劇。
この勝利は日本競馬界にも世界にも大いなる衝撃を与えただろう。フジサワコネクトが日本ダービーで勝ったことは決して運だけなどではなかったのだ。
あのダービーこそが彼女の本格化の予兆。ロジェの出遅れがあろうがなかろうが、彼女は確実にダービーを勝っていた。瀬川は馬が行ってしまえば無理に位置を下げることは無い。前に行きたがるならば行かせ、それで粘り強く先頭を狙って行くはずだ。
ここからさらに彼女は__〝芦毛の怪物〟と呼ばれるぐらいの強さを国内外で見せつけていくだろう。せやかてこんなに強くなるとか聞いてないわアホ。ダビスタか。
私はふと足元に落下している千切りキャベツの存在に気付く。慌てて台拭きをキッチンから持ってきて床やら服やらを拭き、笊に落ちたキャベツをぶち込んで水で洗う。まだ食える。いける。何となく不安がよぎったがそれは右から左へ受け流し、私はポン酢と豆腐をキャベツの入っていた容器にブチ込み混ぜた。うん、美味しい。大丈夫やったわ。
野菜を胃に収めている間にレースハイライトは流れ終わっていた。あまりにも圧倒的過ぎる内容のそれは最早振り返る必要性がない。フジサワコネクトの圧勝。この一言で終わりや。
『では、勝利騎手インタビューです。瀬川騎手、この度はおめでとうございます』
皿に水を貯めてシンクへ置く。冷蔵庫から麦茶を取り出してコップへ注ぎ、ちゃぶ台に置く。座椅子に腰かけたらタイミング良く瀬川は喋り始めた。
『ありがとうございます。
……
必ず勝とうと誓っていました。でも
……
フジサワコネクトから勝利を貰ってしまったような感じですね。本当に強い馬です。だから今日は俺が、というか、フジサワコネクト
……
彼女ただ一頭の勝利だと思います』
「けっ。
……
何かっこつけてんねんこいつ」
テレビ画面に向かって文句を言いながら私は麦茶を飲み干した。髪の毛を軽く直して瀬川は再び喋りはじめる。
『あ、あと白綾にもお礼を言わないといけません』
「は?」
『白綾騎手、ですか?』
インタビュアーが不思議そうな声音で言う。私も訳が分からず画面を睨んだ。しょうもないこと言うたら帰国後に引っぱたいてやろ、と思う。
『はい。彼女は大切な事を俺に教えてくれましたし、何より__彼女のおかげでスワンレイクリターンズを倒すことができたとも思うので
……
見てないだろうけど
……
ありがとう、白綾』
「ほんまこういうとこなんよな。一言余計やねんほんま」
『
……
だから俺はもう負けない。自分にも、お前らにも。全てに勝って__俺たちは先に行く』
そう付け加えた。画面の中で瀬川は微笑んでいる。だが涼やかな微笑みの裏で、柘榴のような赤い瞳の奥に囂々と勝利への渇望が燃えている。
忘れとった。本来瀬川はこういうやつや。負けず嫌いでびっくりするほど欲張りな奴で、どうしようもない天才騎手__それが瀬川迅一という騎手の横顔。私は常にそれにどこかで嫉妬し、目指すものが違うからと意識しないように心掛けてきた。
だが今はどうだろう。私はロジェールマーニュに瀬川と同じ高さまで引っ張り上げられた。同じ舞台の上にいる。同じ舞台の上で、ただ一つの栄光を求めて競い合っている。
(
…………
昔の私は、こういう瀬川が苦手やったなぁ
……
)
競馬学校に通っていたころ__皆の輪の中で一等輝いている瀬川が苦手だった。生まれ持った才能や恵まれたバックグラウンド。その全てが疎ましかった。
私の同期にはド素人から騎手を目指した者がいなかった。しかし十四人いたうち、卒業できたのは六人だった。その卒業生の中に、常に最下位にいた私が入っとる、というのも変な話やと思うけど。
全員バックグラウンドに競馬界との繋がりがあり、親が厩務員だったり調教師だったりと、所謂英才教育受講済みというやつだった。黄金世代だなんて呼ばれ方もした。
だがその中で中央に残っているのは__底辺を這いずり回っていたド素人上がりの私と、生まれながらに天才だった瀬川だけ。
地方に移った者が一人。騎手を辞め競馬界を去った者が一人。調教助手に転身した者が一人。また、海外へ行き才覚を発揮している者が一人。誰も彼も目覚ましい活躍をしている。
(私は
……
)
己の腕でそこまでの道を切り開くことができる騎手とは思えない。
私はあくまでロジェに__
『ああ、そうだ白綾。もう一個言っとくよ』
『__もしお前が「私はロジェールマーニュに引っ張り上げられただけ」とかしけたこと考えてるなら、日本帰ってからお前の綺麗な顔面引っぱたくから覚悟しろよ』
「ハァ
……
!? なんやねんコイツ
……
!! むっちゃ腹立つ!!!!」
私は左手の中にあったじゃがりこを思いっきり握った。べきべき!! と豪快な音を立ててじゃがりこが手の中でじゃがりこが潰れる。無残にかけらとなったじゃがりこの一部が床とちゃぶ台に散らばる。
私の怒りの衝撃波が空間に伝わったのか、飾り棚の上に置かれていたロジェの大きなぬいぐるみがころりと床へ落ちた。
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