はるの
2022-10-07 21:33:22
86681文字
Public X-MEN
 

ムーンレイカー

全年齢|cherik|2022.10.7|DP後、チャールズが人生に一区切りつける話。チャールズの過去をフリ~~~ダムに捏造しています。



とある冬の話 - 04


「眠れないの?」
 夜、書き物机の椅子に座って、ぼんやりとしていると、小鳥が話しかけてきた。もうすっかり眠っているものと思っていたので、僕はびっくりして椅子を回す。
 お気に入りのバスケットから、小鳥はこそっと身を起こした。暗がりでよくは見えないが、ちょんと跳んでふちに止まったようだ。
「君こそ、眠っていなかったの?」
「起きてしまったの。今日は外がまぶしいでしょう?」
 そう言われて、僕は再び窓を向いた。積もった雪に満月が反射していて、確かに、夜にしてはまぶしいくらいだ。引きそびれたカーテンに遮られない月光は、モザイクガラスで乱反射して、にじんだ窓枠の影を部屋に映し出していた。
「今日は満月だから。ごめんね、カーテンを閉めるね」
「いいの。だって、月明かりはきれいだもの」
 高飛車な口調の、いつもの小鳥の思いやりだ。僕はそっと微笑んで、窓から椅子をくるりと回した。うすぼんやりと青白い、ほのかな明るさの中で、小鳥が小さく震える気配がする。静かな月の夜は、いつもよりずっと、小鳥の存在を強く感じた。
「寒くない?」
「あなたがわたしのために、いつもヒーターをつけてくれていること、知ってるのよ。わたしは無知な小鳥じゃないの」
「それは失礼」
 書き物机の上には、小鳥用のマグカップがふたつある。どちらも厚手の作りで、エリックが買ってきたものだ。青いほうには水を入れていて、赤いほうには小鳥の健康食たるペレットが入れてある。水は毎日、僕が紅茶を飲むタイミングで新しくなるけれど、残念ながらペレットは、かけらも減ったためしがなかった。
 青いほうの水面には、月明かりがぽつんと反射している。僕はなんとなく手を伸ばして、そのかけらをちょんとつついた。
 たぷんと揺れて、壊れる光。
熊手を使って月を集める人 ムーンレイカーって知ってる?」
 僕は唐突にそう言った。
 突然、頭の中に現れる、こういったことは、いったいどこから来るんだろう。突拍子もない思いつきがどういうメカニズムで発生するのか、僕はいつも不思議に思う。
「とある満月の夜に、密輸品を運ぶ悪者たちが、池に高価な品を落としてしまう。彼らは熊手でなんとか拾おうとするけれど、そこに役人が通りかかるんだ。不審に思った役人は、彼らにいったい何をしているのかと尋ねる。すると機転を利かせたひとりが、池の水面に映った満月を指差して、こう言った。そこにでっかいチーズが浮いていますでしょう? あれをなんとか取れないものかと思いましてね! 役人は、酔っぱらいが馬鹿なことをしているだけかと思って、笑って帰っていってしまった。月を熊手で取ろうとする、酔狂なやつがいたもんだってね。つまり、言葉の意味としては、馬鹿な人って意味になる。ないものをかき集めようとする、馬鹿な人って意味なんだ」
 自分の言葉がとにかくウェットで、傷ついていて、自虐的だということは分かっていた。今はとにかく、そんな気分で、自分がとてもかわいそうに思えたのだ。そして僕は、それを繕おうともしなかった。
 きっと小鳥は慰めてくれるから。そんなふうに思う僕は、やっぱりひどく甘ったれだ。
「あなたがそうだと言いたいの?」
 最後まで聞き終えた小鳥は、ドライな口調ではきはきとそう言った。
 慰める気なんてさらさらなさそうなそれに、僕は少しだけ助けられた気がして、きちんと椅子に座り直す。
「どうだろう? そうかもしれない。今ふっと、思い浮かんだだけなんだ」
「それなら、最後に勝つのはあなたじゃない? 何を心配しているの」
 顔を上げると、小鳥はスタンドルーペに飛び乗った。不思議そうに首を傾げる様子が、凸レンズ越しに拡大されて、僕は思わず吹き出してしまう。
「そうなの? 僕が勝つ?」
「そうなの、って。しっかりしなさいよね、自分で言ったことでしょ? わたしが知っていることは、あなたも知っているはずよ」
「どうして?」
「だってそのお話、最後に笑ったのは密輸業者の悪者じゃない。まんまと役人を出し抜いて、宝物を攫って逃げたのよ。今頃は南の島に高飛びして、大笑いしているわ」
 ぴちゅぴちゅとキレのいい声で、小鳥はそんな卓越した意見を述べた。こんなことも分からないのと、ふくらませた小さな胸を張る姿は、暗闇にあってもかわいらしい。
 僕は小鳥のそばで頬杖をついて、ちょっと横柄な態度を取った。
「南の島?」
 挑発するような笑みを向ければ、小鳥はさも当然という顔をする。
「そうよ。逃避行といえば南の島でしょう?」
「そうなの?」
「決まってるわ。ほら、想像してみて。青い海、青い空、白い砂浜、赤いハイビスカス。気持ちのいい潮風と、穏やかな潮騒。カモメののんきな声がして、あなたの大切な人が、あなたの名前をやさしく呼ぶの。あなたはゆっくりと振り返って、その人が微笑んでいるのを見る。どう?」
「どう、って?」
「素敵なことを思い浮かべると、素敵な気持ちになるでしょう?」
 小鳥のやさしい手が伸びて、そっと僕のこめかみに触れた。
 青い海。青い空。白い砂浜。赤いハイビスカス。
 気持ちのいい潮風を頬に感じ、穏やかな潮騒の音を聞く。
 にゃあ、と鳴いたカモメに顔を上げれば、黄色い日差しがまぶしくて目をすがめた。
 片手で目の上にひさしを作っていると、背中越しに、チャールズ、とやさしい声がする。
 僕は振り返らずに、閉じていた目を開いた。
 机の向こうからこちらに手を伸ばしている女の子は、やっぱり少し悲しそうだ。心配そうに下がった眉と、思いやるようにかすかに上げられた口角。僕はそっと彼女の手を取って、自分のこめかみから手を下ろさせる。
「ここでの暮らしも悪くないよ。寒いけどヒーターはあるし、雪だけど困りはしない。小さな小鳥がそばにいて、週末には友人も遊びに来る」
――そうね」
 小鳥はやさしくそう同意して、ぱたたと羽ばたくと僕の肩にちょんと乗った。
 顔を合わせられなくなったことに、少しだけほっとして、少しだけがっかりする。けれど、肩に触れるほんの少しの重みと、頬の近くにある錯覚ほどの体温を、僕はとてもありがたく思った。