はるの
2022-10-07 21:33:22
86681文字
Public X-MEN
 

ムーンレイカー

全年齢|cherik|2022.10.7|DP後、チャールズが人生に一区切りつける話。チャールズの過去をフリ~~~ダムに捏造しています。



インタビュールーム - 03


「おはよう、チャールズ」
 おはよう、ドクター。いつもすまないね。
「構わないよ。今日の気分はどう?」
 少し落ち込んでいるようだ。だるさもあるけれど、生活に支障が出るほどではない。よくある話だね。
「落ち着いて話ができそうかな」
 そう言われると、なんとなく落ち着かなくなるな。不思議だね、生き物というものは。手慰みに握ったり開いたりしてみよう。自分が落ち着いていないことを体感して、逆に落ち着きを取り戻すかもしれない。
「あなたがリラックスできるようにしてほしい」
 私も心からそれを望んでいるよ。
「空調は大丈夫かな」
 大丈夫だ。さあ、ドクター。続きをやろうじゃないか。
「あなたがそう言うなら、僕はそうするまでだけど。このまま続けて、本当に大丈夫?」
 大丈夫。というか、大丈夫であるべきなのだから、大丈夫以外であるはずがない。
「それはものすごく、欺瞞に満ちた言葉遊びというか」
 事故の報告がない遊具は安全か否か。
「分かりました。今日のインタビューは取りやめましょう」
 はは、いやいや。冗談だよ。ふふ、君と話していたら、少しリラックスできたみたいだ。君は実に良い聞き手だね。
「そうだったら、いいんだけど。なんだかちょっと素直に受け取れない賛辞だな」
 受け取ってくれ。ほかに行き場はないんだから。それよりも、私の能力が発覚したときのことだったね。
「妖精の声を聞いたところだね。声のこと、ご両親には?」
 言ってはいない。最終的には、ってことだけど。
「最終的には? つまり、言おうとはした、ということ?」
 どうだったかな。そこまでは覚えていない。もうずいぶんと昔のことだから。
「覚えている範囲で構わないよ。もし事実とは違っても、あなたが感じたように話してくれるのが一番だ」
 大変な仕事だね、君のこれは。私のようなどうしようもない人たちから、丁寧に話を聞いて、やさしくしなくちゃならないなんて。
「いいえ、チャールズ。僕は僕の仕事を、疑ったことなんて一度もない」
 そうか。そうだろうね……
「話したくない?」
 いいえ、ドクター。私も私の仕事をするよ。つまり、義父のそばでは、声は多すぎて、あまり聞き取れなかったんだ。今思えば、9歳だか10歳だかに理解できるようなことを、一切考えていなかったのだろうね。彼は呼べば応えてくれたし、同時に聞こえるオベロンのささやきも、おおむね似たような内容だった。良くも悪くも、私に対して彼は、思ったことをそのまま口に出していたよ。
「お父さんには裏の思惑がなかったから、自分の悩みを打ち明けなかった?」
 ふふ、悩み。悩みね。悩み、だったのかなあ。まあ、うるさすぎて現実に集中できないときは、ひどく悩ましくもあったけどね。彼は、呼べば応えてくれた。つまり、私が前に出ていって、彼と語り合おうとしない限り、義父はずっと聞き取れない声に埋もれていたんだ。ほら、なかなか難しいだろう? そんな大人に、自分の妖精の世界を打ち明けるなんて。夢見がちではあったけれど、自分がちょっと夢見がちだという自覚は、ちゃんと私にもあったんだ。なにせ、もう9歳だったからね。
「けれど、たったの9歳だ」
 ありがとう。まあ、心理的な距離があったわけだ。つまり、心理学では割と重要なことだろう? 私もね、実は心理学にちょっとした心得があるんだよ、君は知らないかもしれないけど。
「僕が知っていることをあなたはご存じのはずですよ。もしかして、そんなふうにいつも自己分析をしていたの?」
 冷たいインタビュアーだなあ。そりゃあ、もちろん。私の研究は、常に私自身が最初のラットだったよ。さっきも言ったように、悩みというより、課題という感じだった。これは私の性格なのかな。たとえば、私はエレメンタリーの頃、親しい友人というのはいなかったんだ。何故だろう?
「何故ですか?」
 少しは君も考えてみたら?
「僕は尋ねるのが役目なので」
 真面目だなあ。それなら一緒に考えてみよう。毎日送り迎えに運転手つきの高級車が出てくるような家柄のせい? 雇われた優秀な家庭教師のおかげでクラスメイトより3年分くらい進んでいた学力のせい? それとも、不思議な妖精の声が聞けるから? 声が聞こえることを、私のクラスの誰も、知ることはなかったよ。何故なら、それを話せるような友だちがいなかったからだ。
「その、クラスでは浮いたり、していたのかな。嫌われたり?」
 ふふ、お気遣いをどうも。私はさほど嫌われてもいなかったが、特に好かれてもいなかった。つまり、自分からかかわろうとはしていなかったんだ。関係性の継続には、多少なりとも努力を支払わなければならない。けれど私は、何をどうやったらいいのか、分からなかった。挨拶をしたら、し返される。そのあと会話は続かないから、そこで終了。そんなふうに。
「今のあなたからは想像がつきませんね」
 君のエレメンタリーの頃だって、今とはずいぶん違っただろう?
「そうかな。根本的なところは、あまり変わってない気がするけど。あなたが変わったのは、そのあと?」
 そう。ミドルに上がる頃、私は聞こえる声が妖精のものではないと、やっと気づいた。やっと認めた、とも言えるね。『これ』は空想の出来事ではなくて、現実のことだと悟ったんだ。そうなると、ほら、話はだいぶ変わってくるだろう?
「どんなふうに?」
 たとえば、喉が渇いたなと思っているクラスメイトがいて、そうしたら私は、ドリンクスタンドまで行かないか? と誘うことができる。彼はもちろん、いいね、と同意して、道すがら適当な会話を投げてくれる。私は彼の話と心の声とを聞き比べながら、望まれるような会話をする。そうすれば、彼の私に対する評価は、『好意』の状態で留まって終了する。これを繰り返せば、友だちはいくらでもできる。
「まるで作業するみたいに? あなたは、ずいぶんと……、苦労をしているみたいだ」
 言葉を選んでくれてありがとう。本当にありがとうと思っているよ、皮肉じゃなく。苦労というか、そうだね、私は人と話すのが苦ではなかったし、こういうのはやっぱり、慣れと経験だ。普通の人たちだってそうだろう? 少しずつ、やってみて、次第に社会を広げていく。それと同じことさ。
「ああ、なるほど……
 だんだん、無理なく、普通の友だちみたいに振舞えるようになっていったよ。心を読まなくても分かることが増えてきて、まるで普通の人間になれた気分だった。うれしかったよ、普通にできることが。よい子にしていればしているだけ、周りがやさしくしてくれることが。渡した分だけちゃんと返ってきて、私に価値を見出してくれることが。本当に、私はうれしかったんだ。