はるの
2022-10-07 21:33:22
86681文字
Public X-MEN
 

ムーンレイカー

全年齢|cherik|2022.10.7|DP後、チャールズが人生に一区切りつける話。チャールズの過去をフリ~~~ダムに捏造しています。



「起きて、チャールズ」
 甘い、やさしい声だ。
 冬の日の、温かい布団の中で、好きなだけ朝寝坊を許されたような。
 そんなまどろみの中で、ぼんやりと目を開ける。
 穏やかで、柔らかい日差しが、カーテンの向こうを包み込んでいた。
「そんなことないわ。別に自由になりたくて、ああしたんじゃない。結果的にそうなっただけで、私はただ――
 シーツに包まって寝ころんだまま、ゆっくりと視線を上げる。ジーンは困ったような顔をしていて、そっとこちらの額に手を添えた。
 じんわりとした、温かさ。体温に溶かされるようにして、再び目を閉じる。
――ただ、あなたが大事で、みんなが大事だっただけ。良かれと思ってそうしたのよ、あなたがそうしたのと同じように」
「でも、私は、自分がされたかったように君に振舞って、あげく君を、本当は利用しようとすら」
「そうね。でも、私は十分怒ったわ。覚えてないの? あなたの素敵な部屋で、私たちが話したことを?」
「覚えているよ」
「それなら起きて、チャールズ」
 額に触れていた体温が、そっと離れていく。
 行かないでほしかった。だから、追いかけるように跳ね起きる。


とある冬の話 - 08


 ドアノブを握ったまま、エリックはびっくりした顔をしていた。
 彼がやってきたちょうどに、僕が勢いよく跳ね起きたからだろう。目をまんまるにさせた彼は、くるんくるんのまつげをぱちぱちさせて、数秒かけてゆっくりとドアノブを離した。
「俺が起こす前に、起きた、だと……?」
……なんだい、その顔。僕だって、いつも寝汚いわけじゃないんだよ」 
「そりゃ知らなかった」
 驚きから戻ってきたエリックは、皮肉っぽく笑ってそう言って、問答無用で布団を剥ぎにくる。僕は特に抵抗せず、彼のしたいようにさせた。目をしょぼしょぼさせながらエリックを見上げると、いつもの朝の冷えた空気のにおいがする。
「君が、いつも早すぎるんだ」
「真っ当な朝の時間のつもりだが?」
「眠いんだよ……
「食いっぱぐれてもいいなら、どうぞ」
 エリックは寝室のカーテンを開けると、ドアも開けっ放しのまま出て行ってしまう。そのうち、キッチンから朝の愛おしい音たちが聞こえてきて、僕はなんとなく、もう一度ばたんと倒れ込んだ。布団は畳まれてしまったので、肌に触れる空気は冷たい。けれど凍えるほどではなく、ヒーターの頑張りを感じることができた。戸棚を開けたり、冷蔵庫を開けたり、ケトルを火にかけたり、フライパンを火にかけたり。目を閉じてそんな音を聞いていると、もうこのまま、やさしくゆっくりと眠りに落ちて、二度と目覚めなかったら一番幸せなんじゃないか、と思う。
 しばらくそうしてから、僕はのろのろと起き上がった。自分にあきれて笑いながら、寝室を出る。
 テーブルの上には、ほかほかのクロワッサンが積まれていた。半熟のスクランブルエッグに、みずみずしいレタス。僕がぼやぼやしている間に、すっかり朝食は整う寸前だ。顔を洗っている時間はあるだろうか。そう考えてふと、不安に駆られる。
「小鳥は?」
 てきぱきと働いているエリックの背中に、僕はそう尋ねた。声が上ずってしまっている。
 いつもなら、一緒にバスルームへ追い立てられるはずなのだ。いつもなら、眠そうな顔をして、エリックに文句を言って、でも朝食の段になると、そわそわと体を揺らしながら、レタスの隣に鎮座しているはずだった。
「エリック、小鳥は? 小鳥はどこ?」
 僕の震えて泣きそうな声に、エリックは即座に振り返ってコンロの火を止めた。大股で歩み寄ってきてくれたけど、彼はただ不思議そうな表情だ。僕が何を言っているのか、分かっていなさそうな雰囲気だった。
 もしかして、ここは小鳥がいない世界なのだろうか。
 僕はふいに、そう思いつく。
 小さくて、高飛車で、でもうんとやさしい、僕の小鳥。あの子がいない、世界なんだろうか?
 そう考えると、途端に、身を切るようなさみしさが、皮膚の下全部を蹂躙した。勝手に呼吸が浅くなって、じわりと視界がにじんでくる。
 あの子がいない、世界なのか。
 僕は、ほとんどひきつけのようなものを起こしかけた。
 その瞬間、ぴゅり、と高い鳴き声がする。
「あら、変なの。どうして朝から泣いているのよ」
 ちょん、とエリックの肩に乗った小鳥は、エリックと同じくらい、不思議そうな表情だった。ふたり揃って、ちょっと心配そうに首を傾げるものだから、ものすごくかわいいことになっている。しゅっとしたセーターのエリックと、まんまる冬毛の小さな小鳥。
 僕はもう、なんだか泣けてきてしまって、ほとんど倒れ込むようにエリックにしがみついた。別に悲しいわけじゃないのに、泣けて泣けて仕方ない。わんわん泣いてしまいたかったけれど、喉がつかえて声も出ない。ただぶるぶる震えて泣く僕を、エリックは大きな手のひらで、やさしく何度もさすってくれた。
「どうしたんだ、チャールズ」
 そう尋ねる声も、甘く、やさしい。
「きっと曇り空のせいね」
 小鳥はさも当然とばかりに、すました声でうがった見解を述べた。その言い方も、内容もおかしくて、僕は思わず笑ってしまう。
「何か明るくて楽しいことを思い浮かべてみなさいよ。たとえば、青い海。青い空。白い砂浜」
「赤いハイビスカスと、潮風と潮騒?」
「よくご存じじゃない。だったら何も心配ないわ」
 エリックのセーターから顔を上げて答えると、小鳥は高飛車に太鼓判を押した。僕が鼻をすすると、エリックは僕をくっつけたまま、リビングを横断する。彼にティッシュケースを取ってもらった僕は、それを2枚取って、思う存分鼻をかんだ。涙はエリックの手がぐいぐい拭ってくれたので、僕は鼻に集中するだけでよかったのだ。
 小鳥はぴょんと飛んで僕の肩に移ると、仕方がなさそうに、けれど心からうれしそうに、高めの声を上げる。
「あなたが大丈夫だと思うまで、そばにいてあげるから。ほら、泣き止んで。そうだ、シュトラウスをかけてよ」
 そんなやさしいハミングは、僕を余計に泣かせてしまって、小鳥は慌ててぴちゅぴちゅ鳴いた。