はるの
2022-10-07 21:33:22
86681文字
Public X-MEN
 

ムーンレイカー

全年齢|cherik|2022.10.7|DP後、チャールズが人生に一区切りつける話。チャールズの過去をフリ~~~ダムに捏造しています。



過去の夢 - 01


 ――これは、食べられるもの?
 ふいにそんな声を聞いて、チャールズは目を開けた。
 今が何時かは分からないが、確実に真夜中過ぎだろう。寝つけずに寝返りばかりを打っていたから、頭の中はクリアだった。
 確かに、声を聞いた、と思う。
 ベッドの中で固まったまま、チャールズはじっと目を凝らした。夜のとばりに支配された子供部屋は、杳として知れない薄暗さだ。けれど、物音ひとつしない。つまり、この部屋に誰かが闖入して話しかけてきた、ということではなさそうだった。
 だとしたら、もうひとつ可能性がある。
 チャールズとしては、最近やっと、その事実を受け入れたところだった。その、人の心の声が聞こえる、という特異体質を。
 息をひそめて、しばらくの間、耳を澄ませる。耳を、というか、正確には、神経すべてを。
 ――これは、食べられなさそう。
 するとぽつりと、再び声が聞こえてきた。がっかりしたような、そんな声。チャールズはいよいよ肩を張って、がちがちに緊張した。
 家の中に、誰かいる。
 こんな時間に、メイドは働いていないだろう。両親も出かけているはずだ。この屋敷で起きている人なんて、自分以外にいるはずがない。つまり――、とチャールズは、シーツをぎゅっと握りしめた。
 泥棒だ。
 そう結論づけて、跳ね起きる。金目のものというよりは、食べ物を探しに来たようだが、絶対そうに違いない。こういう場合、どうしたらいいんだろう。跳ね起きたはいいものの、そこで固まってしまって、チャールズは困り果てた。誰か大人を呼ぶにしても、いったい誰が呼べるだろう。電話で警察を呼ぶ? こんな子供の話を、大人は聞いてくれるだろうか? 別に何かが盗られても、この家はお金持ちなんだから、放っておいてもいいんじゃないか。
 ――ほかには、何があるかな?
 チャールズは、ベッドから跳び下りた。素足の両足に、冷たいカーペットが沁みる。泥棒は、いろいろと物色しはじめたようだった。確かに、何かが盗られても、チャールズの問題にはならない。自分の持ち物はこの部屋に詰め込まれているし、なくなったら本当に困ってしまうものなんて、チャールズは持っていなかった。
 けれど今、この屋敷で頼りになるのは、自分ひとりしかいないのだ。
 もし、泥棒を捕まえたら。捕まえなくても、撃退したら。きっとみんな、喜んでくれるだろう。みんな――、みんな、きっと。
 チャールズはその場で部屋を見渡して、音を立てないように少年野球のバットを引き抜いた。ゆっくりとドアを開けて、注意深く廊下へ出る。
 今、ここで大声を上げても、助けてくれる人はいないだろうな。
 そろそろと歩きながら、ふとそんなふうに考える。泥棒は口数が少ないタイプのようで、ぽつりぽつりと、キッチンにあるものの名前を挙げていた。
 たとえば今、武装した泥棒に見つかって襲われても、助けてくれる人はいないだろう。
 キッチンのドアから明かりが漏れているのを見つけて、チャールズは息をのむ。
 けれどもし、それで死んでしまったとしても、僕としては満足かもしれない。世界中で僕ひとりだけが、永遠に許してもらえないようなこの感覚を、善い行いによって終わらせられるのなら、きっとそれが一番――
――母さん?」
 覗き込んだキッチンには、何かやたらめかし込んだ母がいて、チャールズは肩を落とした。冷静に思い返せば、確かに、聞こえた声は女性だったように思う。過度の緊張と肩透かしで気が高ぶって、泥棒かと思っただろ、とチャールズはあきれた声を上げた。
 母はその振る舞いに対して、にこりとやさしい笑みを浮かべる。
 ダーリン、と甘い声で呼びかけて、ベッドに戻りなさいとうながしてくる。
 チャールズは、それをじっと見つめた。
 ――何? この子……、私、何かおかしかった?
 心の声は、動揺している。よく聞けば母の声とは異なり、もっと若い、別の人の声だった。
 ああ、とチャールズは思う。
 この声が、聞こえなかったらよかったのに。
 ダーリン、と甘い声で呼びかけて、ベッドへいざなうこのやさしさを、知らない顔で享受できたのに。
 なかなか言うことを聞かない息子に、母はかがんで目線を合わせる。やさしい、やさしい笑みだった。
「ホットチョコレートを作ってあげましょうか?」
――うん」
 チャールズは、こくんと頷く。母はぱっと背を伸ばして微笑むと、少し待っていて、と踵を返した。
「ミルクパンは、どこだったかしら」
「しゃがんで、下の棚」
「これね。いやね、度忘れしちゃって」
「これからはもう少し、キッチンにも入るべきだね」
「あら。生意気を言うのね。ミルクを取ってくれる?」
「どうせチョコレートの位置も分からないんでしょ」
「そうとも言うけど、こういうことを役割分担とも言うわ」
「適材適所の間違いじゃない? ものは言いようだよね」
「マシュマロも、入れちゃいましょうか」
「ねえ、母さん」
「なあに」
「チャールズ」
「え?」
「チャールズ、って、呼んで」



 ――本当にいいの? チャールズ。
 僕と母さん以外、ほかには誰もいないはずなのに、唐突にそんな声が聞こえてきた。
 ああ、これは、と僕は思う。いつものあの、わずらわしいやつだ。こんなものが聞こえるから、僕は何もかもうまくやれなくなる。
 ――本当に、それでいい?
 尋ねる声に、両耳をふさいだ。なんでもかんでも、僕に訊かないでほしい。僕に選ばせないでほしい。僕に間違えさせないでほしい。
 ――チャールズ。
「いいんだよ! いいんだ! だって、でも、さもないと――!」