はるの
2022-10-07 21:33:22
86681文字
Public X-MEN
 

ムーンレイカー

全年齢|cherik|2022.10.7|DP後、チャールズが人生に一区切りつける話。チャールズの過去をフリ~~~ダムに捏造しています。



とある冬の話 - 10


 冬の間、僕らはそんなふうに暮らした。
 レイブンとふたりで暮らしたイギリスのアパートそっくりのこの部屋は、全部嘘で、全部僕の頭の中だけでの出来事だと分かっていたけれど、僕は十分楽しんだ。小鳥はジーンの代わりだったのか、レイブンの代わりだったのか、それとも無条件に愛されたかった小さな僕の代わりだったのか、それは分からない。けれど、僕は小鳥を純粋に愛していたし、エリックはいつも小鳥にやさしくて、小鳥はすましたり騒がしくしたりと、のびのび無邪気に過ごしていた。



 いつもの土曜日。朝食を食べ終えると、エリックは腕まくりをして羽はたきを取り出し、家じゅうからほこりを駆逐しようと活動を開始した。
 僕は卓越した力加減で、リビングの窓を開ける。机から追いやられてしまった小鳥は、その窓枠にちょんと乗った。
 通り抜けていく風は、まだ冷たい。
 けれど、キンと凍えるほどではなくて、すぐそこまで春が来ている感じがした。
「季節が変わるわね」
「そうだね」
 しみじみとした物言いの小鳥に、僕もしみじみと言葉を返す。空の色はペールブルーからパステルブルーに変わっていて、雲もちぎったコットンみたいに軽そうになっていた。
「そろそろ、わたしがいなくても大丈夫よね?」
 小鳥は空を眺めたまま、小さな背中でそうつぶやく。
 僕はきゅっと唇を食んだ。少し迷ってから、口を開く。
「この春の訪れは、僕が大丈夫になったってこと?」
「それを決めるのはあなただわ」
「まだ行ってほしくないよ」
「大丈夫よ」
「ずっとそばにいて」
「いたでしょ、もう。あなたったらなんにも分かっていないのね」
 小鳥はいつもみたいに、高飛車に言って胸を張った。そうすると、ふわふわの羽毛がふくらんでかわいいのだ。僕は小鳥が飛んでいかないように、すぐさま窓を閉めてしまいたくなったけれど、そうすると小鳥をつぶしてしまうし、何より、小鳥を裏切るようで、胸が苦しくなった。
 おそるおそる、手を伸ばす。
 小鳥はそんな僕に気づくと、ぴょんと手のひらに飛び乗ってきた。
「チャールズ。わたしはあなたの小鳥よね?」
「うん」
「ならいいわ」
 鼻で笑うような気軽さで、小鳥は手の中で羽を休める。両手ですくうように包み込むと、小鳥は眠そうに目を閉じた。
 温かく、ゆっくりと呼吸をしていて、とくとくと小さな胸が鳴っている、僕の空想上の大事な家族。
「チャールズ?」
 エリックに呼ばれてぱちりとまばたくと、手の中は空になっていた。
 僕は両手を握りしめて、ぐっと胸に押し当てる。
「小鳥がいなくなっちゃったよ、エリック」
 小さくそう告げると、エリックはちょっと立ち止まってから、すぐさまこちらにやってきた。持っていた羽はたきは机に置いて、僕の胸元を覗き込んでくる。
 それから彼は、そっと僕の肩に触れると、慰めるようにやさしく撫でた。
「そうか」
「とても悲しい」
「ティッシュを持ってこようか?」
「それは泣けってこと? もう少し気の利いたことを言えないかな」
「いくらでも鼻がかめるすごく柔らかいティッシュだぞ。高いやつ。この上なく気が利いてるだろ」
 そんなからかうような言い方に、僕は思わず笑みをこぼす。エリックはわざとこういうことを言って、僕が少しでも軽い気持ちになるよう、元気づけてくれているのだ。
 隣を見上げると、彼はかすかに微笑んだ。さみしさと慈しみが混ざった、季節の終わりの色だった。
「君も、僕がすがる相手として、僕が勝手に作った存在だろう? 君もいなくなるのかな」
 ぽん、とエリックの胸を叩いて、僕は情けない顔をする。
 エリックは、きょとんとした表情で、小首を傾げた。
「お前が望むなら」
「望むわけないだろ、そんなこと」
「そうか……。まあ、どうしても、と言うなら、一生ここに住んでもいいが」
「本当かい? 夏になってもいてくれる?」
「俺はあいにく、友人が深淵に落ちたら一緒に落ちてやるのがベスト、だとは思っていない。お前が大丈夫なら、起きろ、チャールズ。起きて、専門の医者にかかれ。健康になって太陽の下へ出ろ。そしたらお前を攫いに行ってやる」
 かわいらしい小鳥みたいなしぐさをしながら、エリックは自分の胸から僕の手を取ると、ぐっと握る。握手というより、言って聞かせるような握力だった。
 僕は、なんだかいきなり思考が停止したような感じになってしまって、ただじっとエリックを見上げる。
 開いた窓辺の、晴れた早春の光の中で、エリックのきれいな虹彩の色は、ただまっすぐにこちらを見ていた。
 ゆっくりと、手を下ろす。エリックは抵抗せず、僕の手を解放した。僕は次第に自分の顔がくしゃくしゃにしかめられていくのを感じながら、並べた肩を1歩分、彼から離す。
 そうして、うつむいて、眉間の皺をぎゅっとつまんだ。
……エリック」
「なんだ」
……エリックなのか?」
「そうだが」
「僕のエリックじゃなく???」
……どういう意味か分からんが、お前の友人のエリックだ」
「いやそういう意味じゃなくて。君は、僕の空想上のエリックじゃないの? イマジナリーエリックだよね?」
 ものすごおおおおおく嫌な予感にさいなまれながら、僕はそっと隣を窺う。
 不思議そうな顔をしていたエリックは、ふいにぱちりと、納得したような表情に変わった。
「そういうことか。そうでもあるが、そうでもない。お前とつながろうと呼びかけると、お前はたいていの場合、きちんとここに連れ出してくれた。俺がいないときの俺は、お前が動かしているんだろうが」
…………は?」
「だから、ベッドに横たわってチャールズに呼びかけると」
「いや、分かった。分かったから黙ってくれ。詳しく説明されたくない。は? 君、もしかして私の近くにいるのかい? だいぶ図々しくないか?」
「おっと。ふてぶてしさが戻ってきたな。別に添い寝はしてないぞ」
 私が正気に返った――、というより、現実を思い出したと判断したのだろう、エリックはわざとらしい降参のポーズを取る。向けられた手のひらを心底不審に見つめてから、私は再び眉間を指で押さえつけた。こんなこと、頭痛が起きてもいいくらいだ。残念ながら私の体は、今最高に健やかだが。
「起きて最初に見る顔が君、なんて絶対に嫌だぞ……。だいたい君、私と絶交したはずだろう。何をのこのこと現れて、充実した暮らしを満喫してるんだ」
「絶交なんてしたか?」
「しただろ! 友だちじゃないって言った!」
「そのあと、目と目を交わして和解したはずだが」
「は?! そんなのした覚えないぞ?! 言葉を尽くせよ! いや人のこと言えないけど! それに君は、あのくそヘルメットまでかぶってきた!」
「言葉が悪い。ヘルメットが何か問題か?」
「大問題だ! あれをかぶらないのは、私だけに分かる君からのメッセージだった! 君があれを手元に置きながら、それでも私の好きなようにできる状態でいることは、私だけの、君からのゆるしだった! 私だけの……、それなのに!」
「分かった。分かったからストップ。残りは生の声で聞かせてくれ」
「言い足りないんだが?!」
 言っているうちにいろんなことが湧き上がってきて、私はエリックに詰め寄った。普段なら絶対に口にしないようなことまで言ってしまっているのは、しばらく甘やかされていたせいだろうか。そう思うのは癪なので、どうせこれは夢だから、ということにしておく。
 どんどんとエリックの胸を拳で叩けば、エリックは困った顔をして、私の両腕を取り上げた。今度はもがいても拘束を外してくれなくて、目からビームでも出すかのように、目の前の男を睨みつける。私がスコットじゃなくて命拾いしたな。そう思っていると、ふいにエリックは両手を放り投げて、代わりにぐっと急接近した。
 腰を抱き寄せられて、胸同士が密着する。耳元に吐息がかかって、思わずぎゅっと目を閉じた。
「睦言は自分の耳で聞きたい。だいたい、相手がジーンなんだから、そりゃかぶるだろ、ヘルメットは」
「は?!」
「それだけキャンキャンできるなら、すぐにでも起きられそうだな。しこたまハンクに叱られろよ」
「ちょ、エリッ――
 どん、と腕を突っぱねようとして、次の瞬間、両手が宙を掻く。
 私は大きくバランスを崩して、なんとかぎりぎりたたらを踏んだ。
 ぎょっとして見渡せば、誰もいなくなった部屋は静まり返っている。



 小さな埃がいくつか舞って、光をきらきらと反射させていた。入居前の空っぽの状態になった、明るく住み慣れたアパート。
 私は思わず、はあ、と大きく溜息をついた。ちっともしまらない気分だったからだ。なんだろうか、あのわちゃわちゃした残念なやり取りは。
 それともこの詰めの甘さは、結局私の性分なのだろうか。だったらもう、仕方がないような気もしてくる。
「何も解決してないように思うけど?」
 顔を上げると、目の前に私がいた。
 12歳の、静寂を知った直後のチャールズだ。
 私はやさしく微笑みかけると、車椅子をうまく前後させて、彼に向くよう調整した。
「すべてがきれいにまとまるわけじゃない。パズルのピースのようにはできていないようだからね。おいで、チャールズ」
 おそるおそる近づいてくるチャールズに手を差し伸べて、髪を撫でながら抱き寄せる。小さなチャールズは、そっと私の背中に手を回してきた。
「私は、君をいないものにしたかった。代わりに家族を手に入れれば、代わりにしてほしかったことを誰かに与えれば、君を消してしまえると思っていた」
「ひどいことをするんだね」
「そうとも、ひどいさ。君はよく知っているだろう?」
「うん、よく知ってる」
「チャールズ」
 そう呼んで、少し体を離す。顔を上げたチャールズは、かけらもためらわずに私を見つめた。
 私もはっきりと目を合わせたまま、その丸く柔らかい頬に手を添える。
「ごめんね。私は君を助けられない。君の力にはなってあげられない。君の愛は、一生報われない」
「うん」
「それでもいいなら、一緒に帰ろう」
「うん。チャールズ、一緒に帰ろう」