はるの
2022-10-07 21:33:22
86681文字
Public X-MEN
 

ムーンレイカー

全年齢|cherik|2022.10.7|DP後、チャールズが人生に一区切りつける話。チャールズの過去をフリ~~~ダムに捏造しています。



とある冬の話 - 01


 朝の明るさを感じて、ゆっくりと覚醒する。
 外気の寒さとベッドの温かさを瞬時に認識して、僕は頭から布団をかぶった。そうしてしばらく往生際を悪くしたあと、あきらめてぬくぬくとした根城を後にする。真っ先にヒーターのスイッチを入れたけれど、部屋全体が温まるにはなかなかの時間が必要だった。僕はずっしりとした重みのある分厚いガウンを羽織って、小さく縮こまりながら歯ブラシを手に取る。バスルームは年代物でも、清潔で、ブルーの壁と黄色のタイルがおしゃれで気に入っていた。
 しゃこしゃこと歯を磨きながら、ドアを開けてリビングに戻る。リビングというか、書斎兼、ダイニング兼、リビングだ。このアパートは狭くはないが、エグゼビア家の人間が借りているものとして他人が想像するほどには広くもない。大きな厚手のカーテンを開ければ、薄暗かった部屋はぱっと明るくなった。
 窓はとても古風な作りで、開けるには一苦労する。つまり、コツがいるのだ。僕は歯ブラシを咥えてから、両手を使ってうまく力を込めた。ガタン、といつもの音がして、外にはいつもの街並みが広がる。車の走る音、誰かが喋る音、時間になれば鐘の音も聞こえてくるだろう。僕はしゃこしゃこを再開して、ペールブルーの空を眺めた。頬に感じる風は冬にふさわしい冷たさだったけれど、今日は天気がよさそうだ。
 そんなときだった。
 ばささ、と軽い音を立てて、小鳥が窓から入ってきた。僕は驚いて身を引いてしまったので、小鳥はまるで不時着の様相で、窓枠をかすめて床に落っこちそうになる。
 けれど、あっと思ったのもつかの間、小鳥はその小さな翼をめいっぱいに広げて、ぎりぎりでふわりと旋回した。そのまま、流れるように近くの書き物机に着地して、ぴちゅ、と咎めるようにひと鳴きする。
「ちょっと、ひどいんじゃない? 飛び込んでくるのを見てよけるなんて」
 小鳥の言い分はこうだった。僕は歯ブラシを咥えたままだったので、まずは手のひらを見せて、それから歯ブラシを指差した。そうして小鳥の合意を取ってから、慌てて洗面台に駆け込む。泡を吐いて、口をゆすいで、顔も洗って、髪を梳かして。開けっ放しにしたドアの向こうから、せかすような羽音がして、僕は急いで踵を返す。
「見てよけたんじゃない。驚いて思わず下がってしまったんだよ」
 リビングに戻るなり、僕はそう弁明した。机の上のスタンドルーペに移動した小鳥は、疑わしそうに首を傾げる。
「そうかしら」
「そうだよ。もしあらかじめ、飛び込んできたのが君みたいな小鳥だと分かっていたなら、僕だってちゃんと受け止めたさ」
「あら。でも、こういうことは、『あらかじめ』分かったりしないものよ」
「まあ……、それはそう」
「わたしが機敏な小鳥でよかったわね」
「ふふ、うん。そうだね。君に感謝する」
「どういたしまして」
 小鳥が得意げに胸を張ると、羽毛がふわっとふくらんでかわいかった。高飛車な態度と相まって、僕は少し笑ってしまう。
 開いている窓を見やってから、僕はキッチンへ入った。寒いので閉めてしまいたかったけれど、迷い込んだこの小鳥がどうしたいかで今後の行動が変わってくる。
「とりあえず、何か飲むかな」
「あなた、小鳥が紅茶を飲むと思ってるなら、とんだおめでたい人よ」
 茶葉の缶を取り出しながら小鳥に尋ねれば、小鳥はあきれたようにそう言った。



 もちろん、冗談だ。僕はとぼけた顔をしてから、あつあつの紅茶を淹れた。淹れたといっても、ティーバッグに適当な量の茶葉を突っ込んで、それを入れたマグカップに直接お湯を注いだ横着なやつだ。今日は一緒に、水を入れたロックグラスも持っている。
 それらをソファの前のテーブルに置くと、小鳥は軽く飛んできて、グラスのふちにちょこんと止まった。僕もソファに移動して、ゆっくりと体をクッションの隙間にうずめる。
 部屋は温まってきたけれど、窓を開けているせいで足元が寒かった。
「それで」
 僕はカップを取って、そろそろと口をつける。どう考えても熱いので、結局飲むふりだけになった。
「君はどうしたのかな。ここをカフェにするにはちょっと、不便なような気もするよ」
 小鳥はふたくちほど、水面をついばむ。そして十分に時間を取って、物思わしげに羽を動かした。
「両親とはぐれてしまったの」
 沈痛な面持ちで、あっという間に曇り空になってしまったような雰囲気だ。僕もつられて、ちょっと落ち込んだような気分になった。家族と離れてしまったなんて、心細いことだろう。
「それは、大変だったね」
「でも、ちょうどいいところに、窓が開いてて助かったわ」
 小鳥は僕の様子を見ると、明るく軽快にそう言った。きっと励ましてくれているのだと思って、僕はなんだかうれしくなる。
「それはよかった」
「あなたのスタンドルーペは止まりやすいし」
「お褒めに預かり光栄です」
「あら。お世辞じゃないのよ。わたし、お世辞は言わないほうなの」
「言わない、と断言しないところがいいね」
「真実に勝るものはないわ」
「僕は、君のご両親を探す手伝いをしたほうがいいのかな?」
 小気味よく歯切れのいい小鳥との会話は楽しかった。もう一度、あつあつの紅茶にチャレンジして、今度はちびっとだけ口に含む。恐れおののいたほど、灼熱に焼かれるということはなくて、ただの熱めの紅茶だった。いっつもこうだな、と僕は思う。
 いっつも怖がって舌をひっこめるけれど、恐れずに飲んでみれば、だいたい平気な温度なのだ。
「わたしをさっさとどこかへやってしまいたいのね」
 傷ついたような小鳥の声に、僕はびっくりして顔を上げた。
「厄介ごとを手元に置いておきたくないのね。さっさと誰かに渡しちゃいたいんだわ」
 小鳥はぴゅり、と高い声で鳴くと、ばさばさと羽ばたいてグラスの水を散らす。そしてすいっと飛び上がると、窓のほうへ飛んでいってしまった。
「ま、待って! そうじゃない!」
 慌ててそう叫んでも、小鳥はそのままいなくなってしまう。僕は呆然として、しばらく小鳥の去った窓をぽかんと眺めてしまった。
 それからのろのろと、窓際へ移動する。僕が失言してしまったばかりに、困っている小鳥はどこかへ行ってしまった。深い深い溜息をついても、それが何かになるわけじゃない。分かってはいても、はあ、と口からこぼれ出てしまう。
 閉めようとして窓枠に触れると、金属のそれはキンキンに冷たかった。冬だ、と改めて思う。
「別に、厄介だなんて思ってなかった。ただ、困ってるなら助けてあげようと――
「じゃあ、ここにいてもいいのね?」
 ――思って、と未練がましく独り言をつぶやいていると、手元に小鳥が飛んできた。ひゅん、と軽く起こった風は、手の甲を叩いてくる。そんなふうにして、機敏さに定評のある小鳥は、部屋の中に舞い戻った。
 僕は再び呆然として、ゆっくりと振り返る。小鳥はスタンドルーペに止まって、さも当然とばかりの態度だった。
「ここにいてもいいのね?」
 返事をしなかったからだろう、小鳥ははきはきとそう繰り返す。
 僕はなんだか笑ってしまって、秘伝のコツを使いながら、丁寧に窓を閉めた。
「もちろん。君がいたいだけいてくれ」
「あら。やさしいのね」
「そうかな? 僕はたださみしかっただけかもしれないよ」
 ソファに戻りながらそう言うと、小鳥は再びグラスまで飛んできた。止まりにくそうなので、もうちょっと分厚いグラスを用意しなければならないなと思う。紅茶はちょうどいい熱さになっていて、ヒーターも絶好調だ。冬の朝、あたたかいものたちに囲まれて、のんびりと過ごすのは、なんて贅沢なことだろう。
「それでもいいわ。ここにいることには変わりないでしょ」
 小鳥は高飛車にそう言うと、グラスの水をふたくちつついた。