はるの
2022-10-07 21:33:22
86681文字
Public X-MEN
 

ムーンレイカー

全年齢|cherik|2022.10.7|DP後、チャールズが人生に一区切りつける話。チャールズの過去をフリ~~~ダムに捏造しています。



 あなたのそばにいるわ、チャールズ。
 そう言ったレイブンは、本当によく付き合ってくれた。
 たとえば、政府に呼ばれて、重苦しい話をしなければならないとき。消滅するならやらかした全部を片づけてから消滅しろ、と状況を棚に上げてアポカリプスに唾を吐きかけたくなるようなとき。いつもなら身ひとつで孤独な戦いを強いられるときに、レイブンが隣にいるということは、ほとんど奇跡のようだった。
 X-MENの活動についての説明責任を果たしているときに、こう尋ねられたことがある。
 ――それで、どういう仕事ができるんだ? たとえば紛争地に赴いて、テロリストの首魁を仕留められるか?
 CIAがとがった意見を述べるのは今に始まったことではないし、なんならもっととがっていた頃を知っているチャールズとしては、ああうん、まあね、知ってた、という心境だった。けれど隣のレイブンときたら、まるっきり般若みたいな顔になるものだから、チャールズは努めて真面目な顔を繕わなければならなくなる。
 そして、こういう顔をしてくれる人のために、自分はすました顔で仕事をこなすのだ、という自信が湧いた。
 もちろん、チャールズはこう答えたものである。
 ――我々の目的は、あくまで弱者救済です。治安維持においての武力となるつもりはありません。それに、我々のようないち市民が、そういった作戦に首を突っ込んで、それをよしとする前例を作るのは、あなた方としてもまずいのでは?
 それもそうだな、と乗り出した身をひっこめてくれた皆さんに、チャールズはやさしく微笑みかけて話を終わらせた。
「よくやった、と言いたいところだけど。なんか手馴れてて、ちょっと嫌な感じ」
 話し合いの帰り道、レイブンはそんなふうに言って顔をしかめた。
 チャールズは声を上げて笑って、軽やかに車椅子を操作する。
「スーツくんたちとたわむれている間に、私もスーツに染まったかな」
「そうじゃなくて。女の子とみればうきうきとしっぽ振ってわけの分からない遺伝子の話をしてたチャールズが、薄汚い政治の話を慣れたようにしてるのがね……
「いつの時代の話だよ……、あと、私にしっぽはないよ」
「あるように見えたわよ、十分。はあ。やだやだ。帰ってハンクと一杯やんなきゃ」
「君たちの私の認識、60年代で止まってないか? なんかエリックも似たようなこと言ってたぞ……
 変顔を作ってしかめてやれば、レイブンはそれを見ておかしそうに吹き出した。なにせ君が20年も留守にしていたから、と一言多くすることもできたけれど、チャールズはただつられて吹き出す。
 今、こうして隣で、一緒に歩いてくれているだけで、もうすべてが完璧だと思えたからだ。



 アポカリプス事件にかかわるものとして、公に顔を出したことによって、チャールズの暮らしは確かに一変した。
 学園から1歩出れば常に誰かに見られていて、見知らぬ人からのコンタクト数も膨れ上がる。うわさや憶測が横行して、世間が自分を何かはっきりした分かりやすいものに位置づけようと、右往左往していることが窺えた。もちろん、自分はただのチャールズ・エグゼビアでしかないのだが、そんなシンプルな考え方が通用するなら、この世に差別はなかっただろう。
 よほど怪しげなものでない限り、メディアの取材も積極的に受けた。中でも一番楽しかったのは、学生ジャーナリストたちの申し出だ。子供たちと意見交換をするという機会は、圧倒的にチャールズのホームだった。そういったことで充実した時間を過ごせるのは、根本的に、根っから、自分は教師に向いていると思えて、それも楽しかったのだ。
「あなたの声、聞き覚えがあります」
 ボイスレコーダーを起動して、最初の自己紹介を行ったのち、そんなふうに始めた若いインタビュアーがいた。
「それは、事件の起こる直前に?」
「はい。あの、全世界宛のテレパスで」
「よく覚えているね」
「僕は耳がいいんですよ。あっ、いや、超音波を聞き取れるとかじゃないですけど」
「ふふ。たとえミュータントでなくても、それは優れた能力だと思うよ」
 言ったあと、少し嫌味に聞こえてしまうかな、と懸念する。けれどインタビュアーは、特に気にしていないようだった。
 にこりと笑った彼は、ええっと、と言いながら、自分のノートに目を落とす。
「あなたは弱者を守れと言いましたが、今後もそれが目標ですか?」
「そうだね。そうできたらいいと思っているよ」
「弱者というのは、ミュータント? それとも人間?」
「うーん。その括りで分離してしまうと、少し齟齬が起きそうだ。私は私の力で助けられる人々を、助けていけたらと思っている」
「偉い」
「はは、ありがとう」
「あ、いえ! あの、すみません、心の声が、思わず」
「構わないよ。どうぞ本音で」
 青年は、慌てたように両手をせわしなく動かした。言わせたいことをなんとか言わせようとするベテランの記者や、高級ビスポークで革張りの椅子に座ってすました顔をすることだけを強く要求するカメラマンより、ずっと好感度は高い。やり直したそうに、恨みがましく自身のボイスレコーダーを見下ろす表情が赤裸々で、チャールズは口元に手を当てた。あまり笑っては失礼だろうと思ったからだ。
 インタビュアーは気を取り直すと、まっすぐとこちらを向いた。
「僕がうっかり心の声を漏らさなくても、あなたには聞けるんですよね。つまり、テレパスで僕の心を?」
 口調も表情も真剣で、チャールズは手を下ろす。きっと彼としては、それが最も知りたいことなのだろう。
 そしてきっと、読者の大半が知りたがっていることだ。だいたいのメディアにおいて、必ず尋ねられること。
「君の心を読めるか、という質問なら、イエスだ。そしてこの答えが、君を脅かすことも分かっている」
「い、いえ、怯えというか、まあその、緊張はしますけど……
「身構えなくてもいいよ、といっても、最初は難しいよね。ただ、私とこの能力とは、もう長い付き合いだ。君が君自身、何ができて何ができないかをおおむね知りえているように、私もこれを分かりきっている。そして、分かりきっているということは、コントロールが可能ということだ」
「つまり……、できるけど、やらない?」
「君はこのインタビューを記事にする際、あることないこと好き勝手に書くことができる。私が挑発的なハンドサインをしたとか、差別用語を使ってレイシスト発言をしたとか、いくらでも自由に書いてしまえる。けれど、君はそうしない。何故だい?」
「それが僕の仕事だから。正しくないから。卑怯なことをしたくないし、本当に価値があるものは真実だから」
「それとまったく同じことが私にも起こるということを、君と君以外の人たちが、きっと理解してくれると信じているよ」
 ぽかんとこちらを見つめる表情は素直で、チャールズは素直に微笑んだ。はっとした彼は、自分を恥じるようにかっかと頬をほてらせると、再びわたわたと無意味に手を動かしながら、全力で同意してくれる。世界中のインタビュアーが、この子みたいに純粋ならな。チャールズはそんなことを考えながら、上機嫌でインタビューを終えた。



 ふたりで学園の応接室を出たタイミングで、図ったようにレイブンがやってくる。
 彼女はなんでもかんでも付き添うわけではないのだが、自身が顔バレして大変だった経歴からだろう、こういったことに対してやけに気をもんでくれた。今も、変な記者じゃないでしょうね、という警戒したまなざしを青年に注いでいる。チャールズは、特に問題がなかったことを伝えようと車椅子を進めて、何故かインタビュアーのほうに先を越された。
「ミスティークだ! あっ、いやっ! ご、ごめんなさい、ミスティークさん!」
「え」
「あっ、あの、握手とか、お願いしても、握手とか」
 ほとんど舞い上がった状態の青年にまとわりつかれ、レイブンは一気に困惑した様子になる。
 チャールズは、目の前で繰り広げられるそんな光景に、半眼になってうめき声を上げた。
「えええ……、あの、ミスター?」
「待ってくださいプロフェッサー! えっと、写真を一緒に、撮ってもいいですか?! というか、プロフェッサーと仲がいいんですか?! あっ、まさか、まさか付き合っ――
「ストップ。彼女は私の学園の優秀な教師だ。下手なゴシップはやめてくれ。それに、本当に価値があるものは真実だ、と力強く断言したあなたには似合いませんよ」
「もちろんです! というか、それとこれとは別のやつですよ! だってこんな機会絶対ない――、あの、ツーショットは僕の個人のカメラで」
 必ず手に入れたいものは、どんな妨害を受けてもスクープする。そんな根性が垣間見えるほどの粘り強さで、彼はレイブンと握手をし、ツーショット写真を撮ると、一生持ち歩きます! と言って、うきうきしながら帰っていった。
 嵐に巻き込まれたレイブンは渾身のあきれ顔、チャールズは渋い顔を両手で覆う始末だ。
「ただの君のファンじゃないか……。私の話をきらきらした顔で聞いてくれていたのに……
「ちょっと危ないやつかと思ったけど、あなたにはあれをしなかったのね。じゃあいいわ」
「よくないよ……。はあ。なんか複雑な気分だ……
「何を拗ねてるのよ」
 こちらにもあきれた顔を見せるレイブンを見上げて、溜息をつきながら学園長室へ戻った。
 チャールズが席に着いて、もらった名刺を机に置くと、レイブンはすかさずそれを拾い上げる。しかつめらしい表情で、表も裏も検分する彼女に、チャールズは眉尻を下げた。
「君がいてくれてうれしいよ」
「は? 何、いきなり」
「いや。なんだか私のSPみたいだなと思って。その名刺には何か仕掛けが施されてるかい?」
 からかうようにそう問えば、レイブンは鼻頭をしわくちゃにして、ぽいと紙切れを机に投げる。チャールズは笑ってそれを拾い上げると、引き出しの中にしまい込んだ。ふう、と小さく息を吐けば、隣でレイブンは腕を組む。
「疲れた?」
「まあ。目の前にいない人たちから見た自分を考慮して振舞う、というのは、やっぱり緊張するものだね」
「やっぱりあなた、向いてないのよ、こういうの。性根はフリーダムマイペースのくせに。そうでしょ?」
「あは。君が言うと年季が違うな。でも、頑張りたいんだよ、レイブン」
……そうね」
 X-MENの活動は、ひどく身近なところから始めた。
 ミュータントが原因の事件には、特に注意して対処した。出火原因が動き回るビル火災や、前触れなく突然起こる器物損壊などに、途方に暮れていた警察と協力して、少しずつ信頼を積み重ねていった。もちろん、ミュータント差別をなくすための啓発や、ミュータントの地位向上においての意見書を提出したり、学術的ではない講演会も定期的に開催した。恵まれし子らの学園は、その理念やカリキュラムをつまびらかに公開し、我々が何者であるか、何を目指し、何をしようとしているのかを、常に訴え続けた。
 学校や個人宛ての応援の声は多かったが、同時に誹謗中傷も一気に増えた。さばききれない程度ではないが、電話や手紙で、あるいは直接人的に、危害を加えようとする暴力行為も散見された。それらは冷静に警察へ相談し、必要に応じて法的措置を取っている。






 とはいえ、中には過激派もいた。
 政府からの依頼で、走行中の列車と乗客を人質に取って派手な犯行声明を出したグループの事件にかかわったときのことだ。声明自体は、社会に対する痛烈な批判といった内容で、ミュータントが参加している様子もなかった。けれど、無辜の乗客が危険にさらされているのなら、協力しないなんて選択肢はない。
 チャールズはセレブロを使って、全体の進行を監視していた。運転手以外全員眠らせようか? と提案したら、レイブンに鬼の形相をされたからだ。彼女は、チャールズが大規模にテレパスを行使することを、よくは思っていないようだった。テレパスへの疑心という要らない火種を炎上させたくないと思っていたのかもしれないし、ただ単に、チームの練度を上げるために、X-MENの実働隊だけで片づけたいと思っていたのかもしれない。尋ねたことも、心を読んだこともなかったので分からないが、少なくともチャールズは、最悪の場合はそうしよう、と見守っていたわけである。
 列車はスムーズに停止し、首謀者もスムーズに捕らえられた。
 乗客のうち、銃を突きつけられていた要救助者も、無事に保護される。
 任務完了とレイブンからの報告を受けて、安堵しながらセレブロを切ろうとした、そのときだった。
 要救助者、と思っていた男性が発砲して、カートの肩が撃ち抜かれる。瞬時にレイブンは、犯人から取り上げていた銃を構え、2発目が心臓に向けて放たれる前に彼の背中を撃った。一瞬の出来事だった。
 結局のところ、要救助者を装っていた人間も、事件の首謀者だったのだ。彼らの目的は、大きな事件を起こしてX-MENを呼び寄せ、偽善者気取りのミュータント筆頭を抹殺して人間の世界を取り戻そう、という、なかなかきつい代物だった。
 チャールズは、彼らの心を精査してはいなかった。ふいに誰かの心を読んで失言してしまわないよう、最近は強固なプロテクトを実施していて、それに慣れきってしまっていたからだ。これは自分の失敗だ、とチャールズは思う。
 問題は、彼の意識が戻らない、ということだった。
 レイブンにそれをさせてしまった、ということだった。
 そして、対象の男性は、議員の息子だった。だから、政府から依頼が来たのだ。
「人殺しを許可した覚えはないぞ!」
 説明の場において、父親はそう激高した。
「我々がどれだけ君たちに目をつむり、忖度してきたか分かってるのか! 一般人の過ぎた力を武装解除させないことを、温情以外のなんだと思ってるんだ! それを、こんな形で返すのか! 君たちは君たちのルールで善悪を決めつけて、君たちの定義で人を裁いている! 許されることだと思ってるのか!」
――こちらも、死者が出るところで」
「私の息子はただの人間だ! ほかにやりようはあっただろう、いくらでも!」
 説明会には、レイブンも同席していた。チャールズはひとりで行くと言い張ったが、頑として聞き入れてくれなかったからだ。私がしたことだと言うレイブンは凛としていて揺るぎなく、そういうときの彼女は、どんな手腕をもってしても動かすことは難しかった。
 なんとかその場を収めて――こちらの立場に同情的な政府関係者も多かった――、ハンクにねぎらわれながら、学園長室へ入る。ドアを閉めた途端に溜息をこぼすと、ついてきたレイブンも深く息を吐いた。
 ゆっくりと車椅子を回して、机に落ち着く。そこに積まれている書類の束は、今回の件に関する資料のもろもろだ。こちらは公人ではないので、通常の傷害事件として取り扱われるところを、現在留保されている状態だった。正当防衛とはいえ、最悪起訴されるかもしれないし、最悪、殺人事件になる。
 チャールズは頬杖をついて、じっとその紙面を見つめた。
「彼の息子は、確かにろくでもない乱暴者だけれど、彼が言うことももっともだ」
「忖度と温情? ハ、私たちの生まれながらの特徴を、自分が望めば『解除』できると思ってる、おめでたいおじさんの?」
「ああ、いや、まあ、そこはね、強固な誤解を解くのは難しいな、というところだけど」
「言葉を選ばなくてもいいわよ、チャールズ」
「ただね。ただ……、私たちが善悪を決めて裁いてはいけない、というところは」
 はあ、と再び溜息をついて、目を閉じる。
 レイブンはしばらく静まり返ると、すたすたと歩いていって、どさっとソファに座り込んだ。
――じゃあ、カートが殺されてもよかったわけ?」
「いい、と私が思うと?」
……ごめんなさい」
「私のほうこそごめん。君だって別に……
「したくてやったわけじゃない、なんて言わないでよ。それはすごく相手に失礼なことだわ」
「うう、んん。うん……、そうだよね。いずれこういう問題は出てくるって、分かっていたはずなんだけどな」
 本当に分かっていたかどうかは不明だが、分かっていたはずだ、と思い込むことで、落ち着きを取り戻せることがある。
 そう考えて、自分が想像以上に取り乱していることを自覚した。レイブンは堂々たる態度で足を組んでいて、けれど彼女としても、それは自分を落ち着けるためのポーズなのかもしれないと思う。
 チャールズは深呼吸をしてから、ぱっと顔を上げて背筋を伸ばした。学園長然とした態度で、物事を悠然と構えられるように。
「責任者として、きっちり畳むよ。まだ納得できない人もいるみたいだし」
「私たちは結局、かけらも信用されてないのよ。うわべだけは好意的に振舞って、こちらがどんなに支払っても、売る気なんてかけらもないんだわ」
 ソファにふんぞり返りながら、レイブンはふんと鼻であしらう。チャールズは机の上に手を重ねると、彼女を見つめてやさしく微笑んだ。
「そうかもしれない。けれど、こちらがまずは信じなければ、きっと何も返らない。そうだろう?」
 聖人君子の声音を努めて意識すると、レイブンは両目をぐるりと回して天を仰ぐ。あきれ返ったそのしぐさに笑って、チャールズは書類を手に取った。できる範囲でこつこつと、片づけていこうと心に決める。
……あなた、よくそれを、何十年も続けてられるわね。気が狂わない?」
「逆に何十年も、だからかな? もう『やり方』を体が覚えてるんだ」
 大雑把に仕分けして、とんとんと角を揃えた。政府のしるしが入っている紙面を軽く指ではじいて、顔を上げる。
 今回の事件は、ミュータントであるというだけで攻撃された。そういう事件だ。たまたま目につきやすかったのがX-MENだから、標的にされて、たまたまX-MENはやり返せるだけの力があったから、誰も大事には至らなかった。
 今、この瞬間、こんなふうにどこかで理不尽に殴られている人たちは、きっと存在するだろう。
「こういったことの根本は、世界の認識がアップデートされていないからだ。私たちが何の努力もなしに、普通の人が普通に生きるように、生きられる世界になっていないから。そしてそれを実現するには、私たちが普通に生きていたとしても、彼らの生活が脅かされるわけではないということを、その恐れを、取り除いて、根気よく大丈夫だと説いていくしかない。これは、正しいと思うかい?」
 言って、レイブンに目を向ける。こちらが真剣な表情だからだろう、彼女も真剣な顔をして、すっと背筋を正した。
「究極的には、そうね。けれど今、この瞬間に、苦しんでいる人たちはいる」
「そう。けれど、我々は努力をするべきだ。殴られても殴り返してはいけない。私たちの存在には価値があると分かってくれれば、きっと彼らはアップデートしてくれる。いつか、必ず、住みよい世界を作るから、いずれきっと、そうするから――、今、苦しい人たちは、いいから黙って死んでくれ」
……チャールズ」
「きっと、そうして死んでしまう人たちを、エリックはずっと助けたかったんだ。でも、今、エリックはいない。だったら私は」
「私がいるわ、チャールズ。私たちがいる。そのためのX-MENじゃないの」
 レイブンは、驚いたように立ち上がる。そして速やかに近くまで来ると、ちょっと乱暴にチャールズの頭を抱き寄せた。
 ジャケットのボタンが当たって痛い。けれど、そんなかすかな痛みが、なんだか無性に心に沁みた。
 うれしかった。本当に。
 レイブンはこうして、寄り添ってくれる。自分とまったく同じ理想を持っているわけではなかったけれど、こうしてそばにいてくれる。
 だからチャールズは、あまりこういったことで、レイブンをわずらわせたくはなかった。もしかしたらまた愛想をつかされて、いなくなってしまうかもしれない。それだけは嫌だった。とてもとても嫌だった。ずっとそばにいてほしい。






「すごいわね。私たちをモチーフにしたコミックだって」
 持っていた小冊子をぱらっとやって、レイブンはわざとらしい笑みを浮かべた。どこから入手してきたのか分からないそれを一瞥して、チャールズは気取った顔を作る。
「いいね。そんなふうにマスコット化した『面白さ』は、無条件に親密さを獲得できる。何もしなくてもまた好感度が上がるかもね?」
「発言が腹黒いわよ、プロフェッサー」
 揶揄したような呼び方に笑って、チャールズは学園長席の引き出しを戻した。似たような笑みをこぼしたレイブンは、再びぱらぱらとやって、適当なページで手を止める。
「それに、結構好き勝手書かれてる」
「問題があるかい? 過度な誹謗中傷? 私はもう目を閉じていても、法的手続きができると自負しているよ」
「そこまでひどいのはないわ。楽しんで書いていることは分かるもの。あなたはまるで聖職者のようだし」
「へえ。そのうちザビエルの隣に列聖されちゃうかな?」
「うーん、どうだろ。たとえばこの本で、あなたは去勢されてるんだけど」
「びっくりした! ちょ、予想外の展開なんだけど?! 何故?!」
「というか、最初からない設定なのかな。あなたの粗品はあなたの煩悩とともに消滅したようよ」
「どんな設定でどんな話が作られてるんだ……、というか粗品って君ね!」
 X-MENの活動の幅が広がるとともに、認知もまたたく間に広がった。もちろん、賛否両論あったが、救済の実績を積み重ねていくごとに、努力も認められていく実感があった。過分な力で人間を脅かす存在、というミュータントのマイナスイメージを、素敵な力で人間を助ける存在、というプラスに持ち込めたのは大きかった。当然、すべてのミュータントがそうであるわけではなかったが、大きな主語が良い印象か悪い印象かということは、アプローチの初期段階で重要なファクターになる。
 賞賛を受けることは、純粋にうれしかった。それはX-MENのメンバーも同様のようで、戸惑いながらも、誇らしく受け止めていたように思う。
 自室でレイブンと酒をたしなみながら、ぼんやりとニュースを見ていたときだ。
 ちょうど、ひとりの社員が起こした致命的な不祥事で、一気に信用を失った会社の記者会見が切り取られていた。
「こういうことが起きたら、X-MENも大炎上するんだろうな」
 喉を落ちる琥珀は、熱くて丸くて心地よい。チャールズは手持無沙汰にチェスの駒をいじっていたが、レイブンはチェスをしなかった。ひとりで白のビショップをもてあそびながら、本来なら動けないマスへ適当に下ろす。
「うちにこんな馬鹿なことをする人なんていないわ」
 クッションを抱き込んでだらしない恰好をしているレイブンも、ぼんやりとニュースを見やった。鼻白むように手を振って、彼女もちびりと酒を舐める。
「こんな馬鹿なことなんて絶対にしない、と思っている人に限って、やらかす傾向は高いよ」
「それは、あなたの体験談?」
 ちらとこちらを向いた目は、からかうような色合いだった。チャールズは肩をすくめて、ロックグラスに手を伸ばす。
「意地悪だな。それに、私たちだって、たったひとつのミスで終わる」
「珍しく悲観的ね」
「現実的だと言ってくれ」
 ニュースの話題はそのうち切り替わって、X-MENの特集を始めた。



 学園長室に政府専用の回線を引いたときの、レイブンの引きようは相当なものだった。
 こわばった表情に一瞬、がっかりしたものを感じて――、そんなことはなかったかのように、チャールズはぱっと明るく笑顔を見せる。
「じゃじゃーん! すごいだろう、国の公認だよ。私たちは公人だ。ミュータントの地位向上としては、なかなかにインパクトのある事実じゃないかな」
「政府の犬になるってことよ。チャールズ、分かってるの?」
 思いっきり眉をひそめたレイブンは、ドアから入ってすぐの場所で足を止めたまま、自身の手を握りしめていた。いつもより距離がある、と思いながら、チャールズは軽い口調で机を回る。まるっきり何でもないことのように、頼むピザの種類を尋ねるような気軽さで。
「断ったときのことを考えてみてくれ。私たちはいつレジスタンスと認定されるか分からない」
「そんな……、そんな選択をしていれば、いつか立ち行かなくなるわ。何も自由がなくなって、私たちはただ彼らの都合のいいように使われるだけ。懐かしいわねチャールズ、ラボラットだった頃が?」
「ひどいな。ラボラットになった覚えはないよ」
「最初のセレブロのときは? 設計図を引くために、あなたすみずみまで調べられてたじゃない」
「あれは、でも、相手はハンクだったじゃないか」
「CIAはあなたの体をソケットの一部だと思ってたわよ」
 学園長の机につくと、チャールズは軽く肩をすくめた。口角を上げて見上げると、レイブンは深々と溜息をつく。
 それから腹立たしげにつかつかとやってきて、ばん、と両手を机に置いた。チャールズはのけぞってみせたけれど、内心ほっと安堵する。
「プロフェッサー」
「なんだい? 君にそんなふうに呼び立てられると、ちょっと背筋が凍るね」
「『今後レジスタンスと認定されて社会から攻撃される可能性』と、『今のあなたの安全』なら、私はあなたの安全を取る。それはX-MENのメンバーも同じ。私自身のことだってそうよ。いずれ来るかもしれない何かより、今の確実な危機に対処する。私はそういう優先度で動く。そうじゃなければ、私たちが頑張っている意味は何?」
 下から睨み据えるように、真正面から談判されて、チャールズはぐっと顎を引いた。
 らんらんと輝くレイブンのまなざしは、何よりも確かで美しい。
「政府もまさか、あからさまなサクリファイスの手は打たないだろう。我々は世間に知れ渡っているだけの、ただの民間人だ。駒のように扱えば、当然世論は味方しない」
「ねえ、チャールズ。しばらくやさしくされたせいで、あなたは戦争を忘れてしまったの?」
――レイブン」
「人の死を疎みはするけど、尊い犠牲は大好きよ、あいつら」
 彼女の斬れるような厳しい表情は、トラスクの事件の頃を彷彿とさせた。
 そしてチャールズは、ああ、と思う。
 レイブンはもう、きっと一生、政府を信用することはないのだ。どれだけ政体の中身が変わっても。彼女こそ、かけらも信用を売る気はない。
 そういうかたくなな不信を、心を操る能力ではなく、言動を尽くした不断の努力によって、生涯かけて溶かし続けることが、自分の仕事だと思っているのに。
 やっぱり彼女とは、結局のところでは相容れないのだろうな、とチャールズは実感した。あのキューバの砂浜で、エリックのあとを追ったただひとりの妹の、別れのキスを思い出す。
 ――けれど、それでも。
 それでも、きっと、ともにいることはできるはずなのだ。だって、今はそうだった。ここまで一緒に頑張ってきたのだ。
「君の懸念は分かるよ。だから、私がうまくコントロールする」
「うまく、の方法があなたに拠りすぎるのは問題よ、チャールズ。責任範囲をきちんと線引きして。あなたができないと思っていることのうち、本当は簡単にできることなんてたくさんあるわ」
「そうしたら、そばにいてくれる?」
 思わず、口から滑り落ちた言葉に、チャールズは瞠目した。
 呆然と、自分の口をそっと手でふさぐ。厳しい顔つきだったレイブンは、驚きにその表情を緩めた。
「チャールズ?」
「いや。ただ――、つまり、君がともに戦ってくれている、この平穏な今を、私は維持できるよう全力を尽くすよ。私たちの大切な生徒たちと、もちろん私たちのハンクと。君たちの頑張りに、きちんと意味が付与されるように」
 ゆったりとした口調で、チャールズは言葉を追加する。
 考え考え、言葉をつないでいるようでいて、ほとんど頭は働いていなかった。
 レイブンは不可解そうな顔をすると、身を起こしてぐっと腕組みする。
「なんだか、あんまり伝わってる気がしないんだけど……
「不安なら読もうか?」
「やめて、そういう冗談。とりあえず、ハンクの所有格については、ハンクにも言いたいことがあるかもね」
「どうしてだい。私のハンクで、君のハンクだろう」
「反論できなくて唸りそう」
「ははは。ありえる」



 始めた時点で、分かっていたことだ。始めれば、終われないことくらい。
 けれどもう少し、うまくいくと思っていた。私たちが温かく称賛されて、悪者は成敗される。普通の人たちはミュータントを受け入れ、共存に異存がなく、調和した美しい世界。完璧にとはいかなくても、それに少しでも近づいている、そんな実感を得られるような。
 エリック。
 信じたいものを信じられなくなったときに人は落ちる、と彼は言ったことがある。そういうミュータントたちが再び立てるようになるまで、ジェノーシャの村は寄り添ってくれるのだという。
 今、自分はまさに、それにふさわしいミュータントだった。行ったら寄り添ってくれるだろうか? 手を伸ばしたら手を取って、泣いていたら抱きしめてくれるだろうか。
 頬をこすって思考を切り替える。ウィスキーを飲み干して机に向かい、キャンペーン用の原稿を広げた。考え考え、続きを書いていく。夢のあることを、楽しいことを、輝かしいばかりの夜明けを。
 チャールズは、エリックにすがるつもりはなかった。どんなに膝をついても前を見る、そんな自分を彼は褒めてくれたのだ。彼が見ているところでも、見ていないところでも、いつだってエリックに誇れるミュータントでいたかった。