はるの
2022-10-07 21:33:22
86681文字
Public X-MEN
 

ムーンレイカー

全年齢|cherik|2022.10.7|DP後、チャールズが人生に一区切りつける話。チャールズの過去をフリ~~~ダムに捏造しています。



とある冬の話 - 02


 小鳥は書き物机を自分の根城と定めたようで、スタンドルーペに乗ったり、ペーパーウェイトをつついたり、積み上げた本に乗ったりしている。僕はとりいそぎ、空いているスペースにハンドタオルを折りたたんで、即席な小鳥の寝床を作った。小鳥はそれを一瞥すると、仕方ないわね、という顔をして、満足そうに羽を休める。僕はそれに安堵して、自分の寝床に体を休める。空気をたくさん含んでくれるコットンの布団をたぐりながら、小鳥にもコットンが必要だろうな、と僕は考えた。



 土曜日にはいつも、朝からエリックがやってきて、温かいクロワッサンを提供してくれる。
 キンとした朝の空気と、甘く香ばしいデニッシュの香りをまとっている彼は、いわば冬の風物詩だ。そんな彼に起こされるまで、惰眠をむさぼり尽くすのも、僕の冬の季語みたいなところがある。けれど、今日は真っ先に報告すべきことがあった。
 きっちりと起きて、玄関で待っていた僕に、エリックは未知の危険生物を発見したような反応をした。失礼極まりなかったけれど、とにかく、リビングで彼が驚かないように、僕は小鳥を拾ったことを打ち明けた。
「お前は拾いものが得意だな」
「得意ってわけじゃない」
「ひとりでいるのはさみしい?」
「そういうわけじゃないってば」
 小鳥は書き物机にいるので、聞こえないようにひそひそと話す。この部屋の住人が増えたことに、エリックは少しだけ眉を上げたけれど、それ以上の懸念は提示しなかった。
「そんなにさみしいなら、四六時中一緒にいてやろうか。トイレにもついて行ってやるぞ」
「シンプルに嫌がらせじゃないか。できないことを言うもんじゃないよ」
 からかうような口調で肩越しに振り返る彼は、実に健康そうである。楽しそうでよかったな、と拗ねた口調をもごもごさせながら、僕は先にリビングへ入るエリックの背中を追った。
「小さいな」
 小鳥と対面したエリックは、まるで感嘆したように、机を見下ろしてそうつぶやく。小鳥はじっとしたまま、そんな彼を見上げていた。警戒しているらしい。
 エリックは構わず、クロワッサンの詰まった袋をキッチン台に置いた。そのまま冷蔵庫を物色して、卵とスライス済みのベーコンを取り出す。こんなふうに朝食を用意するのも、土曜日の習慣だった。エリックはどうも、僕に温かくておいしいものを食べさせなければならないという謎の使命感を持っているようなのだが、僕は黙っていれば温かくておいしいものにありつけるので、彼の行動理念には疑問を呈さないことにしている。
 エリックがてきぱきと仕事をする横で、僕はのんびりと紅茶を淹れた。もちろん、茶葉を適当にティーバッグに突っ込んだ、適当な紅茶だ。あんまり味にはこだわらないので、何より手間を惜しんでいる。つまり、カップの中でお湯に沈んだティーバッグをスプーンですくって、お湯を張った隣のカップに入れることだってするのだ。生粋のイギリス人が見たら卒倒するかもしれないけれど、エリックはポーランド人なので助かっている。
 出来上がった朝食は、リビングのテーブルに置いた。ダイニング兼リビング、の言葉の意味はここにもかかっている。僕らはのんびりとソファに座って、エリックが買ってきてくれたクロワッサンにありついた。
 小鳥がそろっと寄ってきて、僕の置いた小鳥用のグラスに止まる。エリックはじっとそれを見つめると、クロワッサンを小さくちぎって、そろっと小鳥の近くに置いた。小鳥はちょんちょんとジャンプしながら近づいてきて――小鳥は歩くとき、両足を揃えてジャンプしながら移動する――、そろそろとかけらをついばむ。エリックはそれを見て、もう少しだけパンをちぎると、あっと思い立ったように、サラダボウルからレタスのかけらをつまんで添えた。小鳥はエリックの手が離れるまで待つと、それをちょんちょんとつついてかじる。
「全部かわいい」
 僕は思わず、渾身の真顔で本心をこぼした。



 翌週の土曜日、エリックは大荷物で現れた。
 僕が小鳥の寝床について、懸念を打ち明けたことを覚えていたのだろう、なんだかかわいらしい小ぶりの丸いバスケットを買ってきてくれた。中に詰めるコットンもぱんぱんの袋入りで買ってきてくれて、僕は適度な量をちぎって中に詰め込んだ。即座、まずは布を敷くべきだ、とエリックからの指導が入って、やけにかわいいギンガムチェックのランチョンマットを入れ直す羽目になる。
 それからエリックは、小鳥が止まりやすいふちを持つ水入れと、小鳥が健やかに育つための栄養食を取り出した。それから、小鳥の飼い方に関する本と、小鳥を飼うときに必要な商品がびっしり載ったパンフレットも。袋から次々に出てくるそれらに、僕はおかしくて笑ってしまって、小鳥はぷいっとそっぽを向いてしまった。
「君は、小さくて弱いものに対して、ほんと過保護になるタイプだよね」
「小鳥は気に入らなさそうだが」
「君みたいな大きくて恐ろしそうな男が、やけに甲斐甲斐しくしてくるから、逆に怖くなったんじゃない?」
「斬新な解釈をどうも。こっちの口さがない小鳥は、今日は餌は要らんようだ」
「ほかほかのクロワッサンを無駄にするなんて、この世の冒涜だよ、エリック」
「かわいらしくちゅんちゅん鳴いたら考えてやらんこともない」
「ちゅんちゅん」
「ためらいもなしか」
 小鳥本人はというと、バスケットは気に入ったようだ。
 エリックが帰ったあとの夜、書き物机にスペースを作っていると、小鳥はせわしなく周りを飛び回った。デスクライトのふもとに位置を定めてバスケットを置くと、小鳥はそこに飛び込んで、ふかふか具合を確かめるように出入りする。
「コットンの量はどうかな」
「ちょうどいいわ」
「それはよかった」
 満足そうな小鳥に満足して、僕は即席ベッドだったハンドタオルを片づけた。戻ってくると、小鳥は思慮深いまなざしで、スタンドルーペからエリックが置いていったお土産の小山を見つめている。
 僕はその視線の先から、小鳥の健康食を取り上げた。
「自然食材のペレットだって」
「わたし、別に大きいものが恐ろしいわけじゃないのよ」
 苦悩に満ちた声で、小鳥はそうつぶやいた。尾っぽが下がって、視線はあらぬ方向へ外される。
「けれど、それは好きになれそうにない。わたしが好きなのは、焼きたてのクロワッサンだもの」
 小鳥がぷいっとそっぽを向いてしまった原因が分かって、僕は笑顔になった。
「奇遇だね。僕もだ」
 そんなふうに同意すれば、小鳥はぴちゅっと鳴いてテーブルに飛び移る。
「水入れも、今までどおりで構わないわ」
「グラスは乗りにくくない?」
「そうね、もう少し分厚いものだとなおいいわね」
「早く言ってよ、そういうことは」
「あなたと同じマグカップで構わないの。取っ手もあるし」
「心得た」
 僕は頼もしく請け負った。次のエリック運送定期便で、厚めのマグを注文することになりそうだ。
 懸念点が解消されたはずの小鳥は、それでも気まずい様子だった。僕が不思議に思っていると、小鳥はエリックが買ってきた水入れのふちにぴょんと乗る。僕は察して、ちょっとだけ困ってしまった。
「エリックは気が利くけど、センスは悪いから。確かにそれ、水鉄砲みたいな斬新さがあるよね」
「本当に、彼のことを忌避しているわけじゃないの」
 こだわりのある小鳥としては、譲れないところなのだろう。けれど、買ってきたものが小さな小鳥に使われなかったからと言って、エリックがことさら気にするとは思えなかった。彼は文字どおり過保護だけれど、他人の主義主張は尊重するタイプだ。それはもう、たとえ親友と道をたがえることになったとしても、きちんと徹底されるくらいに。
「彼、とてもいい人だわ。早起きすぎるところと、過保護すぎるところを除けばね」
「後半がポイントかな?」
 小鳥は机に舞い戻ると、粛々とバスケットにもぐり込んだ。僕はしまわれて休まる羽に微笑んで、明かりを消そうと手を伸ばす。
「ちっとも怖くなんてない。本当に怖いものは、たいてい小さくて無害そうに見えるものだって、知ってるもの」
「そうなの?」
 ぱちん、と明かりを消すと、静かで穏やかな暗がりが生まれた。寝室の明かりはつけているので、部屋全体がぼんやりと薄明るいのだ。
 小鳥はもぞもぞと位置を変えたようだった。かすかな音がして、眠りの時間が訪れる。
「そうよ。わたしの両親を殺したのも、そういうものだったもの」