はるの
2022-10-07 21:33:22
86681文字
Public X-MEN
 

ムーンレイカー

全年齢|cherik|2022.10.7|DP後、チャールズが人生に一区切りつける話。チャールズの過去をフリ~~~ダムに捏造しています。



とある冬の話 - 05


 土曜日の朝になると、冬のキンとした空気をまとって、エリックがやってくる。
 僕を温かい布団から引きずり出すことを、彼は自分の仕事だと信じているのだ。そして、誇りを持って取り組んでいる。そうでなければ、こんなにも徹底的に、5分も待ってくれない、なんてことは起きないはずなのだ。エリックには、暴言も、猫なで声も、論理的な説得も、一切合切通用しない。僕はただ、眠たさを引きずった両目をしょぼしょぼさせながら、凍えるほどの冷たい水で顔を洗うしかなくなる。
「あの人、きっと前世はにわとりだったんだわ」
 カーテンを開け放つことで効率的に叩き起こされた小鳥は、バスルームまで飛んできてそんな文句を言った。僕はとさかの生えたエリックを想像して、にやにやと意地の悪い顔をする。
「ひよこのままでいてくれたら、絶対かわいかったのにね」
 バスルームのドアは開け放ったままなので、卵とベーコンの焼けるおいしそうな音がしていた。もちろんいい匂いもして、僕のおなかも準備万端だ。
「何をひそひそ話してたんだ?」
 遅ればせながらキッチンへ入ると、エリックは空になったフライパンを水で冷やして洗いはじめた。温かいクロワッサンの隣に、半熟のスクランブルエッグが盛られている。僕はエリックが沸かしてくれたお湯を使って、いつもの効率的な紅茶を作った。僕用のマグカップと、エリック用のマグカップ。小鳥用のマグカップには、薄まった紅茶ではなく水を入れる。
 すっかり出来上がったそれらをテーブルに運んで、僕たちは完璧な朝食を楽しんだ。甘くて香ばしいクロワッサンに夢中でかぶりついていると、小鳥が2羽、とつぶやいて、エリックは愉快そうにやさしく笑う。見下ろせば、エリックが小さくちぎったクロワッサンを、小鳥が懸命につついていて、僕はふはっと大きく吹き出してしまった。



 朝食を食べている間に、どこかに遊びに行こうか、という話になった。
 外に出ることを少し億劫に思ったけれど、この生活をより深く楽しむためには、ちょっとした冒険も必要だろう。
「たとえば、水族館とか、科学館とか?」
「チョイスが絶妙だな……
「それ、褒めてないよね」
「それに、室内だと小鳥が入れないだろう」
 エリックの迷いのないそんな言葉に、あっと思ったときには遅かった。
 もちろん、そのとおりだと慌てて同意して、行き先を公園に定めてからも、小鳥はへそを曲げてしまって、僕に背中を見せてくる。そればかりか、わざわざエリックの肩に乗って、つんとした態度を取るのだ。エリックは困り顔をしたけれど、確実に僕のほうが困っていた。どんなふうに謝り倒せば機嫌を直してくれるのか、忙しく頭を回転させている間に、エリックはてきぱきと出かける準備を済ませてしまう。
 エリックの車に乗り込んでからも、小鳥はエリックの肩になついていて、僕はちょっと面白くなかった。
 小鳥が肩に乗っていることに慣れてきたエリックは、むくれている僕を面白がる余裕ができてきたようで、僕はエリックに対してつんとした態度を取る。つまり、珍妙な三角関係の成立だった。エリックが小鳥に対してつんとした態度を取れば、きれいな円環が出来上がるだろう。



 公園には、冬の風物詩、小さなスケートリンクが特設されていた。
 興味津々に近づく僕を見て、入ろうか、とエリックは提案する。僕は同意して、すでに装着済みの分厚い手袋を確かめた。
 真っ白いリンクだ。スリムなこげ茶のニットを着て、すっと立つエリックは、ひいき目なしにかっこよかった。
 反対に僕は、彼によってなかなかに着ぶくれさせられていて、ちょっとずるいんじゃないかと思う。いつかの雪かきのときの仕返しなのか、エリックは出かける準備のついでに、分厚い毛糸をこれでもかと僕に巻きつけてきたのだ。まあでも外は寒いだろうし、とひよっていたあのときの僕に、今の僕は言ってやりたい。ちょっと動くだけで、だいぶ暑くなるぞって。
 そんなわけで、僕は早々に、ふうふう言う羽目になっていた。そんな憐れな赤ら顔の友人に、エリックはうれしそうに笑うだけだ。
 僕は、素直にへそを曲げた。
 彼の言葉を全部無視していると、そのうちエリックはどこかへ行ってしまう。そうして僕が不安になって、後悔したタイミングで、そりつきの椅子を引いて戻ってきた。まんまと踊らされた僕は、それ以上へそは曲げられなくて、言われるがまま、借りてきたらしいその椅子に座らされる。
 エリックは、僕を乗せた椅子を押しながら、すいすいと滑った。
 頬に当たる冷たい風が気持ちよくて、僕の機嫌はたちまち良くなる。
 僕らはただ無言で前に進み続け、ただ黙々と滑った。正確にはエリックが滑っていたわけだけど、こうなったら僕も一緒に滑ったということで問題ないだろう。
 喉が渇いてきた頃、僕らはリンクを降りた。
 昼下がりのテラス席で、温かいハーブティーを飲む。冬ということもあって、テラス席は不人気だったけれど、エリックはいい運動をしたあとで、僕は十分に着ぶくれている。椅子ではなくベンチを選んで、隣り合って座れば、暖も取れてちょうどよかった。ハーブのいい香りがして、おまけのクッキーをひとくちかじる。
 かけらがぽろりとこぼれるのを見て、そういえば小鳥がいない、と僕は気づいた。
 確かに、公園まで来たときには、そばで飛んでいたはずなのだ。エリックの肩に乗って、スケートリンクでもくっついていた。いつの間に、いなくなったんだろう。散歩にでも行ってしまったのだろうか。車の窓は少し開けてきたから、もし迷子になってしまったとしても、戻ってきてくれるはずだけど。
 僕はそんなことを考えながら、ほとんどばつが悪い感じになった。
 小鳥がいないことに気づかなかったのもそうだけど、エリックとふたりきりでいることが、ちょっと楽しすぎてしまったので。



 車に戻ると、小鳥は後部座席で眠っていた。
 僕は安心して、ほっと胸を撫で下ろす。心配していたエリックも、そんな僕を見てほっとした表情をしていた。
 僕らが小鳥を構わなかったから、つまらなくなって戻ってきたのだろう。
 そう思うと、胸が痛かった。僕は行きに座った助手席ではなく、後部座席に身を滑り込ませて、小鳥を起こさないようにそっと座る。
 ごめんね、ひとりにして。
 エリックは何も言わず、エンジンをかけてそっと車を走らせた。
 ごめんね、僕のせいで、こんなことに付き合わせて。
 エリックは僕の気持ちを察したのか、帰りにテイクアウトの中華料理を買うと、僕の分と、僕と、僕の小鳥を部屋に届けて、ひとりだけで帰っていった。
 僕がさみしい顔をしていたからだろう、玄関でやさしく抱き寄せて、おやすみ、と言ってくれさえした。