はるの
2022-10-07 21:33:22
86681文字
Public X-MEN
 

ムーンレイカー

全年齢|cherik|2022.10.7|DP後、チャールズが人生に一区切りつける話。チャールズの過去をフリ~~~ダムに捏造しています。



過去の夢 - 03


 ――ジーンが生まれてこなければ。
 ふいにそんな声を聞いて、チャールズは顔を上げた。
 憔悴しきったジーン・グレイの父親は、うつろなまなざしで虚空を見つめている。首のコルセットと相まって、ほとんど人形のようだった。
 娘に妻を殺された夫の気持ちとは、いったいどういうものだろう。
 娘も妻もいたことのないチャールズには、計り知れない領域だった。
 今回の事故は、話を聞く限り、純然たる事故のように思える。父親の記憶を見てみたが、娘の叫びで母親が意識を失い、次の瞬間にクラッシュしていた。おそらく、テレパスの覚醒で近くの人々の意識が混入し、パニック症状を起こしたのだろう。直前まで話していて、自分の行動を否定されていた少女が、『静かに』の矛先を母親に向けてしまったのも自然な流れだ。人為的ではあるが、作為的ではない。ただ、ハンドル操作を失った瞬間に対向車がいて運が悪かった、と簡単に片づけるには、失ったものが重すぎる。そういう事故だ。
 問題は、父親がこれを事件だと思っていることだった。
 両親とも、すでに発現していたジーンのテレキネシスに、うすうす気づいていたようだ。勝手に物が動くことは、彼女の仕業だと思っていた。実際、その側面もあっただろう。そして彼は、今回も、この事故をジーンが故意に起こしたものだと思っていた。
 そのつもりはなかったんだろうが、腹いせに車をぶつけたんだろう。――そんなふうに。
 チャールズは、そのすべての情報をもって、父親に話しかけた。
 自分の子供がミュータント能力を発現したときの親というものは、自身が人間であるならなおさら、たいていが取り乱しているものである。普通ではない娘や息子の人生が、波乱に満ちたものになってしまうのではないか。彼らの多くは、そんな不安と恐怖で過敏になっている。そしてそんな保護者たちに、チャールズは何度も寄り添ってきた。ミュータントというものを分かりやすく解説し、ロールモデルを具体的事例とともに挙げ、完全ではないにしろ一定の安堵を得られるように、やり方も工夫して改善してきたのだ。だから、今回もそのつもりだった。
 できるなら、この欠けた家族の力になってあげたい。できるなら。もし可能なら。
 ――ジーンが生まれてこなければ。
 自分の娘が『何』なのか分からない、と父親は訴えた。
 自分の手に負えない、と。ほとんど怯えをにじませた、少しなじるような色もある訴え。それだけなら、取り乱した保護者の言動として、ままありえることである。
 ――ジーンが生まれてこなければ。
 けれど、この心の声が聞こえた時点で、もはや最善は取りえない、とチャールズは判断せざるをえなかった。可能性はみじんもない。
 そして、それを裏づけるように、彼女の父親は自身の娘を、絶望だと言って切り捨てた。
 娘に妻を殺された夫の気持ちとは、いったいどういうものだろう。
 チャールズは、不思議に思う。
 もし、自分がそんな目に遭ったら、こんなふうになるのだろうか。
 どちらも同じだけ大切で、そのどちらかのうち、片方を取りこぼしてしまったのなら、残ったほうまで取りこぼしたくはない。普通はそう、考えるものなんじゃないだろうか?



 だいたい、『ジーン』なのだ。
 強いテレキネシスとテレパスを持つジーン・グレイ。チャールズは明確に、彼女こそローガンの言っていたひとりだと確信していた。明るい未来をもたらす仲間。私たちの『希望』。そんなふうに、出会う前から親近感のある彼女を、『絶望』だと断じるような親に、任せてはおけないと思った。義憤というより、単純な憤怒だ。自分の大切なものが、ふさわしく大切にされていない、という気に入らなさ。
 この思考回路、ちょっと間違えるとマグニートーになっちゃうな。
 ホワイトハウスをめちゃくちゃにしておきながら、しれっと飛んでいってしまったろくでもない旧友を思い出して、チャールズは苦笑する。マグニートーにそっくりだ、なんて史上最悪のけなし文句だ。絶対そうならないように注意しなくては。
 チャールズはもう、このときには、ジーンを引き取るつもりでいた。
 父親の同意も取ってある。養子にするわけではないが、後見人としての立場を書類上で明確にするつもりだ。
 看護師に連れられて、チャールズは車椅子を進めた。待合のドアを開けてもらって、中に入る。
 小さな赤毛の少女は、ソファのすみにちょこんと座っていた。
 まるでもう、何もかもを知り尽くしてしまったかのような、静謐な表情だった。
 ――まさか、父親とのあの会話を、あの父親の心情を、テレパスで読んでしまったのだろうか。
 そう考えると、ひどい動揺が内心を襲う。チャールズは努めて冷静に、それでも気安く、気軽に感じられるように、短い挨拶から始めた。なにせ、これが初対面だ。ここで失敗するわけにはいかない。
「私の両親は?」
 警戒した、押さえたトーンの声だった。それでもたったの少女の声だ。
 ジーンは、両親がどうなったのか、まったく知りえていないようだった。チャールズは心底安堵して――、同時に、多大な重責を感じて息を吐く。何から始めたらいいのか、一瞬、何も分からなくなった。一瞬、ふつりと思考が途切れる。
 ここで、彼女の両親に起きたことを、何もかも話してしまっていたら。
 何か、変わっただろうか。
 途切れた思考の隙間に、そんな考えが浮かんでくる。
 いや、そんな馬鹿な。だってこんな、相手はこんな、ほんの小さな子供なのだ。君がテレパスで母親の意識を奪ったせいで、父親に妻殺しの娘だと思われている、なんてことを、今ここで、こんな少女に話すのか? 父親に『絶望』と呼ばれたことを、生まれなければよかったと願われたことを、今ここで?
 驚きすぎて、頭を振る。くらりと鈍いめまいがした。
 けれど、どうしても話さなければならない。どうしても。さもないと――
 チャールズは、まるで不思議な使命感に突き動かされるようだった。ほとんど呆然としたような心境で、沈んだ表情の少女へ向き直る。
 真実を。チャールズはそう考える。言わなければならない。真実を。今までずっと、見ないふりをしていたことを。知らないままでいたかったことを。かわいそうなテレパスの子が、いずれ必ず悟ってしまうことを。
 ――君は、捨てられてしまった。君の家族は、どれだけ君が愛しても、君を愛し返すことはない。
「言わないで!」
 そう口に出そうとした途端、鋭く高い声に遮られた。
 ぱっと顔を上げれば、ソファのすみにちょこんと座った少年が、まるで怯えたように肩を怒らせている。
「言わないで、知りたくない、本当のことなんて、知りたくない」
 乱暴に両耳をふさいだせいで、癖のあるブルネットがくしゃくしゃと乱れた。じわりとうるんだ双眸は、恐怖に彩られている。
「知りたくなかった! 人の本心なんて! そうでしょ?! だって僕は、嘘でもよかった。だって僕は、嘘でもいいから」
 見開かれた彼の目は、らんらんと光っていた。見ているうちに、その青い瞳に吸い込まれる。



 ふと気がつくと、僕はソファのすみにちょこんと座っていた。
 目の前には、空の車椅子がある。薄暗い待合室で、それはことさら空虚に見えた。
 僕はただ、愕然と、その空虚を凝視する。