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河童の皿箱
2025-12-18 09:11:15
41671文字
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遊戯王:長め
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その男は、楽人であった。
あるグループがグループになる前、昔のさらに昔の話。
※捏造の濃度が高い。
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真っ暗闇の霧の中、ポツンと佇む己が身ひとつ。ここはどこだろうか。己は何者だったのだろう。男は立ち尽くした。ひとつ、足を進めようとも、まるで泥の上のように何もとらえられず、身動きが取れぬと気づけば、男は項垂れた。
あぁ、思い出してしまった。己が如何に無為な生を送ってきたのかと。そして、死に切れもしなかったことを。不甲斐ない。不甲斐がない。男はついに蹲った。頭がカッと熱くなって、爆発しそうだった。
女になりたかった。あの美しい御神楽を舞いたかった。だから髪を伸ばし続けた。ひょろっこい体のままでいようとした。けれどどんなに女に近づこうとしようが、どれほど御神楽を密かに舞おうが、己は男であった。
コトを弾きたかった。人の前で、堂々と。コトの家系に申し訳が立たぬ。彼らは真っ当な権利の上で、人々の前でコトを弾くというのに。己はどうだ。家格が欲しいからと卑しい思いでコトを弾き続けた。
笛が、鼓が、羨ましかった。コトの役目を僅かにいただいたのに、コトから意識が逸れていた。あの清々しく吹く風のような音色が、祭りを思わせるような愉快な音色が、好きだった。
弟が欲しかった。母の腹には、幾度も命が宿っていた。だが母は、男と分かれば毒を飲んだ。弟は死んだ。何度も死んだ。産声を上げられなかった弟が何人いたのかすら、己は知りやしていない。
もっと、学びたかった。あのあたたかな櫓の火に照らされた書物には、知らない世界が広がっていた。遥か遠く人の集う都と、海の果てで生まれた音と舞を、もっと知りたかった。
胸を空虚が張り裂いた。体の内から貫かれるような痛みに叫べば、けれど暗闇から無数の声が聞こえた。その数々の叱責にひどく恐ろしくなって、必死に笑って取り繕おうとしても、顔が引き攣って笑えなかった。そうだ、コトを、コトをと手を伸ばせば、何か柔らかいものを引っ掻いた。体の中で大蛇がのたうち、食い破られているような。怖くて、痛くて、苦しくて。今すぐ大蛇を殺さねばと、伸ばした先に手をかけた。
…
これ、そのぐらいで良いにしないか。
嗄れた声、しわくちゃの手が、男を止めた。はあ、はあ、と。肩で息をしてそちらをみれば、見たことのない老人がいた。男は咄嗟に振り解いては、大蛇に手をかけた。けれど老人はまた手を掴んで止めた。落ち着け、お前が締めようとしているのは、お前の首じゃ。よく目を見開いて見ろ。
その声に、男は目を見開いた。息を大きく吸い込んでは、けれど次はどうすれば良いのかと。吸って、吸って、吸い込んで。破裂しそうな体を老人は抱え込み、腹をぐうっと強く押した。ようやく息が吐き出されて、けれど訳がわからなくなって、咽込んだ。
地を這いつくばる。掴んだ白く、柔らかな
…
布団。寝床、ここは、寝床だったのかと。男は急いで息を整えようとしたが、けれど噎せは治らず、それどころか嗚咽が漏れた。
どうして、助けた。
男の口から飛び出したのは、そんな言葉だった。あぁ、大蛇だ、大蛇を殺さねば。また首に手をかけた。けれど老人は至極冷静に、その手を解いて繋ぎ止めた。
えぇ、えぇ。疲れたじゃろう。どのみち、人の一生なぞそう長くもない。死に急ぐ馬鹿を止めるのも、ジジイの役割じゃろうて。なぁ。
そう、老人は男を抱えて、背を撫でた。その毎に、嗚咽はひどくなり、目からぼろぼろ溢れる涙が止まらなくなった。
話は聞いておるぞ。掟の中の、悪い渦に飲み込まれちまったって。
…
まだ小さいのに、辛かったろう、苦しかったろう。
バラバラになったかのように言うことを聞かない四肢が、ガクガク震えた。
頑張りすぎじゃ。ゆぅっくり休め。お前は死ななくて良い。生きてええ。案外人間なんて、適当でも生きていけるもんなんじゃから。
たまらず、喉が叫んだ。小さく小さく縮こまって、そのまま消えてしまいたかった。
言葉にしたくなかった。掟が嫌だ、親が嫌だなんて。そんなこと。
でも、心は叫んだ。ついに叫んでしまった。
もっと自由に生きたかった。男とか女とか、そんなこと本当はどうでもよかった。男なら男として、もっとちゃんと生きたかった。だってみんなは、男だけど楽しそうだった。だけど家格がどうだこうだで、仲間になんて入れてもらえなかった。一緒に遊びたかった。もっとたくさん、やりたいことがあった。でもその全部を、掟に、家格に、そして親に潰された。
居場所がどこにもない、窮屈で退屈で、それでも掟だから仕方がないって片づける
…
それが、嫌だったんだ。
男は泣いた。泣いて泣いて、泣きじゃくった。老人はそんな子供をあやし続けた。
散々泣いて、泣きつかれ。頭は痛くて、胸も喉も痛くて。また布団に蹲れば、けれどその中にあった大きくて柔らかな布団の塊は、じんわりとあたたかくて。
抱きつけば、傍の老人はこの背をゆるやかな拍を、けれど優しく、叩いてくれた。それに身を委ねれば、やっと、やっと、いきの仕方を思い出した。
どこかでパチリ。火の弾ける音がした。
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