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河童の皿箱
2025-12-18 09:11:15
41671文字
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遊戯王:長め
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その男は、楽人であった。
あるグループがグループになる前、昔のさらに昔の話。
※捏造の濃度が高い。
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胸の奥底にかかる霧、と男が自覚しているものは、実を言うとなんなのか、男には理解が及ばぬものであった。ただそれがかかるきっかけと、その結果体に起きる薄ぼんやりとした思考の緩やかな停止は、けれど男にとって気持ちの悪いものであった。
その霧が嫌なのか、霧がもたらす気持ち悪さが嫌なのか。男にとってそれはどうでも良いことであったが、けれどそれを晴らすこともできぬまま、齢10を超えてしまった。けれど誤魔化すことだけは、いっとう得意であった。そうだ、コトを弾けばいい。コトを弾いている間だけは、その音に身を委ねるだけでいい。神のために、豊穣のため。己を捨て去って、ただ遠く、遠くへ意識を放つ。それだけが、支えだったのに。
その日の稽古が終わるまで、男はじっと片隅に座り込むばかり。しかし今日に至っては、自分がねじ込んでいた掃除の役すらも失ってしまった。とどのつまり、とうとう追い出されたのだと、男はすぐに理解した。仕方がないのだ、そもそもここに呼ばれるような血も格もないのだから。なのにここで修練を重ねていたのは、結局両親が無理を言って駄々を捏ねたに違いはない。このまま家に戻って、両親になんと報告するべきか。報告したとて、じゃあどうするのか。男は答えを出せぬまま、家に向ける足は動かず、代わりにいつもよりもずっと早く、日が沈まぬうちに、自ら物見櫓に登った。
当然、誰がいるわけでもない。コトと、椅子と、己と、鐘と。びゅうと吹いたこがらしあらし、身を震わせては、木々もまた寒さに凍え、枯れ葉がカラカラ転がっていく。それでも男は、丸一日閉じ込めっぱなしのコトを、櫓の上で弾き始めた。誰のためでもないその旋律は、神のためと幾度も練習を重ねてきたものであった。けれどその心にあったのは、神でも同僚でも己でもなく。ただここに招くために、穏やかに手を差し伸べてくれた、ふたりの大人の顔だった。
物見櫓でのひとときは、けれど肩筋張らなくても良く、気楽であった。賑やかながらも仕事を誤魔化さない鉄工と、物静かで聞けば何でも答えてくれる商人と。火の弾ける音に照らされて、風にさざめく木々に見守られながら本を読むというのは、無上の贅沢であった。
要望と鉄工の提案通り、商人は外の音楽の本や、楽人が物を知らぬが故に百科事典や辞書だのなんだのたっぷりと。大きな鞄に丁寧に詰め込まれたそれを開いたときには、楽人の細められた目がわずかに見開いてしまうほど。それでもひとつ手に取り、読み進めては、辞典を開いて調べて、またじっくりと読み進める。そのたびに、楽人は自らの僅かを知った。
5本線の上にのたうち回る、白と黒のおたまじゃくしについて。外ではこれで音程を表現するという。何とも珍妙な。これで本当に分かるのかと楽人は疑ったが、読み進めれば進めるほどに、楽人はおたまじゃくしの声を理解できるようになっていった。
今夜もまた、おたまじゃくしの声に耳を傾けるつもりであった。しかし、働いても居ない己が本を読んでいてもいいのだろうかと、疑念が生ずる。とはいえ、本当に何もしなくなれば、それは最早
…
。
男はコトを弾く手を止め、自らの懐を顧みる。月初めに支給された食費は、残り3週間分。これが尽きれば、それ即ち死。このまま進めば死、止まろうが死、戻ろうが死。深い深い霧の中、男は考える。日が傾いていく。斜陽は山々に隠れ、月は暗闇を連れてくる。遠く遠くから、火がふたつやってくる。
男はにっこりと笑った。なに、彼らには関係のないことだ。
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